第六話 時と命の国、〝風籠〟②
「雑魚がしゃしゃんな」
森の中、バチバチな視線が行き交う。
一歩でも動いたら、たちまち死んでしまいそうな空気感だった。しかし、そんな空気を玲兜はいとも簡単に打ち破った。
「ガキに言われたくねぇよ。帝王だがなんだが知らんが、さっさと俺に殺されてくれ」
「やっぱ、テメェ。殺し屋か」
「そうさ。お前らを殺すために来た」
自信満々に言う。こんな殺し屋が存在するのだろうか。いや、事実、ここにいたわけだが。
「狙撃型の殺し屋がこんな堂々と、前に来るはずがありません。つまり、貴方は一人で来ていない。そして、狙撃をした本人でもないわけですね」
「へぇ。中学生のくせして頭が回るな。確かに、正解だ。だが、俺らは殺し屋だ。プロを舐めんな」
「んー、あと三人ぐらいはいるね」
尽世が【技能】で探知したのか、そう述べる。きっと、〇〇の大地シリーズである、【東の大地】だろう。
「なるほど、な。確か、お前ら帝王は何ちゃらアースみてぇな能力を持ってたな」
「よく調べてるね」
「フッ。当たり前だろうが」
「それで、お仲間はどうしたの。私たちにビビって動けないのかしら?」
白雪が殺し屋を相手に挑発する。先ほど、危うく殺されそうだったというのに、すごい勇気である。
「ハハッ。そんな安っぽい挑発に乗るとでも?」
「乗るわよ、麗那」
「了解です。《法則技能》【幻想交差】」
唱えた瞬間に〝烙〟の鼓動が激しくなる。
───ドクン。ドクン。
「……クッ」
胸が熱い。身体が震える。これは、『怒り』だった。
なぜかは分からない。だが、確かに怒りという感情を抱いていた。それは白雪たちに向かっていく。
「死ねよ!死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよしねよしねよしねよしねよッッッ!!!!」
「麗那、貴様の【技能】は感情操作なのか?……いや、認識や感覚を操るのか」
その様子を見たブラックが、麗那の能力について問う。
「はい。一種の洗脳や催眠ですね。自分は飛べると思い込ませて、落下死させることも可能ですよ」
「さらっと恐ろしいことを言うのだな」
少し引いたのか、ブラックは顔をわずかに顰める。
「ご安心を。痛覚は遮断できますので」
「阿呆め。そんなこと、聞いておらぬ」
ブラックと麗那のやり取りのなか、その裏で白雪は暴れている〝烙〟の相手をしていた。
「喋ってないで、手伝いなさいよ!」
「白雪様、申し訳ありません。こちらも四̀人̀を相手にしないといけませんので」
「ほう?よく分かったな」
「いえ、ブラック様には敵いません。最初からご存知なのでしょう?」
「ククク。お見通しというわけか」
最初、尽世はもう三人程度いると言ったのだが、どうやら四人だったみたいだ。
つまり、妨害系の能力を持った殺し屋がいる。そして、その殺し屋が〝烙〟たち他の殺し屋にも、妨害を適応させなかった。これは、何かを企んでいるのだろう。
と、草むらから新たな三人の殺し屋が現れた。
「グァァァ!!!」
「殺す殺す殺す殺すころすころすころすゥッ!!」
獣のような唸り声が上がる。いや、もはや獣である。麗那の【技能】がどれほど恐ろしいかが、身に染みて分かる。
三人の殺し屋が我を忘れて、襲いかかってくる。能力も武器もなしに。
「まるで、単細胞生物ね。動きが単純。ハァッ!」
暴走した〝烙〟と乱戦を続けている白雪。【儚げの雪月花】の雪を相手に当て、動きを鈍らせる。
また、雪を固めて、氷に変化させていた。その氷は段々と氷柱へと形取っていく。
白雪はそれを勢いよく発射した。
「グハッ……」
