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異世界魔法少女短編集

魔法少女ミリカのアチアチダンジョン配信

作者: 音無來春

「よーし! 今日も配信いっちゃうよ~!」


 カメラが回る音がする。魔法で動く撮影用ドローンをじっと見つめる。

 ピンク色のツインテールを揺らしながら、ミリカはウィンクした。

 (きらび)びやかでフリフリな衣装に、杖型のマイク、そして背中に光の翼。

 そんな彼女の正体は。


「魔法少女兼、ダンジョン系ストリーマーのミリカちゃんでーす☆」


 リアルとファンタジーの境界が曖昧(あいまい)になったこの世界。

 魔法が現実のものとなり、ダンジョンが都市の地下に現れるようになった近現代。


 配信プラットフォーム「V-MAGI」で人気を集めているのがこの「魔法少女ダンジョン配信」だった。


「今日は地下迷宮第七層からお届け! レアモンスターが出るって噂なんだよね~。コメント欄、盛り上がってこー!」


【視聴者コメント】

《マジで七層⁉ ちょっと危なくない?》

《推しのためにスパチャして祝福魔法送るわ!》

《ミリカちゃんの変身シーンまた見たい!》


 ミリカはにっこり笑って、指をパチンと鳴らした。


「みんなの応援、ちゃんと受け取ったよ!」


 キラキラと魔法陣が足元に広がる。杖にエフェクトが走り眩い光のなかで、変身を遂げる。


「変身☆ミリカル・チェンジ!」


 画面がエフェクトで覆われる中、衣装が戦闘モードに切り替わった。

 リボンが光輝き、ミリカの目が少し真剣になる。


「今日のサムネは、バズるやつにしたいからね!」


 その時ダンジョンの奥から、ドスンドスンと重い足音が聞こえてきた。


「来たな!  噂の虚獣(きょじゅう)バグ・バフォメット!」


 魔法少女ミリカは配信しながら戦闘を行う。


 観客のスパチャで回復し、コメントで敵の弱点を知り、リアルタイムで攻略するこのスタイル。

 それが今、この世界で最高に熱いエンタメであった!


「それにしても、でっかいなぁ……」


 画面越しでも圧を感じるほどの巨体。

 牛のような角を持ち、デジタルノイズをまとった異形の虚獣バグ・バフォメット。

 その肌は黒曜石のように固く目はグリッチで乱れ、時折視界がノイズで(さえぎ)られる。


「通信妨害系の呪い、きたな~!」


 ライブ配信にノイズが入ると、視聴者数が激減する。

 そんなことになったら、今夜のトレンド入りが台無しだ。


 気合いを入れて杖を構え、ウィンク一発魔力フルチャージ!


「配信バフ、解禁ッ☆」


【アイテム使用:課金バフ『視聴率UPスパークル☆』】


 スパチャで購入されたアイテムが画面に表示され、視界が一瞬キラキラと謎の光に包まれる。


《スパチャ:¥5000「回線強化バフ! かけといた!」》

《スパチャ:¥10000「絶対勝って! 推しの晴れ舞台‼」》

《スパチャ:¥120「変身バンクもう一回見せてー!」》←※連打中


「ありがとーっ! みんなの愛、受け取ったよっ!」


 魔法少女の杖が輝く。

 風が巻き、床の魔法陣が再起動。カメラドローンがぐるりと視界を回す。


「ミリカル☆スターブレイク‼」


 放たれたのは、視聴者のエモーション(感情)を魔力に変換する奥義。

 キラキラと流れ星のようなエネルギーが、バフォメットの胴体に直撃!

