第五話 そして、我々は歩み出す
「……旅人って何です?」
白雪の困惑した声が響き渡る。
「文字通り、旅をする人のことだ」
「それは分かります。どうして、私たちが旅をしなければならないのですか」
「ああ、そうだな。簡潔に言えば、貴様らには強くなってもらわなければならない」
「簡潔に言いすぎです。なぜ、強くなる必要があって、強くなる方法が旅なのですか?」
「……本当は黙って何も言わずに着いてきて欲しいところだが。仕方がない。困惑せずに聞け」
もう既に困惑しているわよ、と言いたいのをグッと堪え、白雪たちは耳を傾ける。
「はい」
「──────世界は終焉を迎える」
「は……?」
「世界が終わるってことかよ」
予想以上に規模が大きい話に、白雪はポツリと声を出してしまった。優司や葉対に関しては、ポカンと口を開けて唖然としている。
「世界が終わる……」
「少し興味深いですね」
麗那はその言葉を噛み締めて、牙瑜は相変わらずな表情で言う。
ブラックが一瞬にして都を修復したあの出来事以来、耐性が付いたのかもしれない。だとしたら早すぎるが。
「いつかは分からないが、確実に世界は終焉を迎える。故に、貴様らには世界が破滅する前に人々を救って欲しいのだ」
「なぜ、世界が終わるって分かるんですか。それと、僕たちがやらないといけない理由は?あなたではいけないんですか?」
優司は純粋な疑問をブラックにぶつけた。
「それについてはあまり言えぬな。我から言えぬが故に、旅をしてもらう」
「なんで言えないんですかって言いたいところですけど、言ったとしても教えてくれませんもんね」
「そうだな。旅でその答えを見つけて欲しい」
「それも気になりますけどね」
柔らかい笑顔で優しく言う尽世。
「とりあえず、だ。貴様らには国を離れることになる」
「決定事項なのおかしくないですか……」
葉対がこれでもかというぐらい面倒な表情を見せた。もちろん、当たり前であるが。
誰だって、面倒なことを押し付けられたら、このような顔をするだろう。
「悪いが、拒否権はない。力尽くでも共に来てもらおう」
「こっわ」
「それでも断るって言ったら、どうしますか」
「お、おい!白雪テメェ。いくら俺でもそいつがヤベェってことぐらい分かるぞ。逆らったら殺される可能性だってある」
案外、玲兜は冷静に物事を考えているのかもしれない。玲兜の性格を考えたら、ブラックに対して楯突いてもおかしくはない。
だが、玲兜の言葉を聞く限りでは、従順になることはないだろうが、少なくとも逆らおうとしているわけではないのであろう。
「ククク。我を何だと思っているのだ。無闇な殺戮はせん。力尽くといっても、貴様らが思っているものではないだろう」
「なら力尽くってなんだよ」
「そうだな。雨を四十日間永遠に降らせたり、修復した七倍程度で都を破壊したりとかだな」
「アホじゃねぇのッ?!」
玲兜は思わず叫んでしまった。だが、恐ろしいところはこれが戯言ではなく、事実として可能でありそうなところだ。
「ブラックさんならマジでやりそう……。ていうか、ブラックさんって、《法則技能》保持者ってことだよね。じゃなきゃ、あんなことできない思うんだけど」
「…………ふむ」
葉対がブラックに問うと、ブラックは顎に手を乗せ、考える仕草をした。保持者か否かを聞いているのに、考える必要があるだろうか。
「どちらかと言えば、否だ。我は《法則技能》を保有していない」
「え?!嘘でしょ……。大マジすか?」
「ああ。本当だ。そうだな、この世界ではこう言えば分かるか。《独創技能》及び、《独創技法》」
「………………は?」
「私はもう何も言われても驚きませんよ」
これで唖然もするのは何回目だろうか。葉対が何とも言えない表情をする。
対して麗那は、牙瑜と同じように耐性が付いたようだ。
白雪はこめかみに手を当てていた。
「はぁ。もう頭が痛いわ。つまり、あなたは能力の等級において、獲得難易度が最高である《独創》を獲得していると」
「まぁ、そのようなものだ」
「……私たちを超える人が居たとはね。天才だの何だの言われてきて、自惚れていたのを実感したわ。ヴィアルドを殺せなかったのもそうだし」
「そう言うな。貴様らは十分に強い。だが、それよりも強い者がいるだけの話だ」
「慰めているのか、貶しているのかはっきりしてください」
