表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/57

第十五話 これは、時と命の物語⑭

「……どういうことじゃ。封命主」


 その裏では、過去の霄が嗚咽をしながら泣き続けている。それを聞いている霄は実に辛そうであった。

 過去を思いだしたからだろう。今ここで、伝えたかった。王は封命主に殺してくれと頼んだのだ、と。自ら死を望んだ、と。


「私は人じゃない。だから、人を理解するのは難しいだろう。理の欠陥という立場の私が言うのはおかしいかもしれんが、理から逸脱しようとする気持ちが理解できない。滅ぶだけだというのに」


 淡々と言葉を続ける。


「だがしかし、人の気持ちを理解しようすることはできる。あの王は随分と皆から愛されていたようだ。なら、王の死を悲しみ、蘇生を望む者は多いだろう。だから、私は王の命を殺さずに、封じることにしたのだ」


 霄はわずかに、狼狽えた。

 今まで散々、人外だの人の心を理解できないだの言った相手が、王を、暁颶を生かしてる。殺したはずの相手が暁颶を生かしている。

 ブラックたちはその様子を静かに見守っていた。

 霄は黙ったままだ。封命主が口を開く。


「場所を変えよう」


 その一言を放ち、彼女は扉の取っ手に手を伸ばし開く。


「ついて行くぞ」


「……うむ」


 霄はブラックの言葉に頷いて、一緒に部屋の外へ出る。過去の霄は、いまだに泣いていた。


◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 それから、〝風籠〟の宮殿を出て、〝風籠〟の外へも出る。

 森に向かっているのだと分かった。封命主はそのまま、自身の家があった場所へと向かう。白雪たちはそれを追うと、途中で封命主は立ち止まった。

 不思議に思ったのか、優司が封命主に声をかける。


「どうしたんですか?」


「お前らが破った結界があっただろう?それは、このとき張ったものだ」


 結界に手を伸ばして、触れる。すると、結界が赤く輝いた。


「え、何を」


 優司が思わず、呟く。


「二十秒だけ、結界の効力を消した。急ぐぞ」


「過去には干渉できないんじゃ……」


 尤もなことを言う。自分自身に関するから、なのか。そもそも、過去に干渉できないなら扉も開けられないはずだが。

 物には干渉できるといったところか。

 白雪たちが封命主の後を追うように、急いで結界を通る。あのときとは違い、すんなりくぐれた。

 歩きながら、封命主が説明を続ける。


「私の家も、この後にできたものだ。王は生きていると言ったな。私は王を生き返そうとした。しかし、それには大量の生命力が必要だった」


「それを、木で代用したのですね」


 牙瑜が珍しく、口を開いた。

 封命主と霄の言い合いのとき牙瑜は何かを勘づいていたが、このことであろう。

 つまり、はなから王は殺されていないことに気づいたのだ。

 しかし、木で生命力を代用とは何なのか。どうして、牙瑜はそれを知っている?


「ああ、その通りだ。良く気がついたな」


「そう考えれば、筋が通ると愚考いたしました」


「ここ一帯の木の生命力は凄まじい。だから、一晩で枯れても元通りになるのだ。世界樹と呼ばれるもののおかげだろうな。…………見ろ。私が蘇生をしようとしている」


 顎をしゃくり、奥の方を見るように促す。そこには、封命主の姿があった。

 木に手を当てている。すると、さきほどのこちら側の封命主のように、手から赤い光が溢れる。たちまち、周辺の木々は枯れていった。霄が言った、森の異変とはこのことだろう。

 過去の封命主は振り返り、背後にある少しだけ開けた場所に移る。

 その手には、例のクリスタルのような物があった。あのとき、確実に壊したはずだが、なぜ修復さへているのか。

 残滓が封命主に吸収されたので、それから再現したのだろう。

 しかし、封印する前の状態には戻せないし、仮にできたとて、それは病弱な王である。どのみち死ぬことになる。

 それでは意味がない。だからこそ、木々の生命力によって、完全体で蘇生させようとした。


「……分かってしまったのう。お主は、暁颶陛下を蘇生させようとしたが、できなかったのじゃな?それが、理であったから」


「……ああ。私たちは理の欠陥から生まれたとはいえ、結局は理なのだ。理の穴を埋めるのもまた、理。王についた死の理は、私ではどうしようもできなかった。私の力はただ、命を具現化し保存あるいは破壊することしかできない」


