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第六話 時と命の国、〝風籠〟③

 約200kmの大森林の旅も、終わりを迎えようとしていた。

 あの殺し屋の件以降、特に何ごともなかった。順調にブラックたちは〝風籠〟に向かえたのだ。

 ちなみに捕虜の方は優司が【技能(スキル)】で造った細いツタで、グルグルと縛られていた。そして、ブラックに浮遊させられていた。


「お、見えてきたな」


 玲兜が言う。長い森を抜け、大きい石の壁が見えてくる。あれが〝風籠〟だろう。見ると前には門があり、あれが入り口なのであろう。そこでは、商人などが行き来していた。

 すると、ブラックが口を挟む。


一旦(いったん)、待て。念の(ため)に問おう。〝方位の都〟に敵対視している国はどれほどある。そして、〝風籠〟はそれに該当するのか?」


 ここでなぜ、ブラックがそう聞いたのか。あの殺し屋の件だろう。殺し屋がどこからの刺客か分からない。ゆえに、〝風籠〟も警戒しなければならないとブラックは思ったのかもしれない。


「念のため、ということはある程度は知っているのかしら?」


「ああ。旅人たる者、情報収集は基本だ。噂、情報屋、独自のルートによって情報を仕入れる。だが、国家間のことは、一国家の元首たる貴様らに聞いた方が早いだろう」


「なるほどね。確かに、私たちの方が国との関係は詳しいわね。でも、杞憂よ。噂でも〝風籠〟が〝方位の都〟に敵対しているとは聞いたことがないし、元首同士の会談も平和に進んでいるわ。〝風籠〟は私たちの国よりも平和なの。仮に敵対心を抱いていたとしても、それを表に出すことは絶対にないわね」


