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第一話 終わり?否、始まり②

「ままぁ!見て、ちょうちょさんだよ!」


 幼い少女が、隣に居た女性に話しかける。母親とその子どもというわけだろう。


「そうね、綺麗ねぇ。ほら見て。あっちには、小鳥さんもいるわよ」


「わぁ!ほんとだっ!かわいいね!!」


 その発言一つ一つに、エクスクラメーションマークがついてるであろう大きな声で話す。正しく、純粋無垢な明るい少女だ。

 辺りは森で、その中を散策してる様子である。〈建国記念会〉の食材調達班の一つだろう。


「まてまて!」


「あ、こら!!そんなに前に行かないの!……すみません、ほんと」


「いえいえ。あのぐらい元気なほうが、むしろ楽しいので」


 少女がはしゃいで、前へ走りだす。それを止めようとする母親は、後ろに居た女性に謝った。服装からして、採取家だろう。他の班員も、少女のことを微笑ましく見ていた。


「ちょうちょさんー、まてまてぇ!」


「ちょっと、陽菜(ひな)!!!」


 少女はいっきに走りだしてしまった。班からどんどん離れていく。採取家や他の班員も、少女に追いつけない。

 班員は三十代〜四十代が占めている。少女を捕まえるのは、体力と身体能力的に難しいだろう。


 そして、数分経ったあと、少女は自分が親と離ればなれになったことに気がついた。


「……ここどこ?まま?どこなの?!」


 返事はない。少女の言葉という音だけが、この虚空に響く。


「うわっ!?…………うっ、うぅ」


 足元の石につまずいて、転んでしまう。その痛さが(にじ)んで、涙が浮かぶ。

 ──刹那、ゴドォォォッッという凄まじい轟音が鳴り響く。見れば、少女の少し前に、何やら怪しい彫刻がある平い大岩がある。

 赫いヘイローのような輪っかに、中心に向かって指す、赤黒い光の刃。同じく赫い粒子が放出されていて、そのさまは実に禍々しい。

 中心では人の形が構築され、やがてその姿が露わになる。煤けた銀色の髪に黒と赫のオッドアイ。上半身を露出させていて、その背中にはマントを羽織っていた。その服装は赤色と金色を基調としている。


「……あれから三年か。長いようで短い期間だな。まさか、この封印が敗れるとは。俺でさえ想像がつかなかったぞ」


 現れた人物──おそらく男──はニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。そして、少女に気づいた。


