表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある魔法使いの物語  作者: 座れない切り株
〜星見のレトロセデール〜
38/38

31頁 魔法使いは星屑に手を伸ばす


「ブルハ……」

 気配を殺すかのように佇んでいた少女、ティエラが私の手を引き、扉へと向いた足は止まらざるを得なかった。滲むように聞こえてきた人々の声は、賑やかで多くの往来を感じさせていた。




「今日の夜、話したいことがあるんだ……だから、また後で時間をくれない?」

 背中を殴るその言葉に、考えるより先に体は動き、視界には少女が収まっていた。 

 追いついてきた呼吸は心を運んできたかのようで、深く瞬きをすることができた。

「今日の、夜……ですか。いやしかし、今日はあなたも疲れているはずです。なので、明日にしませんか? そしたら、明るい時間にお話できますから。ね?」

「イヤだ! 今日がいい!」

 耳を(つんざ)くような言葉と、目の前に迫るあどけない顔……加えて意地の塊である強い拒否感。この世で最も私が苦手とする類いのものだ、これは。

「……っ」

 足元から迫り上がる湯気のような声以上のなにか、眼前と錯覚してしまう顔の圧力に、息は逃げるように抜け、咄嗟にエステラの方に目がいってしまう。


「んむ……まぁ、良いのではないか。ティエラのワガママなぞ、吾も初めて見たものだ……たまの息抜きとして(なれ)らと語らうのも一興だろう」


 「僕も同意見。僕達ってば見た目以上に歳食ってるし、君達のような年の近い友人は初めてなんだ。だから、どんな事でも存分に話をしてくるといい。……んぐ、そろそろ手ェ離せって」


 「なら手を離せ!」

 「そっちが先だろ!」


 気づいてくれたはいいものの、助けてくれやしない。子供の喧嘩のような小競り合い……ほんと楽しそうで羨ましい。こういう状況は、確か孤立……何だっけか――

「あのー先生? それってあたしはどうなるんでしょうか……? 先生を奪われたまま、悲しくベッドに伏せってればいいんでしょうか?」

 こっちもこっちでおかしな事になってる。色々と出来事があり過ぎて、頭が真っ白にでもなってるのか?なんだか目もバキバキで怖いし……っていうか、奪うってなんだ。

「……まぁ、一旦シスタンの事は良しとして」

「なんで?!」

 

 つっかかってくるシスタンを意識の外に弾き出し、ティエラへと再び向き直る。腰を落とし、目線を合わせるようにして瞳を捉える。

「ティエラは今日のこと、整理する必要はないんですか?あの方々が見せたのは、そう……頭の中に直接手を入れて、取捨選択――」

「ごちゃごちゃはしてるよ? でもね、考えなくてもいいって思うくらい、吾輩はエステラ様達を信じてる」

 ガラス玉のように透き通った瞳……純粋無垢で混じり気なんて無い。苦手だ。これも、どこぞのバカな姉達のせいだ。

「信じてるっていう言葉が合ってるか分からないけど、とにかくさっきの事はもういい。でも! ブルハには話したいことがある」

 尊敬だ。もういい、だなんて。……私のこういうわがままを断れない性分も、もし誰かから見たなら、呆れを通り越した尊敬という箔が付くのかもしれないな。

「分かりました……お望みにお応えします」

「ほんと!?」

 折った膝を伸ばし、追従するように見るティエラの横を抜ける。頑なに話をしたい理由を聞けなかったな、なんて思いながら、椅子に手をかけ腰を下ろす。


「えぇ、二言はありませんよ」

「じゃあさ、夜の9時くらいはどう? ご飯とか食べたら、そのくらいの時間になってると思うんだ。でー、場所は星落としの湖。そこで話そ!」

 今がだいたい夕暮れだから、あと二、三時間程度って所かな。それにしても、星落としの湖ってシスタンが言ってた有名な場所のはず……しかも『湖』って名前がついてるから郊外だろうし。もしそんな野外でおそわれでもしたら、私が二人を守り切らないといけなくなるよな? 出来るか?


