第十六話 〝風籠〟vs〝方位の都〟、始まる
「いつまで泣いておる、霄」
ブラックが封命主と暁颶の分離に成功した後、彼らはブラックの空間移動により宮殿に戻った。いまだに、いささかこの能力の発動条件が分からないのは、目を瞑るべきだろう。
暁颶の帰りを何も知らない配下たちは、惜しみない歓迎をした。宮殿は歓喜に包まれ、今は祝宴の準備をしている。
なぜ、青年の姿に戻った暁颶が王だと分かったのか。麗那の【技能】で、見た目をあの老人の姿にしているからだ。
暁颶の自室である王室に行く。そこで霄は一気に泣き出し、暁颶に飛びついた。
「うぅっ。陛下ぁ……。グスッ。良かったです……生き返れて」
「お主が涙を流すとは、らしくないのう。ほれ、泣き止みなさい」
暁颶は微笑みながら、霄に言う。されども、彼女が泣き止むことはなかった。今までずっと、我慢してきたのだろう。
その分が、今一気にほとばしるように出てくる。暁颶もわずかながらに涙を浮かべていた。
「……グス。はい……グス」
「水を差すようで悪いが、世界樹に寄っていいか?元々、我達の目的は歴史書だ。《法則技能》に関するものがあったはずだ」
「……ブラック殿。まずは、暁颶陛下の蘇生感謝するのじゃ」
霄の泣き腫らした目元が、赤く染まっていた。泣き止んだのだろう。静かに、霄はブラックにお礼を述べる。
「ああ」
「儂からも感謝を述べよう」
「別に良い。我が勝手に決めたことだ。感謝される筋合いはないだろう」
「それでも、じゃ」
ブラックが視線を逸らす。よく見れば、その頬は朱色に火照っている。照れているのだ。
その様子を見た、優司がキリッと言う。
「白雪様、僕分かりました」
「何をよ」
「ブラックさんはツンデレなんですよ!」
「…………そ、そうね」
そんなこと言われても、どう反応すればいいのか分からず、白雪は適当に相槌をしてしまった。
驚き呆れる以外に、何を思えばいいのだろうか。
玲兜や葉対が吹き出しそうになり、笑いを我慢する。そこで、ホワイトが割り込む。
「正解〜。ブラックってば、素直に言ってくれないんだよねぇ。誕生日に、ガトーショコラ作ってあげたら『フン。我の方が料理上手であろう。まぁ、仕方ない。食べなくては捨てる羽目になる。そうなるとスイーツが可哀想だ。寄越せ』って言ってきたんだ」
いやぁ、そこが可愛いんだけどねっ!と明るく言うが、そのレベルになると面倒くさいので好感度が下がりそうな気がするが。
その実、白雪の中のブラックの株は下りに下がっている。
「貴様ら、何を言っている」
急に睨んできたので、白雪たちははぐらかす。
「何でもないわよ」
「そうそう。ブラックって、何でもできるよねぇって話」
白雪と葉対の発言をまったく信じられなかったブラックだが、霄が何が言いたげだったので、視線を戻す。
「それで、何かあるのか?」
「う、うむ。実はお主らが森の調査をしていたとき、妾は世界樹の修復をしていたのじゃ。その際、部屋の点検も行ったのじゃが、歴史書と禁忌書の一部が消失していた」
「何?」
彼の表情が険しくなる。〝風籠〟の世界樹に保管してある書物に対する管理は、完全に近いものだ。
それだというのに、消えた。ただの紛失か、それとも盗まれたのか。
霄は言葉を続ける。
「以前、図書館に禁忌書を持ち込んだ犯人と森の犯人は関連性があるのでは?と言ったが、見当違いじゃろうな。封命主が禁忌書に興味を示すはすがなかろうて」
「そうだな。私は禁忌書なるものを良く知らぬし、興味もない」
彼女は霄の言葉に肯定する。それに玲兜が反発するように言った。
「おいおい、てか何で今更そんなこと言うんだよ。もっと、前に言うべきだったろ」
「玲兜様……。霄様のお気持ちを配慮してください。禁忌書どころの話ではないでしょう」
「その通りよ、玲兜。あなたは本当に気配りが足りてないわ」
「そうそう。あれだよ。足りぬ足りぬ頭が足りぬってやつ」
綾の言葉に、白雪と葉対も加わる。
「葉対様。お言葉ですが、それは工夫が足りぬです」
「あ、そうだった」
「テメェら、ぶっ潰すぞ!!!」
