7頁 王家の魔法使い
少し長くて申し訳ないのですが、よろしくお願いいたします。
「ブルハ・レクエルド。短い期間ではありますがあなた方の教師をさせていただきます」
ざわざわしていた生徒たちは一瞬だけ静かになると、すぐに熱が戻ったかのように再び教室は喧騒に包まれる。生徒達の気持ちもわからなくはない。自らを教師だという私の年齢はまだ17歳、生徒たちの年齢は15歳。ほとんど違わないのに教師だと言い出すのだ。
その年齢のせいかは分らないが、私が教師だという事に反発する生徒は少なからず出てくる。教壇の近くの生徒が席から立ちあがり声を荒げる。申し訳ないがその言葉は聞くに堪えない言葉ばかり、血の気の多い子なのだろう、若気の至りのようなものだろう。他の生徒の事も見てみるが、他の生徒は声を発することはないが、少なくとも思うところがあるのだろう、私から視線を外さない。そしてまた別の生徒が席を立ち、声を上げる。
「ブルハ先生はどんな魔法が得意なんですか?」
私はまだ17歳、魔物の討伐に参加したとこもないので、得意だと言える魔法はまだ無い。私は補助魔法全般に適正は有りはするのだが、それを得意と言えるのかというと小一時間は余裕で悩めるところだが、質問に対する答えを返すのならば
「そうですね……強いて言うならば夢魔法でしょうか」
私の一言で教室は一気に笑いのムードに包まれる。一番初めに声を荒げた生徒も、喋らなかった生徒も私を嘲笑うかのように笑っている。まぁ、それも仕方ないこと?だ。さっきは血の気の多い子なんて言ったが、こうまで馬鹿にされるのは恐らくだが、このクラスは攻撃魔法に適正が有る生徒達のクラスであり、補助魔法の事を見下しているんじゃないだろうか。
攻撃魔法と補助魔法に優劣など存在するわけもなく、用途自体も全く異なるのだが、いざ戦いとなると貢献しやすいのは攻撃魔法であり、私が得意だといった夢魔法とは、魔物相手には一切の効力はない。ただただ幸せな夢を見れる魔法だ。
騒がしい教室の中、先生が手を叩くと嘘のように静かになり、私の方に向いていた様々な視線も先生の方に向いていく。ただ、私に得意な魔法は何かと尋ねた生徒は、未だに私の方に視線を注いでおり、その瞳には何かが揺らめいてるように思えた。昨日の疲れのせいなのか、その少女はとても眩しく光って見えた。
そしてそのまま午前はすることもなく、時間だけが流れていき昼食休憩の時間になる。誰もいない場所を求めて校舎の屋上に“ウィンド”で跳び上がる。そこには誰もいない代わりに少し古び、何かが書かれた板材が無造作に置いてあった。
誰もいない新鮮な空気の中で学長からもらったお弁当の封をいざ開けようとした時、何かが外からこの屋上にやってくる。何かの正体は、私に質問を投げかけてきた生徒であり、謎の輝きを放つ少女だった。というか、本当に眩しい……少女から放たれる後光のようなものは、空の太陽によるものでも、疲れによるものでもなく、少女のおでこが輝いて見えているだけだった。
「こんにちは!ブルハ先生!」
グイッと、物理的に距離を詰めてくる少女にびっくりして、後退する。幸いにもお弁当は無事だ。何のためにこの少女はここまで来たのでろうか、わざわざ私を追いかけて小言でも言いに来たのだろうか。目の前の少女は私に近付いてきた後、何故かずっと私の周りをくるくると回って私の事をじろじろと見てくる。このままじゃ昼食を食べることもままならないので適当な挨拶をして、どこか別のところで昼食を取ろうとするが、少女はそれを許してくれない。
「あたし、シスタン・レンティスっていうんです!先生の事もっと教えてくれませんか?」
グイッと外套の袖を引っ張りながら上目遣いでそんなことを言ってくる。少女の意図が全く分からない以上、この少女が何を望んでそんなことを言っているのか私には理解できないので、どんな感情よりも恐怖が勝ってしまう。