「さて、どうする。我と共に旅に出るか、大洪水を体験するか」
冗談げな表情なくせして、本気で実行しそうなので、もはや選択肢は一つだった。
「……ふぅー。分かりました。では、あなたと共に行動します」
「マジですか白雪様?!」
白雪の意思決定に、優司は驚愕する。玲兜たちも顔を顰めた。
「仕方ないじゃない。彼、何を言っても通じないでしょうし。〝方位の都〟は私たちの部下に任せましょう。もちろん、優司たちは一緒に連れていくわ」
「そうしないと困る」
ブラックはきっと、白雪たちが《法則技能》を持っているからこそ、選んだのだろう。故に、この八人を共に旅に行かせようとしている。
「葬白」
「はっ」
「斑雨」
「はい!」
「茜羽」
「お呼びですか」
「紅楼」
「ここに」
白雪はガラス色をした瞳の葬白を、玲兜は銀黒の瞳をした斑雨を、葉対は朱鷺色の瞳をした茜羽を、尽世は朱紫の瞳をした紅楼を呼んだ。
全員が忍者のように素早く、いつの間にかそれぞれの帝王の前で跪いている。
流石は、と言ったところか。ヴィアルドやブラックが異常なだけで、白雪たちは強い。《法則技能》を保有するとはそういうことだ。居るだけでまさに王と呼ばれる。
そんな部下たちももちろん、鍛えられている。でなければ帝王たちを支えることができない。
「あなたたち、ここを任せるわ。よろしくね」
「「「「はっ」」」」
彼らは何も言わなかった。さまざまな疑問があるはずなのに。これが年齢の差であろうか。彼らは全員、二十代以上。紅楼に関しては、八十代だ。
絵面的に考えるなら中学生に跪く大人たちと、シュールであるが、それを口にする愚か者は居なかった。
「では、行こうか」
「はい」
「畏まる必要はない。楽に話せ」
「……分かったわ」
「それで良い」
白雪がいつも通りの口調になると、ブラックは笑みを浮かべる。
そうして、白雪たちは〝方位の都〟から別れることとなった。
────パチン。
指を鳴らす音が響くと、その轟きに合わせて白雪たちは外に出ていた。
「あなた、本当に何者よ」
「ククク。旅人だ」
「はぁ……」
「それで、ブラックさん。まずはどこに向かうんですか」
「敬称は不要だと言ったが」
「こうしないと、ぎこちなくて」
「そうか?ならいいが」
それが優司のキャラというものなのだろう。ブラックは質問に答える。
「まずは隣国、〝風籠〟に向かう」
「あぁ、あの詩人ばっかの国か」
玲兜はなぜか、嫌な顔をした。詩と言うのだから、知的な国なのだろうか。だとしたら、玲兜が嫌悪するのも当然かもしれない。
何を言っているか分からないからだ。
「そこまでに行く道のりは、なかなか険しいだろうな。気を引き締めろ」
「君のテレポートは使えないのかい?」
尽世もしっかり距離感を縮めていた。やはり、一部を除いて白雪たちは優秀である。
「制約がある。それと、仮に使えたとして、旅なのだから使うと意味がないだろう?」
「そういう問題かよ」
「そういう問題だ」
玲兜のツッコミにブラックは肯定する。
「ああ、それと、道中では殺し屋が来るだろう。気をつけろ」
「マジかよ?!」
「殺し屋……。なるほど、この隙に他国や個人からの恨みなどで攻撃される可能性があると」
やはり、牙瑜は分析力に長ける。その通りである。玲兜と違って、牙瑜は静かに考えた。
他の人からすれば、今が最大のチャンスだ。戦力を、脅威を大きく削れる。
「最低限は我が守るが、大抵のものは自分で処理をしろ。〝方位の都〟は我が結界を張っておく」
「申し訳ありません。お手を煩わせてしまって」
代表かのように、綾は謝った。
「この程度、気にせん。では行くぞ。さようならを告げろ。別れは再会への合言葉だならな」
「珍しく、まともで素敵なことを言うわね」
「余計だ!」
かくして、白雪たち(主に優司と葉対)は〝方位の都〟に手を振り、歩んでいく。一歩、また一歩と離れる。
新たな力を求めて、旅立っていったのだった。
第五話 完
おはよう、こんにちは、こんばんは。Davidです。
ついに、白雪たちが〝方位の都〟から離れてしまいました。ここから、物語は大きく動き出していきます。どうぞ、お付き合いください。
また、面白いと思ってくださいましたら、ブクマと評価、感想をお願いします!では、また次回で!!!