 彼女は人間ではない。だが、その表情の奥には(かな)しみがあった。王を救えなかったという敗北感。秩序から、理から逃れられない屈辱感。

 そんな感情を、彼女は小さく抱いていた。

 と、奥から声が聞こえてくる。過去の封命主だ。


「なぜだ……。なぜ、蘇生できないッ。私が人間の蘇生を止めるために生まれたからか!」


「……」


 王の蘇生に失敗したのだろう。霄はその様子を、複雑そうに見つめていた。

 封命主は己で言った。目的も使命もなく生まれた、と。だが、その生まれ方や封命主自身が持っている記憶などを考えれば、封命主は人間の死者に対する蘇生の願望を壊すために生まれたと思われる。

 直接的な命令はないのであろう。しかし、そのために生まれ、生きている。皮肉もいいところだ。


「悪かったのう……。お主を人の心が分からぬ人外だと決めつけて、心が痛いわい。暁颶陛下よ……お(ゆる)しください」


 霄は封命主に謝罪する。封命主は目を瞑って言った。


「仕方ない。物事は常に一面しか見れない。今回、過去を覗けたのも、おおよそ偶然にすぎないだろう。結局のところ、私が人を殺したことには変わりない。なら、罪を背負うべきだ」


「……封命主よ。お主はノクターンという組織から逃れていると言ったのう。どうじゃ。妾たちの宮殿で過ごさぬか?」


 霄の意外な提案に、封命主は驚く。


「なッ。私はこいつらに家を修復するという条件で名乗ったのだがな。それでは、約束が違うではないか」


「別に良かろうて。妾たちと共に過ごそうぞ」


 その言葉に、封命主は首を横に振った。そして、驚くべきことを言い放つ。


「私は王の蘇生を諦めない。例え、この命が消えようとも。私はよりか、あの王の方が生きる価値があるだろう」


「何を。お主は、十年間何をしても蘇生できなかったのじゃろう?」


「──私の肉体を、この器を王に譲ろう」


「なんじゃとッ!?」


 どつやっても、王を完璧に蘇生できない。なら、命は残っているのだから、身体を無理に蘇生させようとせずに譲ればいい。

 そんな考えに至ったわけだ。

 APOの一柱である彼女。他の個体から見て、彼女はどう映るだろうか。


「元より、生に対する執着はあまりない。誰かの役に立ち、物語の一つとして終われるなら、悪くないだろう。さようならだ、霄。それに、忌々しい者ども」


「フン。誰が忌々しいだよ」


 空元気かもしれない。小さい玲兜の声が聞こえた。

 やがて、封命主の身体が光り、薄くなっていく。姿の変化が起こった。

 命の交代。封命主は、自身の命を封じて消える──はずであった。


「許さぬ」


 その一言で、彼女の身体は元通りになる。ブラックの仕業だ。

 その行為に、白雪は批判する。


「ちょっと、何やっているのよ!せっかく、彼女は覚悟を決めたというのに、それを台無しにするわけ?!」


「死ぬことを許さぬと言ったのだ。我を前にして、その『愛』を見逃すと思ったか?」


「何言って……」


「生きよ。偽りの理に打ち勝て。運命はこう言っている。『生きよ』と」


 ──するとたちまち、再び封命主の身体が光り出す。だが、先ほどとは違い、闇色に光っている。

 同時に、彼女の身体から粒子が飛び出して、それぞれが混じり合う。やがて、人型を作っていく。

 輝きが消えると、そこには封命主と耳に小さな羽根飾りを付けた青年が存在した。


「まさか暁颶陛下……?」


 驚くべきことに、暁颶であった。


「ん……?まさか、霄か?この身体は……」


「封命主の中にあった貴様の因子を分離させ、新たな肉体を創った。その肉体ならば、病弱は解消される。貴様の若年期を模倣してみたが、どうだ?」


 ブラックが自信満々に言い放つ。なんと、ブラックは完全なる暁颶の蘇生に成功したのだ。

 人離れしすぎている。そこまでいくと、まるで神のような力だ。彼は一体、何なのか。


「マジかよコイツ……」


「ブラックこそ、人外なんじゃないの……」


 玲兜と葉対も呆れ顔である。麗那も、何とも言えない表情で見ている。


「ククク。物語はまだ終わらぬ」


 怪しく、彼は笑うのだった。


第十五話 完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