 ズガァァァン! 爆発と同時にコメント欄が弾けるように流れる。


《えぐっ》《推し強すぎぃ!》《神回キター!》《巻き戻し連打不可避》

《スパチャ:¥300「広告入れるなよ! 絶対入れるなよ!」》


 バフォメットは泡のように分解され、消滅。今日も魔法少女ミリカは大勝利。

 誰もがうらやむ最強ガール。この勢いはだれにも止められない。

 そんな優越感に浸っていた、その時だった。


《システムメッセージ:特別視聴者「ミリカ母」より緊急スパチャ受信》


「げっ! お母さんっ⁉」


《スパチャ:¥0「晩ごはんできたわよー。早く降りてきなさい!」》


 ミリカの頬が一瞬で赤く染まる。


「ちょ、今いいところなのに!」


 でもその瞬間、呪いの魔法陣がパキンと音を立てて砕けた。

 それどころかドローンもダンジョンも、服も杖も何もかも、世界の全てが音を立てて崩れていく。


 美里香はVRゴーグルを外し、後ろを振り返る。

 そこには、PCのコンセントを手にプンプンと怒っている母の姿があった。


「全く。またそんなゲームばっかりして、晩御飯できたって言ってるでしょ!」

「お母さん、いきなりコンセント引き抜くの危ないから絶対やめて! あとこれはただのゲームじゃなくてメタバース! バーチャルリアリティで仮想世界に行くの‼」


 母は何を言っているの分からないといった面持ち。

 要するに相当の機械音痴なのだ。


「もう、そんなのばっかりやってたらオタクになっちゃうわよ!」

「残念でしたー。もうすでにゴリッゴリのオタクですー」

「もう高校生なんだし、期末テストも近いんだから、そういうのはほどほどにしときなさいよね。あと早いとこ食べちゃいなさい。せっかくのチーズハンバーグが冷めちゃうわ」

「む~」


 分かってくれない。

 勉強もスポーツも顔も性格も、全てが普通の自分が自分らしくいられる場所があそこだというのに。

 特別な存在になれる場所だというのに、母は全く分かってくれない。

 結局美里香は親に逆らえず、ぐちぐちと言われながらも熱々のチーズハンバーグを食すのであった。



 1週間後、期末テストを無事終えたミリカは再び配信業にいそしんだ。


「みんな~、今日も配信いっちゃうよ~!」


 コメント欄からは視聴者からのアチアチミリカコール。

 久しぶりの配信で盛り上がっているのと、母のことで茶化してくるので半々ってところだ。

 アンチコメントを切りつつ、今日も今日とてダンジョン攻略にいそしむ。


 第八層、本日のお相手は異端の虚獣バグ・ガゼル。


「しょっぱなから行っちゃうよ~、ミリカル☆スターブレイク‼」


 巨大な星マークを飛ばして、ド派手な一撃をお見舞いする。

 しかし巻き起こる煙の中から、バグ・ガゼルが咆哮を上げて突進してきた。


「なっ! まだ立ってる⁉」


 しかも頭上には呪いの魔法陣がくっきり浮かんでいる。

 紫の光が降りかかり、ミリカのステータスが著しく下がってしまった。


「視聴者デバフ⁉  こっちのコメントが反映されてない⁉」


 コメント欄がグリッチしはじめ、スパチャも弾かれた。


 大大ピンチのその時。

 カメラドローンの一台が、勝手にミリカの周囲を旋回し始めた。

 そしてコメント欄に、ひときわ目立つ金枠の名前が現れる。


《プレミアム視聴者「ゴッドプロデューサーX」より強制介入》

《コメント:「面白くなってきたじゃないか」》


「またこの人っ! 前に炎上した時にもいたヘンな奴……!」


 ゴッドプロデューサーX。それはV-MAGIの最上級VIP視聴者。

 絶大な影響力と課金力を持ち、配信に演出と称して様々なイベントを強制挿入してくる謎の存在。


《緊急介入:同時攻略配信者登場》


 ドォン! とガゼルの背後に、もう一人の人影が降り立つ。


「……やれやれ。相変わらず派手な戦いをするな、ミリカ」


 漆黒のマントに、赤いスカーフ。背負っているのは、魔力駆動の二丁銃。

 冷たい目をした銀髪の少女が、そこにいた。


