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第三十三話 華美だけが、人生か?

「うおぉぉ!!!えっぐッ!」


 玲兜が珍しく、心底感銘を受けたように声を上げる。とはいえ、玲兜でなくともその素晴らしさに心奪われるのは当たり前なのであろう。

 白雪は初めて自国が、〝方位の都〟が負けたと思った。彼女の場合、部下の葬白に任せて外交を行っているため、異国に出ることはほとんどない。それは、他の帝王でも同じことが言える。

 だからこそ、そんな彼女らがこの〝香奏〟の猛̀威̀を知らないのは無理もないのだ。話に聞いていただけで、やはり実際に体験してみると想像以上に素晴らしいのだろう。


 周りが人で溢れかえっている中で、どうしてもピアノの演奏と豪華な装飾に目と耳が奪われてしまう。そのせいで、玲兜は一人の通行人と肩がぶつかってしまったのである。

 二人同時に舌打ちをした。


「「ッチ」」


「ちょっと、玲兜……」


 白雪が止めようと入るが、まるで聞いていない。


「テメェ、どこ見て歩いてんだ?あ?」


「玲兜!」


 ぶつかった相手は大男であったが、玲兜は怯まず吐き捨てるように言い放った。優司が感じていた違和感とは裏腹に、いつもと変わりない玲兜ではあったが、それはそれで困るのである。と言うよりかは、あの変わったような状態の方が圧倒的にマシであろう。

 相手も、物凄い形相で玲兜を見ているのだ。互いの視線が混じり合い、火花が散っている幻覚まで見えてきた。

 やがて、大男も口を開く。


「あぁん?なんだとこの野郎。テメェこそ、どこに目付けて歩いてんだッ!」


 そのガタイ通りと言うべきか、大声を上げる大男。その叫び声に周囲の人々が玲兜たちを注目していた。さらに酷いことに、大男が玲兜へ殴りかかっている。

 ここで喧嘩になったら、入国どころではなくなってしまう。何としても阻止せねばならない。

 そう思って、白雪が止めに入ろうとした瞬間──イテッと男の声が重なる。なんと、一人の女性が背伸びをしながら、大男と玲兜にチョップを入れていたのである。


「んだテメェ!!」


「何しやがるッ!!」


 頭部を押さえながら、二人は女性に文句を言った。その様子に心底興味がないのか、ため息を吐きながら彼女は答える。


「はぁ。全く、呆れますね。いい歳した大人がまぁガミカミと……ん?」


 女性は説教を垂れていると、何かに気がついたのか、玲兜に自身の顔を近づけてまじまじと見つめた。身長差があるので、女性は上目遣いである。

 急な行いに玲兜は頬を染めながら彼女に離れるように言う。


「な、なんだよ!ちけぇって」


「あなた、中学生ですか?」


「はぁっ?何で分かったんだよ」


 白雪たちも、彼女の発言に驚く。麗那の【技能(スキル)】に加え、玲兜の体格は青年そのものだ。身長は百八十は超えている。筋肉も付いており、とても中学生とは思えない。

 だと言うのに、その女性は一目見て気がついた。これは、只者ではない。確実な実力者。


「もしかして、あなたたちも?」


「え、ええ」


「……なるほど」


 玲兜の疑問に答えず、白雪たちにも問う。彼女は一体何がしたいのか。何やら、放ってはいけないような気がする。白雪はそんな予感がしていた。優司たちも、怪訝そうな表情を浮かべている。

 中学生だと言うことがバレ、そこに気がかりがあると見える。すなわち彼女は、白雪たちが帝王であることを見破ったのであろうか。

 だとするならまずい。もし仮に、白雪らが帝王であることを周りにバラされたり、意図せずとも周りにバレてしまうようなことがあれば、この旅は終わりだ。

 ゆえに彼女は、中学生だと頷いたのは失敗だと悟った。しかし、もう後の祭り。女性は顎に手を当てて思考を巡らす仕草をしていたが、大男がこの空気に耐えられなくなったのか、女性に対して叫び声を上げる。


