第十五話 これは、時と命の物語⑬
過去の霄が〝風籠〟を離れ、〝香奏〟に向かった。その後も暁颶は一人、王室でベッドで寝込んでいる。
「……霄。儂はどうしたらいいのじゃろうか」
「王よ……」
霄が暁颶に近づこうとするが、ブラックに腕を掴まれてしまう。霄は振り返り、なぜだという表情を見せた。
「駄目だ、霄。ここは過去に過ぎん。泡沫の夢なのだ。虚構に話しかけても虚しくなるだけだぞ。此奴に我達の声は聞こえないし、姿も見えない」
「……ッ。なぜじゃっ。今、目の前に王がいるというのに……!届かぬというのか…………」
悔しそうに俯く。それを否定することはできない。もしかしたら、この声が届くかもしれない。そんな儚い夢は、ことごとく打ち破られる。
なぜなら、今こうして王室にいるというのに、暁颶が気づいていないことこそ、その証明だからだ。
ふと、コンコンコンとドアをノックする音が聞こえてくる。
「入りなさい」
「失礼いたします。ご報告に参りました。先ほど、殺人の容疑で逮捕された者がいるですが……」
入ってきた者の声が萎んでいく。何かあったのだろう。様子からして、相当重大なようだ。
「どうしたのじゃ?」
「その……連行しようとしたところ、警察隊が殺され、応援に向かった警備隊も殺されました…………」
苦しそうな顔だ。きっと、その殺された場面を見たのか、死体を見たのであろう。
仲間を失う気持ちが彼を襲った。霄も、彼の気持ちが痛いほど分かっている。彼女は暁颶を、王を失った。大切な者の死を知っているのだ。
そして、皮肉なことにその原因は今まさに隣にいる。なのに、殺せない。復讐も敵討ちもできない。どれほど、これが辛いことか。
「……逃走を許したのかのう?」
「現在、《究極技能》および《究極技法》の保持者を向かわせて、交戦中です」
暁颶は辛かったな、とその者を慰めつつ、詳細を聞く。
まず、殺人方法は不明。死体に損傷は一切なく、解析能力で解析しても毒や病原体も見つからない。
つまり、死因不明。息もなく、心臓も動いていないし、目に光を当てても瞳孔が縮まらない。確実に死んでいる。
そして、警察隊たちの死んでいったところを見たが、突然と死んだように思えたらしい。何らかの能力持ちだ。即死させるような。ただそれだけが言える。
──コンコンコン
と、再度ノック音が聞こえた。暁颶は同じように入りなさい、と言う。
扉が開いた先に見えたのは、制服を着た警察隊と警備隊二人ずつ、そして、手を光り輝く縄で縛られている、深緋色の髪と枯草色の瞳をした女性だった。
そう、『封命主』なのだ。霄は思わず叫んだ。
「見よ、かくなることを!もはや言い逃れは叶うまいッ。こやつは王だけでなく、国民にまで手をかけたのじゃッ!!」
「なに、理から逸脱したから滅んだだけだろうが」
「お主の言葉など聞きたくもないわ。耳が穢れる」
はぁ、とブラックはため息を吐く。その様子を見て、ホワイトや尽世は苦笑いした。
気持ちは分かるが、決めつけはまだ早い。ブラックの予想が合っているかどうかの判断を、今つけるべきではない。
「失礼いたします」
警察隊たちと過去の封命主が入ってくる。
「話はすべて聞いたのじゃ」
「承知しました。では、この者が今回の犯人でございます。ほら、跪け」
警察隊たちはベッドに上半身だけ起こしている暁颶に跪き、封命主にもそれを促す。
だが、封命主は一向にそうしなかった。
「何をしている!」
「良い良い。それで、お主。名は何と言うのじゃ?そして、なぜ儂が愛す国民たちを殺すのじゃ」
封命主はそれでも喋らない。痺れを切らした警察隊の一人が、封命主の背後から手を前に突き出した。
炎が現れる。【技能】か【技法】かで出現させ、封命主を脅しているのだろう。
されども、封命主は屈しなかった。
「この縄は能力を封じることができる。今のお前は非力なんだぞ。さっさと、暁颶陛下に名乗れ」
「……」
その一向に黙り込む封命主を見て、またもや霄は言葉を放つ。
「封命主。お主は、一体どれほど腐っているのじゃ……っ!」
「……」
こちらの封命主も黙ってばかりだ。
「なるほどのう。こやつは儂が見よう。お主ら、もう戻って良いぞ」
「し、しかし!」
「こんな危ない者を置いて、陛下に何かあれば!」
「儂はまだ強い。案ずるでない」
暁颶は優しく、警察隊たちにそう言った。そうして渋々、戻っていった。彼らは暁颶の強さを知っているからである。