「ダーク系魔法少女レイヴン! どうしてここに⁉」

「仕方ないだろう。おまえが勝手に突っ込むせで、私の配信枠まで被った」

「そっちこそ、毎回ツンツンしてるくせに……来てくれるんだね」

「うるさい。終わったらちゃんとスパチャ返せよ」


 予定外の介入にコメント欄が一気にざわついている。

 今回はこれが演出ってわけか。


《コラボ⁉ ガチ⁉》《介入キター!》《推しと推しが同時に‼》

《スパチャ:¥10000「ありがとうゴッドプロデューサーX‼」》


 ミリカとレイヴンが背中合わせに構える。そして同時に杖と銃を突き出す。


「いくよっ!」

「フル・チャージ」

「ミリカル☆スターフィナーレ!!」

「ラグナロク・バレット!」


 魔法と銃弾が交差し、まばゆい閃光がバフォメットを包む。

 ズドォオオォォン‼ 地響きと共に、バグ・バフォメットの巨体が崩れ落ちた。


【討伐成功!】

【視聴者数:89,200人】

【トレンド入りワード:#ミリカ爆発 #レイヴンかっけぇ】


 よしよし。バズってるバズってる。

 スパチャマネーも限界突破して超お金持ち。すでにお父さんよりも儲かっているかもしれない。

 仕組まれてる感じが引っかかるけど、人生は絶好調。誰にもこの勢いは止められない。

 もうすでにミリカには、家族すら必要無いのかもしれない。



 ミリカがバグ・ガゼルを討伐してから三日後。

 動画の再生数は100万回を超え、SNSのトレンドにも連日入り、視聴者数も爆伸び中。

 事務所もスポンサーもウハウハで、ついに大型案件が舞い込んだ。


 テレビ局とV-MAGI との地上波コラボ特番『現代魔法少女のリアル24時!』。

 その収録前日、ミリカのスマホに通知が届いた。


《#ミリカ炎上》《#裏アカ発覚》《#魔法少女やめろ》


「……は?」


 SNSを開いた瞬間、目を疑った。

 タイムラインに流れているのは、明らかに裏アカウントと思われる過去ツイートのスクショ。

 その中には。


《ダンジョンのモンスター、マジで臭いんだけどw》

《視聴者チョロい。課金してもらえればどうでもいい》

《事務所のレイヴン、マジ陰キャすぎww》


「そ、そんなのあたしのコメントじゃない‼ アカウントを乗っ取られた?」


 プロフィール画像はミリカの配信アバターそっくり。文体も似ている。

 そしてなにより、ミリカのことを信じていた視聴者たちが次々と離れていく。


《もう推せない》《嘘だったの?》《レイヴンに謝れ》《スパチャ返せ》《裏切られた》


「ちょっ、ちょっと待って! 待ってよ!」


 コメント欄は大荒れ、コラボの話は保留、スポンサーは「説明を求める」と声明を発表。

 心臓がバクバクする。背中から流れる汗が気持ち悪い。

 こんなはずじゃなかったのに……。


 そしてその日の夜、いつもより少ない視聴者数の中、ミリカは配信を開始した。


「……こ、こんばんは。今日は、ちょっとだけ、話をさせてください」


 声が震る。コワい。

 自分の居場所が消えるかもしれないのが、たまらなく怖い。


「いま出回ってる裏アカの話……あれ、本当に私じゃありません。証拠も、言葉も、今はちゃんと集めてるけど……すぐには信じてもらえないよね」


 コメント欄は半々。信じる者、疑う者、煽る者。


「でも、私は!」


 その時、ブツッ、と配信が唐突に強制終了された。


《管理者権限による強制切断》

《理由:著作人格に関する不正通報多数》


「っ! まさか、またあいつ!」


 ミリカは思い出した。

 ゴッドプロデューサーX。かつて彼女の炎上回を演出した謎のVIP視聴者。

 そしてスクリーンに、ミリカそっくりのもう一人の魔法少女が現れた。


《新規配信者「ミラクル・ミラー」デビュー》

「はじめまして。 今日から活動するよミラクル・ミラーです! 本当のミリカとして頑張るね☆」


 コピーされた人格。本物より本物っぽい魔法少女。仕組まれた炎上。

 全ては視聴率を取るための、作られたシナリオだった?