意図は分らないし、なんか怖いけれども、今はとにかくお腹が空いている。このシスタンという少女に悪いが、ちょっとだけ強引にいかせてもらう。“ウィンド”を応用して体から放出するように魔法を放つ。
「ごめんなさい。少し急いでいますので」
少女を振り切った後、屋上から飛び降りる。“ウィンド”で着地した後、どこか人のいない場所を探してそこで急いでお弁当を食べる。それにしても、レンティス……どこかで聞いたことのあるのような名前のような気がするが、多分いつもの気のせいだろう。
お弁当を丁度食べ終わったころ、昼休憩の終わりを告げるベルの音が鳴り響く。遅れたらまずいと、急いで教室に向かうのだが、その道中のクラスはとても静かで、私の廊下を走っている音がよりよく聞こえる程だった。
教室の扉を開け『遅れました』と言い教室の中に入っていくが、私の言葉に何の反応も返ってこず、不思議に思った私は下げていた顔を上げ、教室内を見回してみるも、そこに生徒の姿はなく、先生の姿もなかった。教室を間違ったのかと思い、外の出てクラス札を確認するが教室は間違ってはいなかった。そんな静かな廊下にダダダダッ、と走る音が聞こえてくる。
「言い忘れていた!魔法実技はグラウンドだ!」
年がいってそうな見た目のくせに元気そうに走ってきた学長は、息を切らすことなく私にそう言ってきた。文句の一つくらい言ってやりたいが、そんな時間はないので、私は急いでグラウンドに向かう。
魔法学院での共通教育事項は主に午前にある魔法の歴史だけなので、魔法実技は各学院で全く色が違う。私の学院では二日おきに魔法実技があり、それくらいの頻度が一般的だ。5学年もあるので私の学院では二日おきだったのだが、ここクレセールの敷地は見た感じでも大きかったので、もしかすると、連日を通して魔法実技があるのかもしれない。
グラウンドに着くとたくさんの生徒がいたが、私のクラスの生徒達は嫌でも分かった。私がグラウンドに着くと、露骨に嫌そうな顔をしている集団がそれを示してくれていた。その中でもシスタンは変に光っており、私に向ける視線も他と少し違う気がした。
一日目である今日は、私が特に何かするようなことはなく、教える側を知るために、見る勉強をすることになっている。私のクラスは攻撃魔法に適正を持つであろう生徒達が多く、まだまだ粗さが目立つものの、この段階ですらもう私が使える攻撃魔法よりも出力が高い。
先生はというと、生徒達に魔法のアドバイスしながらも、各々の適正についてだろうか、何やらメモを取りながら30人余りの生徒を見ている。明日以降、私に出来る事は本当にあるのだろうか。私は持っている杖を力強く握りながら、生徒や先生を眺める。
そんな不安を吹き飛ばすかのように、グラウンドに一条の炎が流れていく。炎によって出来た陽炎の奥に、シスタンのにこやかな笑顔が見える。かなり強力なその魔法は、もう中級魔法届いているんじゃないだろうか。シスタンはもしかすると、どこか良家の血を引いているのだろうか、見事な才能だ。でもまだ一年生というところだ。
さっきの魔法が生徒達に若干だが引火してしまっている。あのにっこりした笑顔はこの状況に気付いていなかったのか、はたまた気付いていたのか、まぁ多分今の慌てようを見るに、わざとではないのだろう……多分。そんなこんなで日は落ちていき、一日目は終わろうとしていた。
帰り際、職員室に顔を出し簡単な挨拶をすまし、宿に帰ろうと帰路に就こうと、学院から出ようとすると校門の前でシスタンが待ち構えていることに気付き、すぐさま別の道を探そうと踵を返すが一足遅く、何故か上機嫌なシスタンに腕を掴まれ、どこかに連行される。連れて行かれる先は、何故か門外ではなく、校舎に入ったかと思いきや、当たり前かのように学長室に入っていく。
「おぉ、おかえりなさい、シスタン様」
「ただいま、学長先生」
――この二人は一体どういう関係なんだ?シスタン様??頭を悩ませるそんな疑問の種は、回答が用意される十数分後まで途切れることなく増えてゆく。
「お父様に挨拶しておこうと思うの、学長先生も来られるでしょう?」