「ふむ。確かに〝風籠〟は戦争を嫌っていると聞くな。過去に一度しかしなかったらしいが」


「ええ。その戦争も仕方なかったと、鴉真さんから聞いているわ」


 北の帝王(ノース・エンペラー)前任者の鴉真。彼は今も若い。二十代後半だ。ということは、彼もまた、幼い頃から帝王という座についたのだろうか。


「おい、さっさと行こうぜ」


「そこの捕虜はどうするつもりなのだ?」


「うっ……んなもん、捨てちまえ」


 ブラックにツッコミを入れられ、バツが悪そうに玲兜は言葉を吐き捨てる。


「そういう訳にはいかぬ。情報を吐かせてから処理すべきだ」


 さらっと恐ろしいことを発言する。


「なら、さっさと吐かせろよ」


「はぁ……。玲兜、あなたね、吐けと言って吐く殺し屋なんているわけないじゃない」


「ッチ。クソ面倒だな」


「なに、問題ない。麗那が周囲の人間の視覚を操作すれば良いのだ」


「なら、最初っからそう言えつぅっの!!なにが、そこの捕虜はどうするだよ」


「そう(いか)るな。カルシウムが足りてないのではないか?牛乳を飲め」


「あのなぁ……!」


 声が怒りで震える。実にブラックと玲兜は相性が悪い。(きっと)常に理性で動いているブラックと、常に感情で動く玲兜。水と油だ。


「「……ぷっ」」


「おい、葉対、優司……テメェらぶちのめすぞッ!あぁん?!」


 思わず吹き出してしまった葉対と優司。火に油を注いではいけない。


「……麗那、お願い。あと、私たちの姿もね」


「はい。お任せを。《法則技能(ルールスキル)》【幻想交差(ファンタジークロス)】……これで、進めますね」


「ありがとう。麗那たちも、あのアホどもは置いといて先に行きましょ」


「かしこまりました」


御心(みこころ)のままに」


「かしこまるなよ!!」


 玲兜たちが先に行く白雪らを見て、急いで追いかけるのだった。


◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


「実物見るとマジででけぇな」


 白雪たちは〝風籠〟の門の前までやってきた。商人らの列と同様に並んで、順番を待つ。


「玲兜様、お言葉ながら〝風籠〟内ではお静かに願います」


「わぁってるつぅの。いちいち言うな」


 綾の注意に、またもや怒りが勃発しそうになる。

 短気と言わざるを得ない。


「止まれ。検問をする。パスポートを提出しろ」


「おいおい、俺らそんなもの持ってねぇぞ。どうすんだ?やっぱり、帝王特権で進もうぜ」


 門番の言葉に玲兜が焦る。玲兜たちは帝王であるため、基本的にパスポートを待たない。仮にあったとて、帝王の姿ではどのみち使えない。

 玲兜の発言に白雪が正論をかます。


「あのね、私たちが何のためにわざわざ、姿を変えてまで来てると思ってるの?帝王と知られたら、後々面倒だからよ」


「……だりぃ」


「あなた、陽珀(ようはく)さんによく帝王を任せられたわね」


「お前……」


 地雷に触れたのか、黙り込む玲兜。すると、門番から再度、声がかかる。


「おいお前ら、何コソコソ喋ってる。早く見せろ。ないなら、発行してやるからさっさと言え」


「すみません。パスポートを忘れてしまったみたいで。発行お願いできますか?」


「分かった。そこの扉に他の門番がいる。そいつらに頼め」


「ありがとうございます」


 白雪は軽くお辞儀をして、玲兜たちと共にその扉へと向かう。

 開けると、先ほどの門番のように屈強な男と、スーツを着た紳士のような男がいた。中はコンクリートなのか、よくあるオフィスに見える。部屋はよく空調が効いていた。


「パスポートの発行ですか?」


 紳士のような男が白雪たちを見て、優しく語りかける。


「はい。お願いします」


「では、こちらにお立ちください」


 そう言われて白雪たちは順番に部屋に入る。まずは、白雪が指定された位置に着く。それは、白い箱の形をしており、いわゆる証明写真機だった。


(ここの文明どうなってるのよ。中世のヨーロッパみたいだと思ったら、急に現代になるわね)


 〝方位の都〟は、東京などといった都市レベルまで発展した国ではないが、それでも現代の日本並みの街並みだ。

 その背景には、やはり能力が影響している。【技能(スキル)】などの能力によって、文明のレベルが科学の方面で見れば落ちたのである。もちろん、研究者や科学者は健在であるが、クロノフィアでは珍しい。

 そういった役職の者は、地球にいることが多い。あえて差別化するならば、異能のクロノフィア、科学の地球だろうか。

 無論、この世に存在する全ての存在が【技能(スキル)】あるいは【技法(テクニック)】を持っているため、科学者であろうと多少は【技能(スキル)】を使う。


 白雪は証明写真を撮り終わると、外ではあの紳士そうな男が立っており、何か手帳のようなものを渡される。

 パスポートだ。


「ありがとうございます」


「いえいえ。では次の方」


「僕が行きます〜」


 優司がワクワクしながら、写真機に入っていく。

 優司が撮り終わると、同じようにパスポートを渡され、次に玲兜、綾、尽世、麗那、葉対、牙瑜、ブラックの順に入っていく。


「……おい。麗那」


「はい、どうなさいました?」


「なぜ、我の姿がまるで女子高校生のようになっているのだ!!!」


「一応、貴方様にも【技能(スキル)】を」


 静かに叫ぶブラックに、冷静に答える麗那。

 パスポートに映る写真を見ると、全員が本来の姿とは違っていた。

 なるほど、麗那の【技能(スキル)】は人間以外にまで影響が出るというわけか。


()らぬわ。我は旅人だ。貴様ら帝王のように、顔を知られても問題なかろうが。これでは、我が子供の女だと思われる!」


「念のため、でございます。お子様姿のブラック様も、とても似合っております」


「……滅ぼされたいのか」


 ブラックは怒りで頬をピクピクさせる。


「私は金髪になっているわね」


「金髪姿の白雪様もかわいいです」


「……」


「そんな冷たい目で見ないでください?!」


 優司の言葉に、ゴミを見るような目で返す白雪。日常茶飯事なので、問題はないだろう。


「パスポート、ありがとうございました」


 尽世が紳士のような男と屈強な男にお辞儀をして、お礼を述べる。

紳士のような男はいえいえ、こちらこそ、と言いながら同じくお辞儀をした。


 白雪たちは無事にパスポートを手に入れ、先ほどの門に戻り、門番にパスポートを渡した。難なく入れ、白雪たちはやっと〝風籠〟に入れたのだった。


「うぉー、やっとだぁ!」


 葉対の言葉が響く。


「って、なんこれ」


 〝風籠〟内と(がい)を区切る壁の中。それは、植物があちこちに生えていた。

 言うならば、木々は家と共に育ち、草は道と敷地を区切っている。

 植物国家なのだろうか。いや、牛や馬などの家畜、動物も平然と人と共に歩いていた。


「〝風籠〟は見ての通り、植物を含む生命を愛している。故に、街々は植物や動物に溢れているのだ。中央にある巨大な木は世界樹とも言われているな。まぁ、帝王なら知っていると思うが」