 もしかして、レイヴンもグルだったの?


「許せない……」


 美里香は(いきどお)った。

 自分の居場所を、自分の全てを奪った黒幕に。


 世界最大のストリーミングプラットフォーム「V-MAGI」。

 そのTOPページに、並ぶ2つの配信チャンネル。


【LIVE】

《配信者:ミリカ》

タイトル:「本人です。本物です。信じて」


【LIVE】

《配信者:ミラクル・ミラー》

タイトル:「私がミリカ。本物は私。」


「ふざけないで!」


 ミリカは唇を噛み、モニターを(にら)んだ。


 ミラクル・ミラー。AIによって作られた完全模倣型のバーチャル魔法少女。

 声も、動きも、語尾のクセすら完璧に再現している。

 さらには過去の切り抜き動画や、配信内でのやり取りから感情パターンまで学習していて、本物のミリカよりそれっぽい。しかもその裏には、ゴッドプロデューサーXの課金力がついている。


 V-MAGI内で最上級のデータ処理権限を持ち、強制広告、視聴者誘導、優先表示まで実行できるチートスペック。もしかしたら中の人的な何かなのかもしれない。

 それでもミリカは、杖を構えた。


「やってやろうじゃん、AIもどき!!」


【戦闘フィールド:拡張ダンジョン・第九層『データサンクチュアリ』】


 配信者専用の特設ステージ。魔法とデータの干渉が許される視聴者参加型仮想世界。

 視聴者のコメントがリアルタイムでフィールドに干渉し、スパチャの額に応じて魔力エフェクトが追加され、演出もステータスも強化されるバーチャルバトルフィールド。


《スパチャ:¥7777「推しがんばれ!」》

《コメント:「あえてAIに負けるのもアリでは?」》←BANされた。

《スパチャ:¥3000「レイヴン呼べ!」》


 そして視聴者の期待に応えるように、ミラクル・ミラーが現れた。

 絢爛に、神々しく、華やかに演出しながら。コメント欄を派手に盛り上げる。


「こんにちは、本物のミリカです!  あなたじゃ私に勝てないよ、ニセモノさん?」

「この……あんたの方が偽物でしょ! 出来損ないのコピーのくせに!」


 そしてバトル開始。


 杖 vs 鏡面データスフィア。

 魔法陣 vs エミュレートコード。


 AIの分析は、残酷で冷酷だ。

 わずかにミスでこちらの攻撃は回避され、向こうの攻撃は正確無比。

 本物であるはずのこちらの方が、じわじわと追い詰められていく。


「攻撃魔法の詠唱遅れてるよ。疲れてる?」

「うるっさいっ!」


 ミリカの魔力が星の光となって杖からほとばしる。

 しかしミラーが、ちゅっ、と空中に投げキッスする。


「投影スキル《偽りのファンレター》」


 ズガン! とミラーが展開した偽のスパチャ演出がフィールドに拡散。

 それを受けた視聴者の一部が本物と混乱し、コメント欄がまた荒れ始める。


《ミラー可愛い!》《で、結局どっちが本物?》《ミリカの方だろ。でもAIの方が安定してるな》《ていうかミリカ弱くなった?》《何か顔がマジすぎてこわい》


「やめてよ。私、ここまで……ここまで本気でやってきたのに!」


 視聴者の心が離れていく。感情が偽物(ミラー)の方に集まっていく。

 全身の感覚が絶望の淵に沈んでいく、その時だった。


「遅くなったな。こっちは準備できた」

「れ、レイヴン⁉」


 画面の端から黒い翼が舞い、双銃の銃声がAIの演出スクリプトを粉砕した。


《支援配信:レイヴン・サブチャンネル接続完了》


「分析AIなんて、型にはまったものだ。対して人間は、型破りが得意だ」


 レイヴンの支援スキルで、視聴者側のブロックが解除される。

 これでミラーによる錯乱が解かれ、視聴者がミリカを識別できるようになった。


《スパチャ:¥10000「ミリカ信じてるぞ!」》