「そこじゃ……ダメ?」

「あ、いや、そうではなくて。まずもって、そこは有名な場所だと聞いていたので、人の往来の中で話をするのはどうなのかな、と」

「あ、そっか……どうしよ」

 やっぱり、人に聞かれるとまずいような話ではあるんだな……いやしかし、たまの息抜きとして……どんな事でも、か。考え過ぎるのもあんまり良くないか。

「では、私の部屋にでも――」


「ちょっと待った!待った待ったぁ!!」

 再燃する激しい炎のように声を荒げ、間に割って入ってくる。ようやく話が纏まりかけてたってのに、シスタンめ。

「あたし、星落としの湖に人が来ないようにすること、出来ます! どんなお話だってし放題です!!」

 いつになく、なんか強引というか強気だな。というか、こう……物理的に上から詰め寄られるの……なんかやだな。

「……だから何だって言うんですか? ティエラ次第ですが、話だったらどこでもできるんですから」

「そう……だけど、そこでお話ができるならそこがいい!」

「で、す、よ、ね! あたしなら、どうにか今日一日数時間くらいなら、星落としの湖ぜんいきを貸し切りにだって出来ますから!」

「ちかい……」

 なんだ? ティエラを仲間にできる手札をシスタンが持ってる時点で、私の負けってことなのか? そんなに一人で留守番するのが嫌なのかな。

「まぁそれはいいとして、まず離れる。そして一回落ち着いてください」

「……はい。申し訳ありません、ティエラさん」

「ううん、大丈夫」

 やっぱりなんかシスタンも余裕がないよね。ああいう強引さは持ち味ではあると思うけど、今日初めましての人間にあんな風に迫るか?…………私の時もそうだったけか。

「……で、シスタン。ソレを可能にする為に、あなたは何を行使するつもりなんですか? まさか、王族の権威を恥ずかしげも無く行使する……なんて言うわけないですよね?」

「もちろんです! それは絶対にありません。ないんですけど、その……何と言うべきか……」

「?」

「と、とにかく! ずるい事はせず、この手で掴み取ったもので成して見せます!」

 胸を張って言える程、ここで得たものはあったけかな……。まぁ確かに、あの人らには大きな貸しがあるか。

「ですからどうか! あたしもそのお話に混ぜてはいただけないでしょうか。場所を用意する見返りとして、なにとぞぉぉ」


「それを私に言われたところで、困るだけなんですが?……それでどうします、ティエラ? 裁量はあなたにお任せしますよ」

「え……? 最初からシスタンも一緒に、話をしようって思ってたよ? もしかして、二人はそういうつもりじゃなかったの?」

 そんなさも当たり前のような言い方とつぶらな瞳を見せられても困るんですけど。まぁでも、これでようやく一件落着か。

「と、いうことらしいですよ。これで満足のいく結果になりましたか?シスタン」

「はい!!」


「――では、私達はこのあたりで帰るとします。後ほどまた会いましょう、ティエラ」


――――――――

――――


 あれからどれくらいの時間が立ったのだろうか。誰もいぬ部屋で、ベッドの少し硬くも使い慣れた毛布の上に、私は寝そべっている。暇を持て余し、今日の出来事を整理しようと試みていたが、汚いカバンの中身のように纏めて詰め込むのが精一杯。故に今は天井を見つめ内々で言葉を溢し、シスタンが戻るのを待っている次第だ。シスタンは――



『じゃあブルハ先生、あたしは交渉に行ってきますので、先に戻っていて下さい』

『いや、私もついて行きますよ。星落としの湖で話をすることに決まりましたし、あなただけに任せておく必要もありません』

『大丈夫です! 大丈夫ですから、あたしに任せて下さい。ほら、ブルハ先生は少し疲れていますでしょ? だから、少しでも休んでいて下さい!』


 と、半ば強制的に帰らされた。ひとりで。それに、すぐ帰ってくるだろうとたかを括ってたせいで、食事も終えていない。もういっそ、ひとりで何か食べてしまおうか。

 そう考え、ベッドから起きようとすると、振動が体を伝い、音として耳に滑り込んできた。私は天井に向けて大きくため息を吐き、ベッドから体を起こす。

「約束、取り付けてきました! すぐに動き出してくれるそうなので、あたし達もささっと準備してしまいましょう!」

 人の迷惑知らずに音を立て、あまつさえドアを開けたまま、目一杯に声を張り上げる。こちらを見つめる大きな瞳は、嬉々としていて、達成感のようなものが見て取れた。

 私は少し暴れた髪の毛を簡単に整え、ベッドを後にする。

「えぇ。手早く準備を済ませましょうか」

 