「だれ…………?」


「見た目だけは全くと言っていいほど、変わっていない。だが、この雰囲気。鴉真(あすま)め、帝王を交代しやがったな?ケヒッ。あの女達か」


 男がまた笑い、歩みだす。少女は困惑と恐怖を抱えていたが、それはすぐに消えてなくなる。なぜなら、少女はもう死̀ん̀だ̀からだ。

 あったのは、少女の死体、そしてその血。地面が血で真っ赤に染まる。


「待っていろ、忌々しいクソ女。すぐに血で染めてやる」


 そして、男は再度、歩みだした。


◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


「どうした、白雪。険しい顔して」


 白雪の違和感を察したのか、玲兜が声をかける。


「……【北の大地(ノース・アース)】が反応したわ。大量の魔力を感じる」


「魔物の発生か」


 白雪の保有する《法則技能(ルールスキル)》の内、一つ。それが【北の大地(ノース・アース)】だ。

 同じく、〇〇の大地という【技能(スキル)】を他の帝王も取得しており、帝王には必要不可欠の能力とも言える。ゆえにその効力も大きい。

 発動者の最大で半径約157km内を、自身の領域と化する能力。領域化した範囲は、気候や植物の成長具合などを簡易的ではあるが、操作できるようになる。

 風の流れを感知できるように、魔力の流れも感知できる。魔力は、【技法(テクニック)】を発動するのに必要な力だ。一種のエネルギーとも言っていい。


 そんな魔力なのだが、動物や人間が一定以上の魔力を浴びると、魔物あるいは魔族と呼ばれる種族に変化する。

 魔物や魔族は非常に凶暴で、クロノフィアおよび地球の全域で駆逐対象である。


「いえ、魔物の魔力ではないわ」


「じゃあ、なんだ?強力な魔人でも生まれたか?」


 笑みを浮かべながら、冗談ぽく言い放つ。されど、白雪の深刻そうな顔は変わらない。


「それも違うわ。もっと強力な……」


「おい。待て。まさかだが……」


 冷や汗をかきながら、玲兜のその表情が引きつる。


「ええ、そのまさかよ。この魔力は、あいつの──魔王ヴィアルドのものよ」


「んなバカな?!」


「え?!ヴィアルドだって?!」


 白雪の発言、そして玲兜の驚き声により、他の帝王や幹部たちも反応し、一気に騒がしくなる。控えにいたメイドや執事たちも表情が険しくなる。


 魔王ヴィアルド。災厄の魔王とも言われる、いわば伝説上の存在。

 一定、とは言っても大量であるが、魔力を浴びた人間は、大抵が魔物になる。しかし、その魔力による変化に耐える者がごく稀に存在する。それが、魔人だ。

 魔人は、その報酬として無尽蔵の魔力と取得難易度が高い高等級の【技法(テクニック)】が扱えるようになる。

 魔物などとは違って、魔人は力を得た人間なので、基本的には友好的だ。

 だが、その力に溺れ、残虐非道な行為を繰り返し、力を更に高め、振るう者を魔王と呼ぶ。ヴィアルドはその一人だ。


 〝方位の都〟の帝王には前任者がいる。〝方位の都〟が建国三年目という異様に若い数字なのも、帝王を交代したときに、国を新しくしたからだ。新生国家とでも呼ぼうか。

 この交代するきっかけとなったのが、ヴィアルドである。ヴィアルドは〝旧方位の都〟を狙ったのだ。その際に、前任者の帝王そして、その最高幹部と共に戦った。

 しかし、十六人もいて、たった一人のヴィアルドに苦戦した。やっとの思いで、封印できたのだ。倒し切るなど、到底無理な話であった。


「なぜ、あの封印が解けたのか。私にも分からない。でも言えるのは、確実にあいつが復活したことよ」


 葉対が玲兜に言ったように、ヴィアルドの封印は帝王が四人いなければ解けない仕組みになっている。

 厳密に言うならば、四人の《法則技能(ルールスキル)》の力を融合して初めて、封印の扉は開くのだ。

 強引に解くのは、等級が《法則(ルール)》よりも高くなければならないため、不可能に近いだろう。


「最悪だな。すぐに戦闘体制に入るぞ」


「そうだね」


 尽世も同意し、幹部たちも頷く。

 と、その瞬間、ドガァンッと建物が崩れたような音が鳴り響く。白雪たちがいる建物の外からだ。


「周辺の避難は、僕の【技能(スキル)】でやっておいたよ。後は急いで、あいつの所へ向かわなくちゃ」


 葉対が緊迫した声色で話す。


「しゃーねぇ。飛び降りるぞ」


「マジですか?!」


「つべこべ言わずに降りろ!」


「分かりましたよ!」


 嫌悪そうな表情を浮かべた優司だったが、緊急自体のこのときに、めそめそと泣き言は言ってられない。

 玲兜がガラスを蹴飛ばし、窓から飛び降りると、他の帝王や幹部もそれに続いた。


「《法則技能(ルールスキル)》【緑律(ヴァーデントコード)】」


 優司がそう唱えると、地面から太いツタが伸び、優司たちを包み、ゆっくりと地面に下ろす。