口から血が流れ出る。【技能】も扱えず、ろくな防御すらもできない。このまま、朽ちていくだけだろう。
「ふむ。成長したな、白雪」
「私だって、ヴィアルドに負けたのは本当に悔しいのよ」
白雪はヴィアルドに完膚なきまでに叩きのめされ、屈辱を抱いていた。その感情が、彼女の【技能】の精度を上昇させていた。
それは、何も白雪に限った話ではない。玲兜たちだって、屈辱を感じている。それを示すように、玲兜は殺し屋を殴っていた。
「オラァッ!!!!」
「ガハッッ!!!……ゴホッ、ゴホッ。おぇ」
玲兜に殴られた殺し屋の一人は、盛大に血を吐く。当たり前であろう。生身の人間が、いくら鍛えられた体格だったとしても、質量が自分の何十倍ものパンチが無防備なまま来れば、耐えられるわけがない。誰だってああなる。
これでは、どちらが殺し屋か分からないのである。
「なんか、可哀想になってきました」
自身の【技能】でツタを伸ばし、殺し屋の一人を縛った。
優司はボコボコな状態である殺し屋を見て、心が痛んでいる。
これが優司の優しさでもあり、甘い部分でもあるだろう。世界は甘くない。「可哀想」、で助けられることなんてほとんどないのだ。
しかし、まだ可哀想と思えてるだけならマシかもしれない。一般人であれば、殺し屋たちに恐怖し、また、血を見れば腰が抜ける人もいる。
その点においては、優司や白雪たちは普通の大人より精神が強いと言えるのだ。流石は、であろうか。
「甘いこと言わないで。私たちは国を、ブラックが言うには世界を背負っているのだから」
白雪が厳しく言った。
そういえば、そうである。ブラックが白雪たちを旅に連れていったのは、世界が終焉を迎える前に、人々を救ってほしいからだった。
このことについて、ブラックは一切何も話していない。もはや、それが彼かもしれない。自分の正体すらも、頑なに言わないのだから。
「はぁーい」
「グルァァァッ!!!」
「はい?!!!」
この場にいた残り一人が、隙を見せた優司に襲いかかる。
優司はとっさの出来事に対応しきれず、地面からツタを出す前に、殺し屋はもう顔の前までに来ていた。
「《法則技能》【捕食者】!」
殺し屋が優司を襲う前に、尽世は【技能】を発動する。
赤黒い血液らしきもので造られている、おおよそ口であろうものが殺し屋に噛みついた。口のついた触手とも言える。
「ウガァァァッッッッ!!!」
痛みのあまりに殺し屋は叫んだ。優しい雰囲気の尽世には、このような能力は合わないかもしれない。だが、黒や赤という色や血液というのは、確かに尽世に合っていた。どこかヴァンパイアを想像させる。
「実は僕、この【技能】が嫌いなんだ。ヴィアルドも血液操作を主に使っているからね。それと、酷い能力だから」
先ほど言った通り、優しい尽世にグロテスクであるこの能力は、雰囲気はさておき、合わない。
それは尽世自身も思っているようだ。この能力は優しさの欠片もない。こんな能力を尽世に与えるのは天からの皮肉にしか見えない。
いつの間にか、殺し屋は息絶えていた。
「優司も貴様も、敵を哀れむのはよせ。戦場において、それは禁忌なのだ。いいか?この世は弱肉強食。強きが正義なのだ」
ブラックの言葉は冷たく映るだろう。だが、事実だ。地球に能力が降りかかったあのときから、社会の仕組みはより弱肉強食になった。
尽世の能力はまさにそれを体現している。弱きを喰らい、己が強くなるための糧とする。それが、《法則技能》【捕食者】だ。
『口』に噛まれた者は低等級、つまり等級が《基本》と《強力》である能力が一時的に使用できなくなる。
その他にも、エネルギーや物質を喰らい蓄えることも可能で、単純に食べ物を食べて回復したり、同様に蓄える事もできる。