《コメント:「戻ってきた! 戻ってきた!」》

《スパチャ:¥1「ごめん、さっきAIの方に課金してたわ」》←許された。


 ミリカの目が涙でにじむ。


「みんな……、ありがとう!」

「今だ。行け」


 ミリカが掲げた杖に視聴者全員の応援(課金)が集まり、光の渦となって放たれる。


「ミリカル☆トゥルーエンド‼」


 惑星級のぶっとい星の閃光が、AI配信者の中枢データを根源から焼き尽くす。


【システム:ミラクル・ミラー、配信停止】

【AI人格、破棄完了】


「……ありがとうレイヴン。私、あなたの事疑ってた。もしかしたら、グルなんじゃないかって」

「ふん。正直だな。黙っていれば分からないものを」

「うん。ごめんね」

「別にいい。ところで、今度顔を合わせないか?」


 これは、オフ会の誘い、ということなのだろうか。


「うん。会いたい」

「ならば、場所はDMで送る。そこで落ち合おう」


 そう言い残してレイヴンは配信を抜けた。

 美里香も続けて配信を抜ける。

 後には最高潮に盛り上がったコメント欄が、祭りの後のように残されていた。



 翌日、美里香は指定された喫茶店に向かった。

 そこで待っていたのは。


「やあ、美里香。学校お疲れさん」

「お、お父さん……なんで……」


 頭をオールバックに固め、ぴっしりとした高級スーツを身に着け、黒縁眼鏡をかけた男。

 美里香の父親だった。


「謎の魔法少女配信者レイヴンの正体、そしてプロフェッサーXの正体。それが俺だ」


 父はそう言って、ノートPCの画面を見せた。

 そこにはレイヴンとプロフェッサーXのアカウントが分割で表示されていた。

 美里香は呆然と立ち尽くすだけで、何も言えず何もできなかった。


「まあ座れよ」


 そう言われ、ようやく我に返った形で席に着く。

 父親は両手をテーブルに乗せて組み、話し始めた。


「実は俺は広告代理店AI部門の部長なんだ。今回V-MAGIの担当を任されてな、そこで配信で魔法少女をやっているミリカに目を付けた」


 何を言っているのか分からなかった。

 頭が、理性が、目の前の父親らしき人物の発言を拒んでいた。


「そしたらその正体が俺の名義で勝手にアカウントを作って、夜な夜な勝手に配信している娘だと知ったんだ。その頃の視聴者数は今より少なかったな」

「……知っていたの?」

「ああ。だからゴッドプロフェッサーXというアホみたいな名前の太客としてついたわけだ。V-MAGIと共謀して、桜を雇って配信コメントを盛り上げて、ステルスマーケティングをして。まあ、いろいろやったよ」


 大変だったと、苦労話をしているはずなのに、なぜか自慢のようにも聞こえた。


「ちなみにレイヴンはAIだ。向こうのAI部門に作らせた物だが、思いのほか人気が出てな。ミリカのライバルとして、時に仲間として活動を続けてもらうことにした」

「……なんでこんなことしたの? わざと炎上までさせて」

「炎上?  いや、違うね。これは最適化だ」


 父親は、PCの画面にデータを映し出した。


「見てごらん。ミリカがミラクル・ミラーに負けそうになったとき、視聴者数は120%伸びた。そしてレイヴンが登場してピンチを救い、視聴率は150%増え、サブスク数は記録更新」

「……なにが言いたいの」

「人間は操れる。視聴者も配信者も、すべて最初から俺たちの手のひらの上だった。お前は、魔法少女ミリカは作られた人気だったんだよ」


 美里香は言葉を失った。それでもなお父親は続けた。


「そもそも、気づいていないのか? ミリカの魔法なんて人工的に生成された演算式に過ぎない。奇跡なんてものは存在しない。あるのはプログラムと視聴者の反応だけだ。いや、今や視聴者の反応さえもAIによる偽物なんだよ」