白雪や葉対にも言われてムカついていた玲兜だが、葉対と麗那の会話で更に怒る。
ふざけているようにしか思えなかったからだ。
「さて、本格的に犯人探しをしたいところだが……やめだ」
「どうしてよ」
「面倒だからに決まっている」
ブラックに対して、呆れないという概念は存在しないかもしれない。彼はいつも、わがままである。
禁忌書や歴史書がなくなったというのは、大事件だという自覚がまったくない。
「霄よ。なくなった書物の類は何じゃ?」
暁颶が尋ねる。
「ちょうど、ブラック殿たちが探している《法則技能》や《法則技法》についての書物でございます。それと、禁忌書では哲学などの知識に関するものでした」
「見るからに怪しいな、おい」
「まぁ、落ち着け玲兜。なくなったのであれば、仕方ないだろう」
ブラックが玲兜を宥めるように言った。だが、仕方ないで済むような話ではないのは確かである。
「仕方ないって、マジで言ってんのか」
「暁颶、霄。今の貴様らならば、白雪たちに敬語をつけられるだろう。やってくれるか?」
頼めるか?と言わないということは、もはや強制であろう。つまり、やれと言っているわけだ。
「……ッ。あなた、本気なの?」
白雪はブラックの正気を疑った。突然がすぎるのである。大切な歴史書や禁忌書といった書物がなくなっているのに、霄たちになくなったのは仕方ないと言って、いきなり敬語をつけろと言い放っているのだ。
正気を疑うのも当然であろう。
「本気でないなら、言うとでも?」
「……」
「しかしじゃ、ブラック殿。なぜ、急に稽古を」
霄が問う。
「《法則技能》の歴史書がなくなってしまった以上、《法則技能》を知るにはもはや、扱うしかない。即ち、鍛練だ。鍛練を積むしかあるまいて」
「そうではじゃが……」
「いい機会じゃろうて。儂も、せっかく全盛期の肉体を手に入れたからのう」
警察隊たちが、暁颶の部屋に封命主を置いていく。それほど彼は強いのだろう。
病弱であった頃でそれであれば、全盛期とは一体どれほどの力なのか。
それに、時と命すらも簡易的とはいえ操る霄も規格外だ。ブラックは置いといて、だが。
「王よ……」
「では、行くとしよう」
──パチン。ブラックが指を鳴らすと、辺りの景色がまったくもって異なる。
明るい宇宙空間。そんな表現ができるかもしれない。
白雪たちは浮遊感に襲われる。
「マジで何でもありだな、お前」
「ククク。なに、ホワイトもできる」
「ぴぃーす」
玲兜の発言にブラックが言い返すと、その言葉に、ホワイトは可愛らしくピースをして答える。
ブラックは視線を背けて、説明をし始めた。
「オホン。ここは、現実世界から切り離されている。故に、時の流れが異なる。宴には十分間に合うだろう」
「……」
麗那がジッとブラックを見つめる。
彼女ですら、呆れているのだろうか。
「では、霄、暁颶。頼んだぞ」
「はぁ。分かったのじゃ」
肯定すると、ブラックは霄に耳打ちをする。
「彼奴らはまだ、〈制限解放〉のことを知らぬ。ここで、条件を満たそうと言う魂胆だ」
「……合点がいったのじゃ。まだ、一つすら解放しておらぬのか?」
「ああ。今は、世界樹の影響で強化されてはいるが、解放自体はできていない」
霄は頷く。
「了解じゃ。ならばその大役、引き受けよう」
「何話してるの?」
「何でもない。さて、始めるぞ。最初は誰がいいか」
ブラックがそう言うと、玲兜が手を挙げた。
「俺が行くぜ」
「うむ。良かろう」
そう言うと、ブラックたちは霄と玲兜から離れ、二人は構え出す。
封命主は、私は関係ないだろうが、と呟くがそれは誰にも届かなかった。
第十六話 完
新しい単語が出てきましたね。ブラックは、能力やクロノフィアの国について、詳しいようです。旅人だから、でしょうか?それとも──また別の理由が……?
次回では、霄のチートさの深掘り、暁颶の能力、白雪たちの能力の真価について、書いていきます。
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では、また次回お会いしましょう。Davidでした。