――――


「シスタン、少し人が少ないと思いませんか? 気のせい……なんですかね」

 準備、もとい食事をする為、こうしてまた外に出てきた訳だが、ここの全てが広くなったのかと感じるほど、人通りが少なかった。

「そうですね……あたしが帰ってきた時は、普通に皆さんいらっしゃいましたから、何か催し事でもあるんじゃないですか?」

 確かにちらほらと人の姿はある。意味の分からない消失では、少なくとも無さそう。ただ、ものの数分でこうも人がいなくなるのか。

「そんなことより! ブルハ先生、早く美味しいもの食べに行きましょうよ!時間は有限なんですから」

 そう言われ、手を引かれる。小さく、そして温かい手に。街灯に照らされた髪は、まるで金糸のようにしなやかに舞い、私はただその彼女を追う形で星空のような街を走った。


――――


「……騒がしいですね。本当に何か催し事があるんですかね」

 星落としの湖、郊外に続く門へ近づくと、軽い地響きのように肌を揺らす声が聞こえる。よく分からないが、少し安心感が込み上げてきた。

「でもこっちって門の方ですよ? そんな所に人が集まる催し事なんて…………」

 そんな、言葉を失うほどに珍しい事なのか? 人通りの多い門付近は当然人目もつくし、盛り上がりが重要な催し事にはもってこいだ。しかし、それは夜も同じなのか、というところではある。

「と……ようやく門が見えてきましたけど、これは……凄いですね」

 城壁、もとい城門というのは、守る為にある故おおきく丈夫。たとえどれほど遠くとも、国内であればそれが門であると分かるほどには存在感もある。

「す、すごいですね……人が多すぎて城門の上の方しか見えないです。……どうして、こんなに人がいるんでしょうね……」

「そうですね、通らせてもらうついでに、何があるのか聞いてみましょうか」

「そう、ですね……」


「あのー、すみません。これは今、どのような御用で皆さま集まっていらっしゃるんですか?」

「ん? 何だお前ら、報せを聞いていなかったのか?」

「報せ……ですか?」

「ああ、なんでも星落としの湖に一時立ち入り禁止令が出てな。ここにいる奴らは、その報せを受けてこんなに集まってる、つう訳だ」

 なるほど……通りでシスタンの言葉のキレが悪かったわけだ。この異様な集まり方のワケに心当たりがあった、ということか。

「ではあなた達は、立ち入り禁止について抗議しにきているんでしょうか?」

「あ? そんな訳ねぇだろ」

「違うんですか?!」

「……変な嬢ちゃん達だな。俺達は英雄を待ってここにいんだ。星落としの湖に用があるっつう話だから、ここで待ってりゃ会えるってぇ算段よ。名前は何だっけか……一人はシスタン様なんだが――」

 …………名前、いや、肩書きで売られて、民衆を納得させたってことか。使い勝手の良い英雄もいたものだな、まったく。まぁ、それしかなかったんだろうけど。

「あー、もう一人はなんで言ったっけかな……」

 それと、ほとんど忘れていた。どうして、私達が私達だとバレないのか。どうやら、この姿は思っていたより似合ってたらしい。

「惜しいですが、面倒くさいので正々堂々突っ切ってしまいましょうか。時間は有限、ですから。ね?シスタン」

「……ブルハ先生にしては珍しいですね。いつもなら、そういうのすごく嫌いそうですから」

「ふっ、ただの気分ですよ」

 周りに聞こえるように、わざとらしく声を張ってやって喋ってやった。ついでに『似合っていた』メガネも外して。そして見えるコレは、存外面白い。


『シスタン様?!』 『シスタン!?』 『な!シスタン様がいたのか!?』 『どこ?!どこ!?』


 まるでドミノが倒れるかのように、声は連鎖していく。その光景ももちろん面白いが、私の名が一切上がらないのも面白さに拍車をかけている。しかしまぁ、これをどう突っ切ったものか……。


