第三十話 現実を弄ぶ者、Dr.K
「Dr.K……?」
白雪の呟きのあと、やっとブラックは白雪と同じ高さに降りて来た。それで彼は、頷いて言葉を続ける。
「ああ。我も良くは知らぬが、噂によるとプロジェクト【創世】に加担した一人だ」
「プロジェクト【創世】って、クロノフィアの創造計画って言われてる、あの?」
「その通り。Dr.Kは不愉快なほどに狂っていてな。俗に言う、マッドサイエンティストなのだ。《法則技能》や《法則技法》を使用して、世界を創ろうなどと言い始めたのも彼奴らしい」
全員が静かにブラックの言葉を聞いている中、封命主は一人だけ何か思い当たる節があるのか、思考を巡らしている仕草をしていた。
ブラックは彼女をチラ、と一目見たあと、再度口を開く。
「さて、Dr.Kについてはここまでだ。今後の旅で、彼奴のことを探ろう。今は、貴様らの疑問に答えるべきだろう。何かあるか?」
綾が挙手をする。
「はい」
「何だ?」
「白雪様は、理との一体化を半分なされたと貴方様はおっしゃいました。今後、白雪様のお身体に影響はないのでしょうか?」
「別にどうと言うことはない。いつも通りの日常を送ることが可能だ。無論、戦闘面に置いては、さらに強くなっているであろうがな。それに、記憶も今まで以上に掻き乱されるかもしれぬ」
綾はそれを聞いて呆れた。それでは、まるで白雪のフラッシュバックで苦しむのが日常と言わんばかりであるからだ。
ブラックはやはり、どこかがズレている。こんな彼に、Dr.Kは不愉快なほど狂っていると言わせるとは。Dr.Kはよほど頭のネジが飛んでいるのだろう。
「……それって、結構な影響では」
「言ったはずだ。感情は力。肉体は苦。記憶は虚であると。それらは強く結びついている。ゆえに、記憶を得れば、感情を得て強くなる」
「凄く強引な気がしますが……」
「まぁ、良い。気にするな」
綾は諦めて黙ることにした。その様子を眺めていた白雪は、何となく自身の身体を心配するように視線を動かしている。
実に純粋である。
「他にならないのなら、次の目的地である〝香奏〟へ向かうぞ」
「待つのじゃ、ブラック殿。夕食はどうするのかのう?」
霄に止められ、思い出したのか手のひらを手で打ち付ける。
「ああ。忘れていた。貴様ら、腹は減っているか?」
「忘れてたって……たく、俺らはポップコーンしか食べてないぜ?腹減ってるに決まってんだろ」
「僕も、お腹空きました」
玲兜の言葉に、優司が重なる。綾や葉対、尽世、麗那は第二条件を解放していないが、そこは仕方がないだろう。
それよりも、皆が空腹そうなので、夕食を摂るべきだ。この白き宇宙は、ブラックいわく、現実世界ではないらしい。つまり、現実世界とは異なる時間の流れであるため、彼は夕食に間に合うと、最初に言ったのだ。
良く良く考えてみれば、ここに居るメンバーは全員、チート能力者の集いであった。側から見れば、恐ろしいことこの上ない。
「それで、ブラック。僕たちはどうするの?」
葉対がブラックに話しかける。
それにしても、この距離で会話をするとは、中々に声量が大きく、滑舌が良くなければ不可能なのではないのだろうか。
「確かに、葉対、綾、尽世、麗那に加えて暁颶の五人は、まだ第二条件を解放していない。ゆえに、この我が力を貸してやろう。感謝するがいい」
──パチン。
もはや、これが定例化してきている。言い終わった刹那に、彼は指を鳴らすと、すぐに異変が出てきた。
ピコンピコンピコンピコンピコン、と連続して聞き馴染みのある音が。そう、例の通知音である。
[通知:【技能】No.050147《法則技能》【視綴】の第二条件の達成を確認。〈制限解放〉を許可します]
[通知:【技能】No.010251《法則技能》【分解主義の技師】の第二条件の達成を確認。〈制限解放〉を許可します]
[通知:【技能】No.120966《法則技能》【捕食者】の第二条件の達成を確認。〈制限解放〉を許可します]
[通知:【技能】No.020304《法則技能》【和風の息吹】の第二条件の達成を確認。〈制限解放〉を許可します]
[通知:【技能】No.331019《法則技能》【幻想交差】の第二条件の達成を確認。〈制限解放〉を許可します]
一斉に鳴り響き、やがて沈黙が帰ってくる。これには、白雪たちが唖然としてしまう。ある者は、何にやってんだコイツと思われ、ある者には、最初からそれをやればいいのではと思われた。
それが当然の反応なので、あとでブラックが何か言われようとも、文句は言えない。しかし、彼は彼なりの思いがあるのだ。
「ブラック……最初からこれをやっておけば早かったんじゃ……」
早速、葉対がツッコミに行った。
「能力の感覚を掴み、強くなるには、己の手で第二条件を解放してもらう必要がある。己の手で解放せねば、能力というのは馴染まぬ。誰かに与えられた力など、所詮は借り物。すぐ剥げる」
それは実に正論であった。他人に授けられた能力がいかに最強であろうとも、それを上手く扱えないようでは、弱能力となってしまうのだ。それに、張りぼてはすぐにバレてしまう。
「うん、まぁ、確かに」
不服そうに、頷く葉対。それを無視して、ブラックは言った。
「では、戻るぞ」
再び、彼が指を鳴らすと、彼らは〝風籠〟宮殿内の廊下に居た。霄や暁颶は、安心感を得て、ホッと息をつく。
戻ってきた。その感情が、彼女たちの心を埋め尽くす。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
彼らはその後、夕食を食べ、宮殿の正門で別れの挨拶をすることになった。次の目的地に行くためだ。
「霄さん、暁颶さん。本当にありがとうございました」
「いや、構わぬ。妾こそ、暁颶陛下を助けてもらったのだから、礼を言うべきじゃろう」
白雪が礼を言って、ペコリと辞儀をする。それに続いて、霄もが白雪に倣った。彼女は慌てて、霄に顔を上げるように言う。
「霄さん、顔を上げてください」
「私からも、礼を言おう」
暁颶までもが、頭を下げる。
「暁颶さんも、やめてください。私は何もしていません。お礼なら、ブラックに」
白雪に名指しされたブラックは、フン、と手をこまねいて興味なさそうにしていた。しかし、霄たちはブラックにも辞儀をしたのである。
「そうじゃな。実に助かったのじゃ。〈制限解放〉までも行えて、感謝してもし切れぬのう」
「この返しは、いつか必ずしよう」
「別に、貴様らの礼などたかが知れている」
「もう〜、ブラックってば素直じゃないなぁ」
「やめろッ!!」
彼はホワイトに頬をツンツンされて、その指を手で払いながら、怒って言った。
ブラックは素直ではない。それは、自明であろう。実際に、今彼は赤面して、照れている。
「では、これでお別れですね。いつかまた、お会いしましょう」
「「うむ。またいつか」」
ブラックと玲兜、封命主以外の全員が、霄たちに返すように頭を下げた。やがて、互いに面を上げて、笑い合う。
そして、彼女ら──白雪たちは旅立って行く。次の目的地、〝香奏〟へと。
だがしかし、彼女たちはまだ知らないのである。〝香奏〟が、いかに波乱と危険に溢れているのか。
第三十話 完