「そう、だね。命を賭けて戦っているのにごめんね」
どこが虚しげに笑い、謝る。
「別に責めているわけではない。それで命を落としたりでもしたら、元も子もない。故に油断するな」
と、ブラックが言い終わると同時に、またもや何かが飛んできた。
弾丸だ。麗那が言っていた四人目だろう。最初の弾丸もこの者が放ったに違いない。
「このようにな」
そして、これまた同じようにブラックが弾丸の方に手を向ければ、弾丸は音もなく静止する。一体、どういう能力なのか。
というより、能̀力̀名̀を̀唱̀え̀て̀い̀な̀い̀というのに、能力を発動できているのはなぜだろう。【技能】、特に【技法】は発動に詠唱を必要とする。
【技能】の場合は【技能】の名前を、【技法】は呪文などの特定の文を読む。
ブラックは一切それがない。彼は《独創》を保有しているらしいが、その影響なのであろうか。そのことについて、白雪たちはま̀だ̀疑問に思っていなかった。
「また……!」
白雪が弾丸が放たれた方向を向く。
「いい加減、出てきたらどうだ?」
ブラックがその方向を見て言うが、当然、無反応だった。
「いかに未熟とは言え、《法則技能》の影響力を免れるとは。流石にやり手だな」
「……」
麗那は未熟と言われて内心苛立ったのか、ブラックを見つめる。
口に出さなかったのは流石だが、中身は中学生だ。怒りを覚えるのも仕方ない。
そして、彼女も未熟だということを自覚しているので、なおさら言えなかった。
「ここ最近、私は全く皆様に貢献できていないので、お任せください」
牙瑜が前に出て、手を前に突き出す。虚空に手のひらを翳し、能力名を唱える。
「《法則技能》【朽ちてゆく階段】」
──刹那に森の木々が枯れていく。着実に、一歩、また一歩と、まるで階段を降りているかのようだった。
「そこですか」
枯れて空白が生まれたそこに、話̀し̀か̀け̀る̀。誰もいないはずだが、牙瑜には見えていた。いや、正確に言うならば、ほぼ全員が認識している。
透明人間というやつであろうか。
「……」
バレているというのに一言も喋らないのは、プロの鏡だろう。相手にとっては、まだ反撃の余地があるのだから。
ここで諦めるのは愚かだ。
「仕方ありません。反応がないというのなら……」
優司が捕まえていた殺し屋の方を向き、同じように手を翳した。
「……!!!」
ツタで口を塞がれているので、喋ることができないが、それでいてなお、怒りを忘れずに暴れていた。
───コツン、と音が響いたかもしれない。幻聴なのか、それは相変わらず階段を降っているようである。
想像すれば、黒い階段を降っている牙瑜が見えてくるかもしれない。
「安らかに眠りなさい」
そう言った瞬間に、殺し屋は静まった。そして、段々と身体が崩壊していく。
「状態異常……いや、段階的な崩壊を起こすのか。しかも、段̀数̀が̀見̀え̀て̀い̀る̀な」
「……やっぱりあなた、本当に頭脳明晰ね。なんでもありの旅人といったところかしら」
「白雪様、旅人(仮)ですよ」
「……」
優司の返しに何とも言えない白雪である。
「ふむ。我が【技能】などの能力で見抜いたとは考えなかったのか?」
「それもあり得るわよ。でも、なぜかは分からないけど、そうじゃないって思ったのよ」
「……ククク。そうか」
どこかしら、意味深な間を開けた後、ブラックは笑う。
そんな空気感であるが、ここは殺し合いの場である。それを忘れてはいけない。
「玲兜様、〝烙〟様の処理をお願いいたします」
「へいへい」
玲兜の指先に光エネルギーが収束し始め、高密度になっていく。
次の瞬間に放たれたそれは、あの殺し屋の弾丸のごとく走った。