「もちろんです」
ここの会話に私がいる必要はあるのだろうか、聞く感じでは必要ない気もするのだが。そんなハイテンポな分からないことのオンパレードに私はもう言葉すら出ないまま、耳から入ってくる情報を、理解不能というシグナルで脳に届けることしかままならないのだった。
学長は、室内の本棚から一冊を手に取ると、パラパラとページをめくり、魔法を唱える。すると、空間にぽっかりと穴が開き、その穴に学長は手を入れると一本の鍵を取り出す。その鍵を少し開けたスペースで扉に内蔵されている錠を開けるかのように鍵を回すと、どこからともなく扉が現れる。
扉に関しては分らないが、本棚からとった本は、恐らく魔法媒体の一つで、簡易的に魔法の使用が出来るものなのだが、先程の空間魔法のような高度な魔法の使用が可能な魔法媒体など、まず市場には出回るものではない。あの学長はほんとに何者なのかと考えていると、シスタンに腕を引っ張られ、一緒に扉に飛び込まされる。
扉を抜けた先でも、私はシスタンに腕を引っ張られ続け、どこかに連れて行かれる。連れて行かれる先々はとても広く、天井にはとても大きいシャンデリアがあり、壁にはたくさんの絵画が飾っており、昼間に聞いたレンティスという名の疑惑が確信に変わる。
暴れる大型犬の散歩のように連れ回され、ようやく止まったと思えば、ある扉の前に着いていた。息を切らす私に対して、シスタンや学長は疲れた様子が見受けられる。息切れする私をよそに、シスタンと学長は扉を開け中に入っていく。
扉の先には、長いカーペットが敷いてあり、カーペットの先には一人の男性がおり、階段状になっているその先の二つの椅子に、男性と女性が一人ずつ座っている。椅子に座っている男性が手をかざすと、カーペットの先の立っている男性は一礼をした後、部屋の中にやっと入った私の横を通り過ぎ、出て行く。
「帰ってきたか!シスタン」
椅子から立ち上がった男性は、そう言うと段差を降り、隣に座っていた女性も同じように降りて、シスタンに駆け寄っていく。三人で何やら談笑しているかと思えば、シスタンはこちらを向き、駆け寄ってくる。
「ご紹介します、この方があたしの師匠であるブルハ先生です!」
――――???師匠……。
何を言っているのか分からないが、発言をした当の本人はニコニコしながら私を見つめているのだが、後ろの二人の視線はとても厳しい。シスタンはお父様に挨拶する、と言ってここに来たはずだ。そしてその挨拶が今の発言なのだとしたら、私を見つめているあのお二人は、シスタンの親御さんであり、ここプリンシオの国王様と王妃様という事になる。
なんでもないただの魔法使いを師匠呼びして国王様たちに睨まれている私を、ニコニコと見守っているシスタンは一体なんなだ。大掛かりな公開処刑でもされているのだろうか。
「シスタン、少しだけ外してくれるかな?」
シスタンはそれに駄々をこねるように反対すると、国王様はシスタンを呼び、耳元で何かを囁く。囁かれたシスタンは、打って変わって上機嫌な様子で私の横を通り、部屋を出て行く。
「郊外での謎の魔法」
国王様は、シスタンに話しかけていたような声色とは違う、重みをもった声で語り始める。空気感も先程と比べ重く、指一つ動かせないプレッシャーが私にのしかかる。目の前にいるのは第一大戦で、一番の戦果を挙げたとされているレンティス家の子孫、とてもじゃない程の圧を感じる。
「短髪の魔法使い、そして魔力を帯びた頬の切り傷」
ゆっくりと私に近付きながら、視線を外してはならない、という圧力を持つ瞳が私を睨みながら、話を続ける。それにしても私は今、長髪のはずなのだが、私が短髪という事はもう既にばれているらしい。
「魔法連盟では、とある魔物の討伐依頼がでていた、そしてその魔力を帯びた切り傷は魔物以外では考えられない」
私に対して、国王様は何を求めているのかは分らない。魔証を持たずの魔法の使用は禁止されているため、結局はそれに関しての処罰なのだろうか。早くも私の旅は終わりを迎えるという訳だろうか。