「シスタン様!どうか、握手をしてもらえないでしょうか?」

「え? あ、はい、ぜひ」


「シスタン様、魔法演舞で使われたと言われるあの魔法は、どのようにして憶えられたのですか?!」

「あ、えっと……とてもすごい方に教わりました」


「シスタン様、その麗しきお顔を拝謁できた事、我が終生の宝です。宜しければ、もう少し近くで――」

「度が過ぎてますよ。不用意にシスタンに近づかないで下さい、痛い目に遭いたくは無いでしょう?」

「ぐぬ……」

 少し不味くなってきた。こいつのような不審な奴は何とかなっているが、人の量を少し甘く考えていた。全く前に進めず、路も開けもしない。

「……先生が珍しい提案をしてくれた、何か考えが?なんて思っていましたけど、特に何も無かったんですね」

「うぐ」

 背中を刺すような、私を『先生』と呼ぶ者が放つ冷徹無比な言葉。いつにも増して鋭いと感じるのは何故だろうか……というか、人々の対応にあたふたしてる癖に私にだけキリッとしてないか? むしろ人々の前では演じてる……?

「先生、今すごく失礼なことを考えてますよね? あたしだって当然怒りますからね?」

「そんな事思ってるわけないじゃないですか、今から助けてもらうというのに」

「そうですよね、安心しました。じゃあ『私が』先導するので、ちゃんとついて来てくださいね?」

 あまりに怖過ぎて返事の代わりに変な声が出ちゃった。ちゃんと怒られるというか、怒るとこを初めて目にしたが、ちゃんと怖い。


――――


「いやぁ、ほんと助かりました。あれほど密度があったとは、流石に思いもしませんでした。ありがとうございます、シスタン」

「ああいう状況には多少、心得もありますから。でも、ごめんなさい。テルセールの方々には名前を出さないようお願いしていたのですが……」

 門の外にようやく出たというのに、ここまでシスタンの名を呼ぶ声が聞こえてくる。他国の王女様だというのに、この人気ぶりはいかに。

「まぁ、そうすることでしか場所を貸し切ることも、皆様の合意を得ることは出来なかったでしょうし。それもこれも、あれも、今回はあなたのおかげですよ」

 実際、人々の列を抜ける際も私のことを呼ぶ声は全くなかった。もしあったとしても、シスタンを呼ぶ声の前に霞と消えていたことだろう。

「先生のお役にたてて、あたしは嬉しい限りです」

 何も出来なかった私に、その笑顔は眩しすぎる。

私も集まった人々に対して、せめて何かしてあげたかったのだが、不相応な願いだったらしい。

 ならせめて、ティエラとの話で私が出来ることを模索しなければ。……どのような話をするのかすら、まだ分かってはいないのだが。

「今更なんですけど、星落としの湖はどこにあるんです?」

「すこし歩いた先、ここからでも見えるあの雑木林。あの中にあります。でも正直、湖より池に近い大きさですね」

 ……私は別に博識なわけではないので、湖と池の違いなんてわからないのである。ただ、木々に囲まれた中に小さな海があるというのは、凄く興味をそそられる。

「……あ、そうだシスタン」

「なんですか?」

「レトロセデールの王家の方々に、どういった方法で、貸し切るという条件を勝ち取ったんですか?」

「ど、どうしてそんなことを聞くんですか? あたしのことを信じてないってことですか」

「そんな訳ありませんよ。ただ、何を使い、どのような語り部で……って、逃げないで!走らないで――」


「――はぁー、はぁー……ちょっと、からかった、だけじゃないですか……」

「あたしも、ただちょっと走りたくなっちゃっただけです」

 肺が裂けそう。慌てて走らされたせいで風魔法も使えてないし、本当に死にそう。

「ここが、星落としの湖がある、雑木林、なんですよね」

「多分ここだったと思います。もしかしたら違う場所かもしれませんが」

 ……違う、からかってきてるだけだ。確かに周りにも木々はあるが、絶対ふざけてるだけだ。絶対そうだ。

「あなたの記憶が正しいことを祈ります。行きましょうか」

「はい」

 ひび割れそうな足を伸ばし、雑木林の中へと踏み込んだ。すると不思議なことに体が嘘のように軽くなり、どこか異界へ辿り着いた感覚が体を包む。

「これは、当たり……ですよね――シスタン?」

 いる。声に反応しないが、私の隣にはシスタンがいる。薄緑色の星明かりに照らされた、絵画のようなシスタンが。

「実は、あたし初めてここに来たんです。幾度もお父様達から勧められていた場所なのですが、これほどまでに素晴らしい場所だとは思いもしませんでした。……言葉がうまく出てきません」