「違う……!」


 美里香は立ち上がった。


「私、視聴者のために笑ったり、泣いたり、失敗したりした。あの全部がプログラムなんかじゃない。 私が楽しいって思ったこと、悔しくて泣いたこと、あれは、全部私の心なんだよ‼」

「そうか。心か。ふはっ」


 噴き出すように、バカにするように、目の前の父親は美里香を笑った。

 悔しくて悲しくて、目から涙が零れそうになるのを必死に食い止める。


「まあ好きにしろ。このまま配信者を続けるか? まあ配信をやめてもお前の人格をコピーしたAIがやってくれるさ。俺としてはどちらでもいいが、美里香。今回のテスト、どうだった?」


 唐突に、現実に引き戻された。

 昇り切っていた熱が一瞬のうちにふっと冷めた。


「どうって。別に普通だけど」

「普通。普通か。そうだな、お前はいつも普通の成績だった。俺の子供なのに」


 父親はそう言ってノートPCの画面を閉じた。


「俺の遺伝子が半分は言っているはずなのに、どうしても平均点そこそこの点数しか取れない。まあ、うちの母さんの頭が悪いから、頭の出来も平均値になったんだろうな。平均ってのは恐ろしいもんだ」

「なんで。なんでそんなこと言うの? なんで私にそんな酷いことをするの?」


 父親は遠い目をしていた。眼鏡越しにその目はどこかすっきりしているようだった。


「まだ言っていなかったけど、俺たち離婚するんだ。だからもう美里香と一緒にはいられない」

「え……」


 頭がクラクラとした。

 今まで明かされたどの衝撃の真実よりも、その事実が美里香の心を突き刺した。


「親権は母さんの方に移った。だからもうこれでお別れだ。安心しろ。養育費は払う」

「……」


 美里香は我慢できず、涙を流した。

 止めることができない濁流(だくりゅう)のように防波堤(ぼうはてい)が崩れ去り、もう机に突っ伏すしかなかった。

 それから父親とひたすら無言の時間を過ごした後、一緒に家まで帰った。


 次の日、父親はいなかった。母親はすっきりとした、でもどこかもの悲しそうな、そんな表情をしていた。

 昨日の晩からろくに食事をとれていない。朝ごはんのトーストも見るだけで吐き気がした。

 今日は学校を休んだ。面倒くさい手続きがあるらしいけど、どうでもよくなって部屋の中に引きこもった。


 どうでもいい動物の動画をひたすら垂れ流しながら、時間を浪費した。

 画面をスクロールしていると、ふと懐かしい動画を見つけた。

 昔見ていた魔法少女モノアニメの一挙配信。いつか父と母と、家族一緒に見た思い出の作品。

 もう魔法少女はいいや、と思いながらもなぜか再生ボタンを押してしまった。


 そこに映っていたのは、子供っぽくて、楽しくて面白くてどこかおかしい、そんな映像が流れていた。

 さすがに今見るときついところがあるが、今見ても十分に楽しめた。

 そのアニメの中では、主人公の魔法少女の家族は仲が良かった。

 暖かでどこにでもあるような、普通の一般家庭の姿が描かれていた。


 美里香の家庭は冷え切っていた。

 父親は夜遅くまで働き、母親は家事や主婦同士のいざこざで辟易していた。

 ケンカはしょっちゅうしていたし、いつ離婚してもおかしくないとは思っていた。

 でもその時がいざ来てしまうと、自分の心は耐えることはできなかった。


 画面の中の魔法少女は言った。


『魔法少女はあきらめない! 最後まで、戦う!』


 いつの間にか最終話まで見てしまった。とっくに時刻は夜の十時。

 美里香は彼女たちの戦いを見届けた後、PCの画面を開き、VRゴーグルを付けた。

 V-MAGIのホーム画面。『魔法少女ミリカのアチアチダンジョン配信』。

 その赤いボタンを、震える手で、そっとクリックした。


【戦闘フィールド:拡張裏ダンジョン・第十層『データユニバース』】


 真っ黒い空間の中にポツンと戦闘用のフィールドだけが置かれている。

 質素で虚無的な拡張現実世界。その中心にミリカが立った。