「魔物の討伐には、とても感謝している」
てっきり、本当に公開処刑されるのかと思ったが、魔物相手に魔法を使ったこと自体には問題はないらしい。大きく息を吸って安心したいが、今の国王様の発言からしてまだ本題は別にあると見える。
「が、その周辺で小屋が見つかった。その中には拘束された男達がいたそうだ」
……まぁ聞かれると思っていた事だが、今の言い方から聞くに、本当にあの小屋は今の今まで、その存在は知られていなかったらしい。国王様は、その答えが一番重要であるかのように、先程よりも距離を詰め『答えよ』と迫ってくる。けれども、私に言えることは一つもない。
恐らくだが、あの男達からは魔力阻害の効果の残り香のようなものが見つかっているはず。そして私がそこにいた事を認めてしまうと、私はあの狭い場所で、大人数の男たち相手に単独で勝ったことになる。魔法が使えようとも使えなくとも、逃げることですら困難だ。
「申し訳ございませんが、私には存ぜぬことです。」
国王様の瞳を相手が視線を外すまでしつこく見続け、無罪を主張する。
はぁ、と国王は息を吐くと、詰めた距離分後ろに下がり、近付いて来ていた王妃様の横に並ぶように戻っていく。国王は私から学長に視線を移すと『聞いていた通りだな』と軽口をこぼす。
重かったプレッシャーは消え、一気に緩み切った空気感になり、私は大きく息を吐くと、横にいた学長が口を開く。
「えぇ、この者は怒らせると怖いですから」
思い出せれるのは、思い出したくもない私の姿。あの私は、限界まで溜まったバケツから水が溢れ、爆発しかけただけだ。というか私の話はどこまで共有されているんだろうか。どこかで監視でもされていたりしないだろうか。犯罪まがいな事をする学長だ、また何をしでかすのかわからない。というか、さっきから仲良さそうに談笑している男達は、どういう関係なんだろうか。立場上、国王と学長なのだから上司と部下のような関係なはずだが、
「気になりますか?」
私に突然声をかけてきたのは、シスタンとよく似た顔立ちの私より少し身長の高い王妃様だった。シスタンのきれいな顔は母親譲りなんだろうが、あの奔放な性格も母親譲りなのだろうか、シスタンも成長したらこんな感じに落ち着いてくれるんだろうか。
少し失礼な事を考えていると、少しだけ王妃様に睨まれる。王妃様は視線を私から談笑している男達に移す。
「あのお方は、わたし達のお師匠様なんですよ」
私を誘拐した方がですか?
とツッコミたくなったが、流石に我慢する。おそらくは数十年前の出来事だろうから、学長もまだ普通の魔法使いだった筈だろうし、そもそもまず、王族とどういう出会いをしたのだろうか。
まさか、学長も王族か、それに連なる関係者なのでは、なんて思うも、王族との出会い方に思い当たる節がある。王族との何某かの出会い、私を師匠と呼んでくるシスタン・レンティスの存在。
「シスタンはあの人によく似ていますから、あなたも苦労するでしょうね」
シスタンのあの謎の師匠宣言は父親譲りらしい。まぁ苦労に関しては、出会った当日からもこんな風にシスタンに振り回されてはいるが、学院にいる間しか会うことはないので、苦労という苦労はしないだろう。
王妃様とそんな話をしていると、ひとしきり話し終えたのか、こっちに近付いた国王様は私の肩に手を置き『シスタンを頼んだぞ』と言ってくる。
私は、この発言により何が起こるとも知らず『任せてください』と返事をしてしまうのだった。
その後は帰るはずだったのだが、豪勢な食事という言葉につられ、軽い気持ちで食事の席についたのだが、そこにはシスタン以外にも、見知らぬ若い男性が二人おり、こそっと学長に誰なのか尋ねると、第一王子と第二王子らしく、食事の味を何も感じることはなく食事は終わり、シスタンに見守られながら、シスタンの家?に来た際に通った門をくぐり学院へと戻り、宿で激動の一日を終わらせるのだった。