「おい、嬢ちゃん。悪いが今、そこの兄ちゃんとお取り込み中なんだ。どっか行ってくれねぇか」


「嬢ちゃん……?あなた今、私に嬢ちゃんと言ったのですか?」


「なんだ?こう言って欲しかったのか?お̀嬢̀様̀」


「ッ。あなた、私は立派な大人のレディなんですよ。そちらこそ、お坊ちゃまではないのですか?」


「何だとテメェッ!!!」


 大男が女性に向かって、殴りかかる。


「……情けない男です。せめて、能力ぐらいは使いましょう」


「なっ?!」


 が、その重そうな拳は彼女にいとも簡単に止めらていた。ガシッ、と力強く大男の拳を掴んでいるのだ。

 やはり、白雪たちの予感は当たっている。この女性、相当な実力者。なぜなら、大男の拳を能力を一切使わずに止めてみせたのだから。能力ぐらいは使えと言う割に、彼女自身が全く能力を使用していなかった。


「まだ続けますか?」


「イタタタッ!!!いてぇ、いてぇって!」


「なら、さっさと帰ってください。あなたのような人、〝香奏〟に入る価値もないでしょう」


 そこで彼女は大男の拳をパッ、と離す。彼はその強く握られた拳を眺めて、指に異常がないか確認していた。

すると、背後から声がする。


「しーちゃん〜!……って、誰その人」


「さぁ」


「お、覚えてろよッ!」


 大男はそそくさと去ってしまう。その声の主を見ると、可愛らしい少女とオドオドしている大人しい少女が居た。

 可愛らしい少女はこちら、しーちゃんと呼ばれたこの女性に手を振っている。


「というより、早蕨(さわらび)。外でそのあだ名を呼ばないでください」


「えぇー。別にいいじゃん。しーちゃん」


「……はぁ」


「んで、お前は俺たちになんの用だよ」


 彼女が早蕨と呼ばれた少女にため息を吐くと、玲兜はしーちゃんと呼ばれた女性に尋ねる。一体、何を考えていて、何がしたかったのか。


「ごめんなさい。自己紹介すらもまだでしたね。私は朧華(おぼろか) 紫羅(しら)。こちらは、早蕨(さわらび) 透鶴(とうか)。そして、こっちが緋野(ひの) 詞詩(しじ)。よろしくお願いします」


「にゃはっ!よろしく〜」


「よ、よろしく……です」


 彼女──紫羅がその場に居た三人の名を告げたので、白雪たちも流れで名乗ることにした。


「私は如月 静」


 無論、偽名で。


「ッ!如月……」


 白雪が如月と言った刹那に、紫羅はビクッとわずかに反応を示した。優司や玲兜、葉対は気がついていないのか、普通に紫羅を見ている。

 しかし、白雪やブラックたちは気づいている。いくら小さくとも、違和感を見逃すほど未熟ではないのである。玲兜たちも、戦闘となると鋭い洞察力などを発揮するが、普段ではアホにすぎないのかもしれない。


「どうしました?」


「いえ、なんでもありません。それで、残りの方々は?」


「僕は山田(やまだ) 悠太(ゆうた)です!」


「……俺は浚伊(さらい) 泰介(たいすけ)


 残りの者も名──偽名だが──を告げて、自己紹介をしていく。綾は渡辺(わたなべ) 聡太(そうた)と、葉対は田中(たなか) 太郎(たろう)と、牙瑜は中村(なかむら) 晴人(はると)と、尽世は小林(こばやし) (りん)と、麗那は伊藤(いとう) (あおい)と名乗った。最後にホワイトが名を言い終わると、紫羅は口を開く。

 ちなみに、ブラックとホワイト、封命主は偽名を名乗っていない。白雪たちのような知名度が高い人物ではないからだ。


「みなさん、改めてよろしくお願いします。それで提案なのですか、一緒に初音の花宴巡りをしませんか?」


 白雪は警戒していたからこそ、この提案に衝撃を受けたのであった。


第三十三話 完

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