「さて、やっと二人きりになったのう。これで、名乗ってくれるか?」
「……私に名はない」
やっと、封命主は口を開く。
「どうしてじゃ?」
「私はまず、人間ではない。理・秩序の不具合、すなわち世界システムの欠陥から生まれた存在」
「ほう?世界システムとは何じゃ?」
「知る必要はない」
顔を逸らす。
「……そうか。しかし、名がないとは不便じゃろうて」
「ある者からは、APONo.06300 『封命主』と呼ばれいる。それ以外の私の名称はない。だから、好きに呼べ」
「では、封命主殿。お主はなぜ、国民を殺したのじゃ?」
封命主はため息を吐く。
「殺したのではない。理から逸脱したのだ。だから滅んだ。それだけの話にすぎん」
「お主は理から外れているというのに、か?」
「……!」
封命主は驚いた表情を見せ、暁颶を見つめる。そんなことを言われるのは、初めてだったからだ。
「まぁ、良い。質問を変えようかのう。どのようにして、彼らを殺したのじゃ」
「……その前にいいか」
「何じゃ?」
「なぜ、お前は国民の死に冷たい」
暁颶はわずかに微笑んで答えた。
「儂が、もうすぐ死ぬからじゃ」
「ッ?!……病気なのか」
「うむ。さまざまな手を打ったが、治せなかったのう。終いじゃ」
「どのようにして殺したのか。答えてやろう。私には、命を封じる力がある」
「ほう?」
封命主は言葉を続ける。
「厳密に言えば殺すのではなく、封じる。保存することが可能だ。無論、殺すことも可能だがな」
「……では、儂も殺してくれぬか?」
「何だと?」
疑問の顔を浮かべる。これには、霄たちも驚いた。
「お、王よ!!!なぜじゃ……まさか、自ら死を望んだと言うのかッ」
「……」
こちらの封命主は相変わらず黙っている。
「儂を殺せるのはお主しかおるまい。儂は嬉しいことに尊敬されておるのじゃ。だがのう、それがかえって儂を縛る」
「……」
その言葉が霄の心を抉る。
「分かった。望みのままにしよう」
「感謝しよう」
封命主が手を暁颶にかざすと、何やらクリスタルのようなものが浮かび上がり、封命主の手へと向かう。
──と、同時に扉が勢いよく開いた。そこには、霄がいた。
なるほど。霄が封命主を心底憎んでいるのが分かった。こ̀こ̀だ̀け̀し̀か̀見̀て̀い̀な̀い̀からだ。彼女には、封命主が王に何かしたようにしか見えない。
霄の呼吸が荒くなる。
「……!!はぁはぁはぁ──ッ。あぁ゛!!!!誰だ、誰だ貴様ぁッッ!!!!!」
「……妾は、〝香奏〟に向かったが、何もなかった。王が嘘をつくはずがないと思った妾は、嫌な予感がして急いで戻ったのじゃ」
現代の霄が補足し始める。その様子は実に苦しそうだった。そう、真実を知ったからである。
「……」
過去の霄の問いを無視して、そのクリスタルを掴む。
暁颶は悲しげに笑みを浮かべて、霄に言う。
「すまない、〝風籠〟の巫女、時雨 霄よ。儂は、お主の悲しむ姿を見たくなかったのじゃがのう」
「王よ、王…よ。暁颶陛下ッ」
「泣かないでくれ、霄。どのみち死ぬ運命じゃった。……霄よ、遺言じゃ。儂は最後に、自身の【技能】に名を付けようと思う。今まで、儂のために尽くしてくれたものへ」
暁颶は最後の言葉を霄へ、〝風籠〟へ言い放つ。
「時より人は生まれ、人より物語が生まれる。風がそれを世界へと蒔き、やがて再び、時が育てる」
これは、古きから伝わる〝風籠〟の伝承。
「ならば、儂も物語として朽ちようぞ。儂の能力の名前、それは──《時と命の物語》」
その物語は、風が蒔く。ここに一つ、物語が芽吹いた。
暁颶は続ける。
「霄、お主の【技能】。儂から名を授けよう。《風籠》。そう名付けるのじゃ」
霄から涙が出る。その涙が頬を這い、地に雫となって落ちていった。
「また、会おう」
──その言葉を最後に、封命主がクリスタルのようなものを砕く。
暁颶は倒れ、もう二度と起き上がることはなかった。〝風籠〟の王は、ここで死んだ。一つの物語を生んで。
「なぜッ……!暁颶陛下…………!!」
「……霄さん」
白雪がポツリと呟く。白雪、優司、葉対。その他の皆も、一部以外は涙を浮かべていた。
牙瑜ですら、哀れむ表情だ。
クリスタルから光が現れて、過去の封命主はそれを吸収した。そして、消えてしまう。
「確かに、私は〝風籠〟の王を殺した。だが、生きている」
「なん……じゃと?」
現在の封命主は沈黙を破った。王は生きている、と彼女は言ったのだ。
続く




