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第七話 束の間の平和、ここにあり

「リュミエール、本当に良いのか」


 美しき宮殿の中だった。柱も壁も、全てが金でできている。その王室なのだろうか。玉座らしきものがある部屋に二人、誰かがいた。


「ええ。私はもう、覚悟を決めたわ」


(これは、私?私が喋っているの……?でも、この姿…………)


 一人は白銀の瞳をした女だった。白雪はその者を過去の映像で何度か見たかと思ったが、よく観察してみれば違った。

 確かに似ているのだが、その者は瞳の色が白銀ではなく純白で、瞳孔も中央に黒い点があるだけで全体的に白色である。

 そしてなにより、人物像が根本的に違う。リュミエールと呼ばれた人物の方が、白雪に近い雰囲気、口調、性格を持っていた。


「……貴様がそれを選ぶならば、我は止めぬ」


「ありがとう。役目を捨てたも同然の私に、優しくしてもらって本当に感謝しているわ」


「気にするな。貴様には選択権がある。自由なのだ」


「……そうね。あなたは人̀間̀だ̀け̀じ̀ゃ̀な̀く̀、私̀た̀ち̀にも自由を与えてくれた。本当なら謙譲(けんじょう)して喋るべきなのに、普段の通りにしてもいいと言うし……あなたは本当に優しいわ」


「ククク。我がか?この『闇』に向かって言うとは実に面白い」


 『闇』と己を表現した黒い服装の者は、喉を鳴らし笑う。

 この口調、笑い方それに容姿、どこかで──


「ふふ。本当にあなたは、闇らしくないわ。……それじゃあ、もう」


「ああ。分かった」


「弟を、ルナをよろしくね。ブラック」


「任せるがいい」


 そこでリュミエールは足元に魔法陣であろうものを出現させ、消えてしまう。


「リュミエールはもう行ってしまったかい?」


 背後から白い服装の女が現れた。白雪がこれまで見てきたあの人物だ。やはり、白雪に似ている。つまり、白雪、リュミエール、そしてその者。この三人の容姿が似ていることになる。


「……ああ。もう彼奴は人̀間̀だ。これ以上、責務を問う必要ない。だが──」


「義には必要、ってことだね」


「リュミエールにとって、束の間の休息にしかならないだろう」


「分かってるよ。君が心苦しいのは。でも、大丈夫。あの子なら受け入れてくれるよ。だって、ブラック、君は優しいから」


「我は闇だ。優しくなどあらぬぞ、ホワイト」


「ふふっ」


 和まじい空気の中、白雪は呆然としていた。そして、理解ができなかった。今更に、なぜこのノイズが起こるのか、ブラックの正体は何なのか、リュミエールやホワイトと呼ばれた者が自分と容姿が似ているのは何でか。そういった疑問を抱いていた。


(何なの……何で私にこんなものが…………私は誰?私は本当に私なの……?私は私……)


 白雪は困惑し苦しむ。自分が誰なのか分からなくなってきた。

 そこで白雪は、目を覚ましてしまった。


◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


「おい、嬢ちゃん大丈夫かよ。おーい。……まずいな。貧血かなんかか?救急隊呼んだ方がいいやつかこれ……」


「……!」


「おっ!!良かった目が覚めたか」


 白雪が現実に戻ると、目の前には坊主の男がいた。どうやら白雪が倒れるのを見て、駆けつけてくれたようだ。


「すみません。ありがとうございます。もう大丈夫なので、お構いなく」


「大丈夫じゃないやつほど、大丈夫って言うんだよ。無理はいけない。ここじゃなんだし、俺ん()で休んでいくか?俺は鍛冶屋でよ、近くに店あっから」


「いえ、本当に大丈夫です。心配をおかけしました」


「あ!白雪様!もう、どこ行ってたんですか。一緒に行動しましょうって言いましたよね」


「優司……。私は探し物があるから、夜にまた合流しようといったはずよ」


「僕は白雪様と一緒に行動しないといけないんです!それが、最高幹部の僕の役目なんですから。もう、玲兜様や葉対様に付き合わされて面倒でしたよ。楽しかったですけど。……それで、この人は?」