「お、サンキュー」


「面倒ですから、もう嫌ですよ」


「……久々に見るよ。魔王ヴィアルド」


 尽世は少し先にいる、禍々しい魔力を放つ男──ヴィアルドを見つめる。

 早くしなければ、その魔力に当てられた住民たちが魔族へと変化してしまう。


「ケヒッ。来たか、クソガキども」


「やってくれたわね。ヴィアルド。私たちがどれほど努力してこの国を作り直したと思っているの?」


「知らん。お前らが雑魚だった。それだけの話だろ?鴉真もよく、こんな連中に任せたものだ。ポッとでのガキが」


 国を破壊した張本人が、北の帝王(ノース・エンペラー)前任者である鴉真の名を出したことに、白雪はカッとなる。


「その口を慎みなさい。あなたの声を聞いていると、腐ってしまいそうだわ」


「ケヒヒヒッ。大口を叩けるのも今のうちだぞ。すぐに血塗れにしてやる」


「そ。《法則技能(ルールスキル)》【儚げの雪月花エフェメラル・スヌーンラワー】」


 晴天だと言うのに、雪が降る。その雪は異様な蒼い粒子を纏っていた。

 この能力の効力はさまざまあるが、今回は動きの制限だ。


「同じ技を出すとは。馬鹿でしかないぞ」


「葉対」


 その雪がヴィアルドに当たると、動きがわずかに鈍る。その隙を見て、白雪は葉対に【技能(スキル)】の発動を呼びかける。


「《法則技能(ルールスキル)》【視綴(サイトスクリプト)】『死ね』」


 普段は呑気(のんき)な葉対が冷たい言葉を吐く。これが、帝王たちがいかにヴィアルドを憎しんでいるのかを分からせる。


 【視綴(サイトスクリプト)】は《法則技能(ルールスキル)》のなかでも、特段と強力な能力だ。視界に映る全てを対象に、言ったものへと変化させる効力を持つ。

 ただし、自然的に起こり得ることしか可能ではない。例えば、雨を降らせたり鳥に鳥の子どもを産ませたりはできるのだが、突然、地表にマグマ単体をポツンと出現させることは無理だ。噴火させるなら可能だが。

 この場合、ヴィアルドが死ぬための自然的な理由が必要だ。今回は心臓麻痺となった。


 ──ドクン、ドクンと鼓動の音が聞こえる。


「そんなもので、この俺が死ぬとでも?」


 驚いたことに、ヴィアルドは自らの心臓を貫き、引っこ抜く。更にそれを潰したのだ。

 だが、次第に身体の穴が塞がっていき、無傷の状態となった。

 これが、人間から逸脱した魔王の力。やはり、底知れない。


「ッチ。《法則技能(ルールスキル)》【覇極烈界(はきょくれっか)】!!!」


 無から有へと。その体現をするように、ゼロからエネルギーを生成できる能力だ。そのエネルギーを支配し、高エネルギーの攻撃や電力供給なども可能となる。

 玲兜は、自身に運動エネルギーを付与し、加速力を上げ、威力を増そうとした。それに加えて、空中からのレーザー攻撃。


「オラァッッ!!!!」


「《究極技法(アルティメットテクニック)》【冥界の血溜まり(ハーデス)】」


 全身全霊の蹴りを披露しようとした玲兜だが、ヴィアルドが【技法(テクニック)】を発動し、いとも簡単に防がれた。

 ヴィアルドの魔力が血へと変換され、形作られ、盾となったのだ。

 本来はこの現象はおかしい。なぜなら、《究極技法(アルティメットテクニック)》は《法則技能(ルールスキル)》よりも下の等級だからだ。《法則技能(ルールスキル)》がそれよりも上の等級に対抗できるのは《法則技能(ルールスキル)》が異常なだけであって、基本的には下の等級は上の等級に拮抗どころか太刀打ちできない。

 このヴィアルドの芸当は、【技法(テクニック)】が魔力というエネルギーが必要であり、そのエネルギーを無尽蔵に保有しているから成し得ることである。


「バン」


 その血をまた変形させ、針にする。腕を前にかざすと、声と共に飛び出していった。


「《法則技能(ルールスキル)》【緑律(ヴァーデントコード)】!」


 飛び出したときと同じように、優司は【技能(スキル)】によってツタを地面から生やし、それを盾にし、玲兜たちを護る。

 針が刺さったツタは、またたく間に死んで枯れていってしまった。


「生温いぞ。ガキども。一斉にかかってこい」


 前任者たる鴉真たちがいないのだ。この八人でどう対処すればよいのか。白雪たちは今、非常に苦しんでいた。

 いくら《法則技能(ルールスキル)》を保持しているとて、完璧に扱えはしない。前回は、鴉真たちが指導してくれたからがゆえに、封印に成功した。

 鴉真たちがいない今、どうやって抗えと言うのか。

それでも、白雪たちは諦めない。帝王とその最高幹部。中学生にして、国を背負うとはどういうことか、それを分からせなければならない。


(次は、私の【技能(スキル)】の後に、牙瑜の【技能(スキル)】。その後に尽世様の【技能(スキル)】を発動したあとに、白雪様の【技能(スキル)】の効力を変えてもらって……)


