第二十三話 生のため、死を浴びる
玲兜や霄のように、牙瑜の周りで黒紫色の粒子が飛び交っていた。
まだ、すべての【技能】や【技法】を見てきたわけではないため、はっきりもはしないが、《法則技能》や《法則技法》限定のエフェクトなのかもしれない。
「お手並み、拝見いたします」
「……」
牙瑜の一言と共に、黒紫の粒子は封命主の方へ向かっていく。彼女は警戒し、様子を伺っていた。
彼女も、仮発動している権能のギアを上げて、枯草色の粒子を放出する。するとたちまち、彼女の様子が変化した。
霄との戦闘のときみたく鎖が現れ、ところどころが破れている黒いドレスを纏っていた。両手首には『ℵ』の文字が記された紋様が浮かび上がり、深緋色の髪と枯草色の瞳が輝く。
「封命主様、油断はなさりませんように」
「お前に言われずとも分かっている。そっちこそ、私に倒されるなよ」
「はい。皆様のおかげさまで、漠然とではありますが、コツは掴みましたから」
「ほう?」
ふふふ、と口角を上げて不気味なくらい優しい笑みを浮かべる。その不気味さが、彼の不吉さや悪魔のような雰囲気を増させるのだ。
いつもは頼りになる牙瑜であるが、戦闘面においては実に恐ろしい。彼を怒らせてはいけない、とまことしやかに言われるのはこのせいなのだろう。
「命よ。生よ。魂よ。瓦解と崩壊を、遍く死を喰らいなさい。死よ。無為よ。肉体よ。結集と増殖を、遍く生を枯らしなさい」
【技法】とは違い、【技能】は本来、詠唱を必要としない。【技能】とは、先天的なものであるからだ。
魂、そしてその者の意味や存在に刻まれる。いわば魂とは、その者の意味と存在の塊なのだ。
無論、実際には魂が消えようとも意味と存在が消えることはないが。
「何だ?」
封命主は怪訝な表情をして、牙瑜を見る。その詠唱の意味を不可解に感じたからである。
牙瑜が詠唱を終えると、封命主の周りを浮遊していた彼の粒子が、封命主へと向かう。
その刹那に彼女は反応して、粒子を鎖で弾こうとしたがすり抜けてしまった。そのまま、粒子は封命主に触れる。
「……ッ」
驚き悔しそうな声を漏らして、自身の身体を見る。今のところ、特に変化は見られない。が、牙瑜が言葉を発したことにより、異変が現れる。
「巣食いなさい」
[通知:【技能】No. 150144《法則技能》【朽ちてゆく階段】の第二条件の達成を確認。〈制限解放〉を許可します]
────ドクン。ガガガガガッ。
「ぐっ!な、なんだ……ッ?!」
心臓が跳ね、鼓動が感覚を破壊する。どこかが崩れていくような音が聞こえて、頭痛が走った。
彼女にとって、初めての感覚だ。今まで、味わったことのない感覚。牙瑜の【技能】はその〈制限解放〉の影響を受けて、大幅に強化されている。
そのせいで、封命主は戸惑っているのだろう。
「本来、自身の能力を開示するのはやめておくのが最善でしょうが、どうしますか。僭越ながら、ご説明をいたしますが」
「……別に構わん。私が死ぬことはないだろう。ゆえに、全力を出せ」
「貴女様は理の一部。その理が消えるまで、死ぬことはない、ということでしょうか」
本当に頭が冴える人間だ。封命主のあのたった一言ですべてを察するとは。恐ろしい限りである。
封命主は自身の胸の辺りに手をかざすと、頭痛が治ったのか牙瑜の言葉に頷く。
「ああ。それどころか、今、私自身に封命を行った。つまり、命は封じられているがために、何をどうしようと生命が変化して死ぬことはない」
「お見事でございます。流石は、人智を超えた存在」
「そんなこと言ってないで、さっさと戦え」
「失礼しました。では、こちらも少々本気でいかせてもらいます」
──コツン。
一段、一歩と階段を下った音が響いた。
第二十三話 完