 楽しいならいいじゃない、と言いたくなった白雪だったが、言うだけ無駄なのでやめた。


「ちょっと、倒れてしまってね。私を助けようとしてくれたのよ」


「別に、俺は心配だったから声をかけただけだよ」


「ッ!ほら、白雪様。言わんこっちゃないですかぁ!その、どうもありがとうございました」


 坊主の男にお辞儀をして礼を言う。


「こっちも、無事でなによりだ。んじゃ、お嬢ちゃん、もう大丈夫なんだな?」


「はい。ありがとうございました」


「また機会があったら、店に寄ってくれ。サービスしてやるよ。そこの兄ちゃんもな」


「え?」


「この人、鍛冶屋らしいのよ」


「マジですか?!カッコいいですね!でも、僕は武器とか使わないからなぁ」


「ははっ。見るだけでもいいからよ。じゃあな!」


「はい。ありがとうございました!」


 坊主の男が手を振り行くと、優司もそれに返した。


「いい人ですね」


「そうね。流石、戦争を嫌う国だわ」


「国が優しいと、国民も優しくなると。〝南の帝〟が心配になってきました」


「玲兜がいたら、殺されてたわよ」


 〝南の帝〟は〝方位の都〟における、南の帝王(サウス・エンペラー)の支配領域だ。つまり、玲兜の領地である。

 もし、国が優しいと国民も優しいのだと言うならば、玲兜の場合は──

 優司が言いたいのはそういうことである。


「今は、葉対様と綾とどっか行ってるので大丈夫ですよ。多分」


「はぁ。それじゃあ、私たちも出ましょうか」


「はい!」


 そして、白雪たちは図書館を出て行った。


◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 それから白雪たちは玲兜たち、そして麗那や牙瑜と偶然合流した。

 〝風籠〟のあちこちに行き、観光地、レストラン、映画などを見て回った。こんな中学生らしい時間は、白雪たちにとって久しぶりであった。ここ最近は、全員でどこか出かけることなんてなかったのだ。

 正に、夢のような時間である。


「もう夜ね。久々にみんなで遊べたわ」


「そうだね。いやぁ、まじで楽しかった」


 葉対も満足そうだ。


「私も、久しぶりに遊びました」


「仕事ばかりでしたから」


 麗那の言葉に牙瑜も頷く。


「優司が足を滑らせて、川に落ちそうだったのは面白かったよ」


「ちょ、尽世様?!」


「確かに、あれは傑作だったな」


 イタズラっぽく、クスクスと笑う尽世と、ニヤっと笑う玲兜。


「まぁ、優司君。人は誰でも失敗するものだから」


「ありがとう、綾ぉ〜」


「あ、ちょっと抱きつかないでって!」


 優司は泣きながら綾に抱きつこうとし、綾はそれを手で押さえる。やはり騒がしい者たちだ。

 それを、平和と呼ぶのかもしれないが。


「そろそろ、いきましょうか」


 牙瑜の言葉に皆が同調する。


「そうだな。夜には戻ってこいって言われたし」


「ブラックも誘えば良かったなぁ」


 優司がポツリと言うと、白雪が口を挟んだ。


「きっと、気を(つか)ったのよ。あの人、頭良くて、変なところで優しいから」


「言えてる」


 時間の言葉に葉対も首を縦に振る。きっと、都の修復の件などだろう。あれは、自分の言うことを聞かせるための演出とも言えなくもないが、きっと優しさだ。

 何となく、それが分かる。根拠はない。


「ブラック何してたんだろー」


 葉対の言葉が響きながら、白雪たちはホテルに向かった。


 最初に入った部屋に戻ると、ブラックがベッドに寝転びながら読書をしていた。

 白雪たちに気づいたブラックは、身体を起こし本を閉じて、近くにあった机に置く。


「ふむ。揃ったか。ではホテルで夕食を摂りながら、明日のことについて話す。ついてこい」


「分かったわ」


「了解ー」


 ブラックについていくと、エントランスよりもさらに広い場所に着いた。奥側には厨房が見えていて、シェフが熱心に料理をしている。


「ガチでエグいな、このホテル」


「今更なんだけど、ブラック。ここに泊まるほどのお金を私たちは持ってないように思えるのだけど」


 白雪たちは旅と聞いて、少ない金額しかお金を持ってきていない。それが普通だからだ。これは、あくまで旅であって旅行ではない。確かに、旅行は旅と書くが、ブラックが言っているのは違うものだろうと、白雪たちは推測したのである。

 だが、白雪の心配は杞憂に終わる。


「案ずるな。我が全額負担してやる」


「マジですか?!!」


「ああ。我が言い出した旅。費用は我が出そう。ここで観光してきただろう?その分も我が払おう」


「「よっしゃー!」」


 葉対と優司の声が重なる。


「いや、いいわよ……。申し訳なくなってくるわ」


「それと、我が餌で釣る気だとでも?」


「そんなこと思ってないわよ。流石に遠慮するって話よ」


 ブラックの言葉に白雪は困惑した。まさか、そんなことを言うとは思わなかったからだ。


「そうか?見ろ、玲兜たちはもう料理を取りに行っているぞ」


「……後で、(しつけ)ておくわ」


「じゃあ、僕たちも行くね」


「行って参ります」


 尽世たちも料理を取りに行く。それにため息を吐きながら、合わせるように白雪も行った。

 各自、料理を取り同じ席に着く。ブラックは、スイーツが多かった。流石である。


「あなた、本当に甘い物が好きね」


「当たり前であろう?スイーツというのは、(あら)ゆる物の中で最も美味なものだ。フルーツと合わせた時の破壊力と言ったら……」


「はいはい。それで、明日の予定っていうのは?」


 ブラックがカルボナーラを咀嚼(そしゃく)し、飲み込むと口を開く。


「ああ。明日(あす)は『世界樹』に向かう」


 ──聞いた刹那に、白雪たちは絶対に面倒なやつだ、と確信したのである。


第七話 完

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