  麗那は隙を伺い、攻めるタイミングと仕方を考える。


 ──と、そのときだ。


「生温いのは貴様の方だ」


 謎の声が響く。四人の帝王のなかの誰かでもなければ、幹部たちでもない。かと言って、鴉真たちの声でもない。

 真に謎。ここにいることが理解できない。

 その謎の者は黒いローブを羽織っており、フードで顔は隠れていた。ただ分かるのは、その者がヴ̀ィ̀ア̀ル̀ド̀の̀腹̀を̀貫̀い̀て̀い̀た̀ことだ。

 声からして、おおよそ男であろうその者の腕が、ヴィアルドの腹に直撃し、ナイフのように貫いていた。

 魔力と【技法(テクニック)】によって強度が極限まで高められているその身体を、どのようにすれば貫けるのか。強靭(きょうじん)な拳という説明で納得できない。


「グハッ」


 人生で初めて、ヴィアルドの吐血を見た。白雪たちはその光景に、ただただ唖然としていた。

 彼は腹から腕を抜くと、今度は新たな言葉を紡ぐ。


「朽ちるがいい」


 ──静かにされど、重みのある言葉だった。そして、その言葉に従うように、ヴィアルドは身体が崩れ去っていく。


「やめろッ!やめろやめろやめろッ!!!!誰なんだお前はッ!!!!突然現れて、突然俺を殺す気か?!そんなことができるわけがないんだァッ!!!止まれェェ!!!」


 惨めに叫ぶヴィアルド。だが、身体の崩壊は止まらない。やがて、全てが朽ちてゆき、何も残らず、灰すらなかった。



「誰、なの…………?」


 白雪は思わず、そう呟いた。今は亡きヴィアルドを含め、ここにいる全員が思っていること。

 彼は誰なのか。


「フッ」


 彼は笑みを浮かべたのだろう。そんな音が聞こえてきた。

 すると、彼の周りから黒い粒子が放出され、空間が軋む。白雪は察した。彼は消えるのだろう、と。待って、と声に出したかった。だがしかし、恐怖と困惑がそれを許さなかった。身体が今の状況に追いついていない。

 凄まじい音と共に、黒い粒子は彼を囲い始めた。


 ──刹那、白雪に頭痛が走る。

 何かの景色が脳に浮かぶ。記憶のノイズ?記憶の残滓?脳裏をよぎる情景。これは、既視感(デジャヴ)か?

 白の服装の者と黒の服装の者。何かを話しているように見える。二人とも笑っていた。

 そして、白の服装の女性は、白̀雪̀に̀よ̀く̀似̀て̀い̀た̀。


◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 あれから、気持ちを落ち着かせるために相当な時間がかかった。少なくとも、三十分はあの場にいただろう。謎の者は、怪しげに深い黒色の瞳を輝かせた後、消えてしまった。

 そして、翌日。今はヴィアルドに破壊された建物の修復作業と、負傷者の手当てをしている。

 この機に、ヴィアルドの存在は知れ渡ってしまったのだが、DL社は批判対処や説明の役を引き受けてくれた。流石、〝方位の都〟を、帝王たちを愛するだけはある。


「昨日は、本当に疲れたわ」


「あんなこと二度と起こってほしくないです」


「二度と起こるも何も、ヴィアルドは死んだ。もう出てくることはないだろ」


 優司の発言に、玲兜はツッコむ。


「同じような感じで、このぐらい酷い目に遭うことがあったらヤダって話ですよ。それに……ヴィアルドが死んだのは僕らの力じゃない」


 奥歯を噛み締めながら、優司が不満げに言い返していると、メイドの莉紗から伝達が来た。


「ご報告を。白雪様方に御目見得(おめみえ)したいとの方が。外国よりいらっしゃったそうです」


「外国から?と言うことは、地球からかしら。なぜ、わざわざ今になって」


 クノロフィアは全てが日本の文化で統一されているため、自国以外の国を外国とは呼ばない。異国と呼ぶ。


「事前の報告もしていらっしゃらないですね」


 牙瑜が言う。


「まぁ、いいわ。通してあげて」


「畏まりました」


 そう言って、莉紗は戻っていった。

 しばらくした後、ガチャ、と扉の開く音が聞こえた。


「我が名はエターナル・ブラック。旅人だ。よろしく頼む」


「…………え?」


 入ってきたのは、中性的な美しい顔立ちの青年?であった。

 白雪は思わず、声を出してしまう。なぜならその者は、白雪が映̀像̀で̀見̀た̀黒̀い̀服̀装̀の̀者̀と̀そ̀っ̀く̀り̀だったからだ。


第一話 完

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幼女ォ!?魔王….幼女殺したツケ回ってくるの早すぎw
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