「変身☆ミリカル・チェンジ!」


 突然始まった配信にポツポツと視聴者が集まって来る。


「魔法少女ミリカ、今日も元気に配信いっちゃうよ~!」


 配信用ドローンが周りを飛ぶ。視聴者数が100を超えた。


「今日は緊急生配信! 最終階層を攻略しちゃうよ!」


 これはちょっとした抵抗だ。予告もなしに配信すれば、視聴者数が少なくなって困るだろうという、子供ながらのちょっとした抵抗。


 現れたのは特異の虚獣バグ・キマイラ。

 バグ・バフォメットとバグ・ガゼルが合体したような、星よりも大きい巨大な虚構の獣。


《あれ、なんか始まってる?》

《予定では明日だったのに、なんで?》

《運営説明しろ!》


 ちょっとコメント欄が荒れてきた。でも今日は大丈夫。なぜなら。


《待って。スパチャできないんだけど?》


 あらかじめスーパーチャットを切っておいた。

 これでだれも投げ銭を行うことはできない。

 収益がなければ、利益がなければ、会社にとってミリカの存在は無駄になる。


「ミリカル☆スターブレイク‼」


 キラキラと流れ星のようなエネルギーが、バグ・キマイラの胴体に直撃する。

 しかし視聴者の感情を魔力に変換する奥義は、視聴者数が少なければ効力が出ない。

 現にキマイラは無傷に近い状態で立っている。


「やっぱ、効かないか~」


 キマイラは咆哮を上げ、破壊の衝撃波を口から放った。

 ミリカは吹き飛ばされ、大ダメージを受ける。


「う、くぅ~! やっぱ強い~!」


 ラスボス相手だっていうのに、何の準備もしてないどころか普段よりも弱い始末。

 しかも。


《ちょっと、課金バフできないんだけど! これって仕様?》


 はい、仕様じゃなくて切ってるだけです。

 おかげでスパチャによる強化も期待できない。


「何をしている?」


 と、遅れてではなく早い対応で、ダーク系魔法少女レイヴンが颯爽(さっそう)と登場してきた。


「この状況は不利だ。いったん引いて体勢を立て直すぞ」

「うるさいなぁ。手を出さないでよ!」


 ミリカはレイヴンという名のAIを無視して飛び立った。


「ミリカル☆スターフィナーレ‼」


 魔法の流星群がキマイラに降り注ぐ。

 が、視聴者数も課金バフもかかっていない今、その攻撃は豆鉄砲に等しい。

 ほぼ無傷のキマイラによる強力な爪の一撃が、ミリカに襲い掛かった。


「っ! ラグナロク・バレット」


 レイヴンの弾丸が、キマイラの攻撃をはじいた。

 そっちの攻撃は通用するんだよなぁ。くっそぉ。


「バカが。早く課金バフを発動しろ。そのままでは負けるぞ」


 見ると視聴者数はとっくに1000を超えて10000人近くいる。

 まずい。このままではミリカが強くなってしまう。

 しかもコメント欄には、ゴッドプロフェッサーXの文字が。


「分かっただろう。お前は一人では何もできない、ただの子供だ」

「うるさい! AIのくせに!」


 ミリカはバシュンと飛び立った。

 視聴者数が多くなっては意味がない。もうここらへんで切り上げる。


「ミリカル☆トゥルーエンド‼」


 巨大な星の閃光がキマイラを貫く。だが空洞になった胴体が見る見るうちにふさがり、回復してしまった。


「えぇ~、回復能力まであるの~⁉」

「だから言っただろう。だが、ダメージは与えられている。結果的に話題を呼ぶことに成功したな」


 Xのトレンドに「緊急生配信」が上がっている。

 視聴者数も5万、6万と驚異的に伸びている。

 ミリカ人気すぎだろ。


「どーせこれもサクラでしょ。そーやってなんでもお金に持っていこうとするなぁ」

「サクラなんてものはただの火付け役だ。これは純粋に口コミと知名度で伸びているに過ぎない」

「あっ、そう!」


 再びミリカが飛び立ち、ミリクル☆トゥルーエンドを放つ。

 しかし視聴者数が上がってきたとはいえ、課金バフを持たない必殺技はとどめを刺し切れない。