 ブラックが解説するが、その言い方には含みがあった。

 これはモロに知らなかった玲兜に対してだろう。玲兜は何かを言いたげだったが、綾に止められる。


「それで、入ったはいいものの、これからどうするの?」


 白雪が尋ねる。


「あそこに宿泊できる場所がある。所謂(いわゆる)ホテルだ。予約は【通信(シグナル)】で済ませてある。行くぞ」


「準備がいいわね……」


 ブラックの用意周到さに少し驚く白雪。


「デカいね」


 早速向かうと、葉対はそのホテルの大きさに驚く。下手をしたら、白帝苑などの帝王が住む建物よりも大きいのではないのだろうか。

 入ってみると、ブラックや牙瑜、麗那を除いた白雪たちは次に内装に驚いた。まるで、宮殿のように白く輝いていたからだ。

 丁寧に清掃され、柱は金色である。外装とは大違いである。

 受付の者に挨拶をし、言われた番号の部屋に入っていく。ブラックはなぜか三部屋取っていた。まずは全員で一部屋を見てみる。


「広いな」


 玲兜が(こぼ)すように呟いた。部屋はよくあるホテルのフロント並みに広く、外で見たあのホテルの大きさに納得できてしまう。


「ここから、夜までは自由行動にする。昼食は各自で()ってくれ。ホテルのビュッフェでも良し、外の店で食べてくるでも良い。夜までは好きに観光なりしてくれ」


「分かったわ。ありがとう」


 実は白雪もかなりワクワクしていた。世界樹付近にあると言われる図書館に行ってみたかったのだ。昼食はその後、摂るつもりである。


 白雪たちが雑談しながら、出ていく中、ブラックは麗那だけを呼び止めた。


「麗那、少しいいか」


「分かりました。では、皆様また後ほど」


「ええ。じゃ」


 手を振りながら別れる。

 その後、麗那は静かに扉を閉じた。


「いかがなさいましたか?ブラック様」


「良い。い̀つ̀も̀通̀り̀に̀話̀せ̀」


 ブラックはそう言い放った。いつも通り、とは何なのだろうか。


「……なぜここに来た」


 驚いたことに、麗那はいつも話しているよりも低く、口調も堅苦しくなる。雰囲気は一気に重くなっていく。

 ここ、とは〝方位の都〟のことを指しているのか。だとしたら、なぜ白雪たちに接触したのか、という意味になる。


「フッ。貴様も見当が付くだろうに。……我が貴様に言いたいことは一つ。貴様はこれからも詞演妄 麗那として名乗るつもりか?」


「当たり前だ。私はそう決断してこ̀の̀世̀界̀に来たのだから」


「なら、良い。我も貴様を詞演妄 麗那として見る。我と貴様の因̀縁̀などとは関係なしにな」


 どう言うことなのだろうか。

 この様子を見るに、ブラックと麗那はかつて、出会ったことがあるということになるだろう。では、なぜそれを隠していた?今の麗那の口調は何なのか。


 ブラックは麗那を残し、先に部屋から出ていった。彼奴(あやつ)ら、殺し屋の存在忘れているな、と呟きながら。

 確かに、あのパスポートのときから捕虜にしていた殺し屋がいない。まさか、逃げ出したのか。


「……ッチ」


 麗那はらしくもない舌打ちをして、扉を見つめたのだった。


◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 一方、白雪は図書館に来ていた。


「やっぱり広いわね。面白そうな本があるといいのだけど」


 そこで白雪は本を探しているようだ。白雪の趣味の一つとして、読書がある。そのためだろう。

 と、一つ気になるタイトルを見つけた。


 「世界の真理とは」


 哲学の本なのだろう。こういった知識を揺さぶるものは白雪の好きな類である。

 一ページめくる。


 ──そこに書いてあった一文に、白雪は思わず本を落としてしまった。


「記憶とは時に、偽りである」


 白雪の頭にノイズが走った。


第六話 完

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