──閃光あるいは一閃。
見れば、既に〝烙〟は頭を撃ち抜かれて死んでいた。
「人を殺めることには慣れているのか?」
ためらいもなく〝烙〟を殺した玲兜を見て、ブラックは白雪に尋ねた。
「三年前、ヴィアルドと戦うときに、死には慣れてしまったわ」
「……そうか。悪いな」
「別にいいわ。慣れたとは言っても、あの怒りが消えることはないのだから」
「なら、良い。人の死に対して、慣れてはいけぬのだから。故に貴様のそれは慣れではなく、生きる上での必要な証だとでも思え」
「なぜ、そんなに──」
悲しげなのか、と問おうとしたとき、牙瑜が言葉を紡ぐ。
「では、あの方に一̀歩̀降̀り̀て̀もらいますので、優司様、拘束をお願い致します」
「了解〜」
【緑律】を発動し、ツタを生やす。ちなみに、死体には花を飾っていた。せめてものの安らぎを得てほしいという願いなのだろう。そして、地面に埋めていく。
《法則技能》【緑律】は植物を操るよりかは、生命力を操るに近い。しかし、その全容は今の優司では扱いきれなかった。
牙瑜がその様子を見て、透明人間たる殺し屋に手を翳す。
「出てきてください。無駄な抵抗はしないと助かります」
ここまで声をかけているというのに、殺し屋からは一切返事がない。
牙瑜は忠告を破った殺し屋に、再度声をかけた。
「承知いたしました。では、ご覚悟を」
──コツン。
またである。また、階段を降る音が鳴り響く。
《法則技能》【朽ちてゆく階段】。
小さい部分から大きいものへと侵食し、崩壊を起こす能力。人の場合、最初は脳や眼球などから崩壊あるいは腐食を起こし、記憶や感覚が消えていく。
最終的には全身が崩壊する。これは連鎖的な反応とも言えた。ただ、この能力には裏技のようなものがある。
ドスンと音が聞こえたと思うと、誰もいなかったはずの空間に人が倒れていた。
弾丸を撃ってきた殺し屋だろう。
「私の能力は本来、小さきものから大きなものへと、ドミノのように連鎖的反応が起こるものでございます。しかし、これはあくまで階段を降ればの話です。一度、降ってしまった階段は通常であれば、朽ちて登れなくなりますが、私の場合は登ることが可能であります」
これが、ドミノの裏技。本来、倒れることしかできないドミノを無理矢理起こす。
そうすることで、大きな部分から小さき部分へと反応を起こせる。
「あなたの段数は後、何回だと思われますか」
冷たい声が空間に響く。されど、殺し屋は力が入らず、思うように行動できなかった。
ゆえに、喋ることもままならない。
牙瑜は倒れた殺し屋に近づき、拾い上げる。一体、どういう身体をしているのか。中学生が四十代前半に見える男性を持ち上げるなど、あってはならないように思えるのだが。
「では、皆様。この方を捕虜とさせていただきます」
牙瑜の言葉に白雪と優司、玲兜はわずかな恐ろしさを感じた。
続く
どうも、Davidです!今回はどっかの一話さんみたいに長くなってしまいました。いい区切りまで書こうとするとこうなります(泣)。
それと、朝見たらなんとpvが100を超えていて、ユニークアクセスも約60もあったんです。本当に読者の皆様には感謝です。感謝感激雨あられとはまさにこのこと。投稿して、今日で一週間目。私も頑張ります!
さて、次回の時と命の国、〝風籠〟③(③でやっと〝風籠〟に着きます)ではいよいよフォアシャドウィング(いい加減、伏線と呼ぶべきか)が大きく動きます。麗那の予想外の一言。ブラックとあの子との関係性。白雪の記憶のノイズとは?
面白いと思ってくださったら、ブクマや評価、感想をお願いします!では、また次回お会いしましょう。