 バチンと前足ではじかれ、ミリカの体が地面に落ちる。

 そろそろダメージ的にも魔力的にも視聴者数的にもまずい。


「選べ。撤退して配信し直すか、課金バフを解禁するか」

「どっちもやだ」

「お前は何が目的なんだ。どうしてこんな意味のないことをする?」

「分からないか。分から無いだろうね。だってあんた機械だから」


 ピクリとも動かない能面のような無表情。

 AIだからってわけではなく、そうプログラムされているからなのだろう。

 この配信を見ている視聴者だってどこまで本物か分からない。

 もしかしたら、全てがプログラムで動いているのかもしれない。


 だが、ミリカは。

 美里香の心は、プログラムなんかじゃない。


「お父さん、聞いてる⁉」


 叫ぶ。

 インターネットの中心で、心の声を響かせる。


「もう一度うちに帰ってきて! もう一度、最初からやり直そうよ!」


 コメント欄がざわついた。


《何言ってんだ?》

《お父さん? 家族喧嘩か?》

《運営説明しろ!》


 その中にゴッドプロフェッサーXのコメントはない。

 美里香はもう一度叫んだ。


「私たち、どこで間違えちゃったのかな? もしかして、私がいい子じゃなかったからなのかな⁉」


 コメント欄に返信はない。


「でもさ、お父さんだっていい父親じゃなかったよね! お母さんもいい母親じゃなかった!」


 それでも、叫んだ。


「だからさ、お父さん! また一緒に暮らそう! 私、待ってるから!」


 何度だって、叫んだ。


「ずっと、ずっとお父さんの帰りを、待ってるから‼」


 コメント欄に返信は無い。

 キマイラがこちらに向かって猛スピードで突進してくる。

 レイヴンが言った。


「ラグナロク・バレット」


 二丁拳銃から火が噴いて、キマイラを足止めする。


「何をしている。さっさとこいつを倒して、行け」

「私に、協力してくれるの?」

「いいから行け。今お前の大切な人が、お前のもとに向かっている」


 このセリフがAIによるものか、それとも中の人によるものなのかは分からなかった。

 ただ彼女らしい、クールだけど本物の、心のこもった言葉だった。


「よーし、いっちゃうよ~! ミリクル☆スターフィナーレ‼」


 ラグナロク・バレットの力が相乗効果となって魔法の星々がキマイラに炸裂する。

 トゥルーエンドは魔力が足りなくて、ブレイクは威力が足りなかった。

 でもこの技なら、レイヴンとの合体技となって威力を発揮できる。

 特異の虚獣バグ・キマイラは、分解されて泡のように弾け、消滅した。


《何だ、この微妙な決着?》

《中途半端な決着だな。でもスパチャ無しで勝つってすごくね?》

《運営仕事しろ‼》


 コメントが若干荒れている。最終的な視聴者数は11万人。

 この間の100万人には遠く及ばない数字だけど、別に少なくもない半端な数字。

 でもその中に、美里香のたった一人の父親はいたはずだ。


 そっと目を閉じて、配信を切る。

 現実世界で目を開けて、VRゴーグルを外す。


 振り返るとそこには、目を真っ赤にした父親の姿があった。


「おかえり。お父さん」

「……俺を、許してくれるのか?」


 人差し指を顎に添えて、少し考える。


「そうだなぁ。最新のグラボ買ってくれるならいいよ。100万円のやつね」

「ああ。そのくらい安いもんだ。ごめんな、美里香。本当に、ごめんな……」


 父はがっくりと膝をついて、泣き崩れてしまった。

 どうやら美里香の声は11万人の心には届かなかったが、ただ一人の心には突き刺さったらしい。


 そして美里香たちは家族そろって3人で、母の作ったチーズハンバーグを食した。

 それはもうとっくに冷めていたが、レンジでチンしてアチアチであった。

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