 同意見だ。言葉にするのが本当に難しい。日常とは隔絶された別世界、どの国でも見られないような青い緑、それに加えてこの星明かり。伝え聞く『海』というものも、これに違わぬ絶景なのだろうか。

「願わくば、この景色をゆっくりと眺めていたいものですね」

「あたしも、心からそう思います」

 『早く来い』そう急かすかのように、絶景の()には一つ、踏みならされた道が伸びていた。だいぶ遅れたかな?なんて思いつつも、一歩を踏み締めるように湖へ向かった。

 

「おそい」

 そして案の定、怒られる。

「いやぁ、つい色々と見惚れてしまいましてね……遅れてしまい、申し訳ありません」

「同じくあたしもです。ごめんなさい、ティエラ」

 ぷんすこと怒るティエラが立つそこは、開かれた天幕から星明かりが満ちる、これまた幻想的な風景だった。

 というより、だいぶティエラは怒ってるような感じがするけど、どのくらい遅れたんだろうかな……?

「よかったね、二人とも。ここにいたのがルナ姉ちゃんなら、小一時間は詰められるよ」

 あのルナが怒る……?相当、遅れてしまっていたらしい。

「まぁいいや。それで、どう? 見惚れてたって言ってたけど、ここ、すごくいい場所だよね」

 ふらつく感情のまま、ティエラに促されるまま辺りを見回すが、すごく良い。さっきの雑木林とはすこし違った、開かれている場所なはずが同時に閉鎖的でもある。大きく口の開いた洞窟に落ちたような場所だ。

「いい景色だとは思いますが、この湖、こうも星空を綺麗に映すものなのですか?」

 石や木造に慣れた私からすれば、雑木林も含めこの景色は壮観そのもの。けど、湖の中に輝く星は、何かがおかしい。

「普通、ではないですね。これは少し綺麗すぎるほどです。水面に映る星の方が、空を見上げるよりも明るく感じるほどですから」

「それにね、エステラ様達が言っていたけど、なんかここはすごい場所なんだって」 

 星落としの湖。あまりに直接的な意味だが、名を付けた人もそうするしかなかったのだろう。

 この名、この光景があるからこそ、エステラのあの発言が、ただの愉快を求めた嘘に思えてくる。

「しかし、そのエステラは星が死んでいると言った。あれは、世迷言のような、ただの嘘だと捉えるべきなんでしょうか」

 二人の背を抜かし、湖の前に跪く。湖に手を入れ、水面を揺らしてやると、当然ながら映る星は揺らぐ。消えはしないが、簡単に揺らぐ。しかし、星々は違うはず。魔法という波紋を空に起こしたとしても、揺らがない……はずだ。

「何回でも言うけど、吾輩はエステラ様たちを信じてる。でも、目を瞑って、あの人達が言う事、為す事を信じてるわけじゃないんだ。ほら、シスタンもこっち来てよ」

 盲目で信じているわけではなく、理由がある。それも確固たる強い理由がある。存外、ティエラも強い人間なのかもしれない。

「はい、来ましたよ」

「……それじゃあ話すよ。ブルハに知って欲しい事とお願い事を――」

 


『皆んなが、お父様やお母様と誰かを呼んでいた。でも、わたしにそう呼べる人はいなかった。気がついた時から、雨が降り頻る集落の中で育った。そこは冷たくて、悲しくて。それでも、人の温かさは確かにあった。

 でもある日、目を開けたら、次はかたい檻の中にいた。光はなくて、温度もなくて、声は嫌になるほど響いた。毎日、毎日、誰かの叫び声を聞いて、毎日、毎日、泥のような何かを胃の中に流し込まれた。そのうち、檻の中にはうずくまって動かなくなった子もいた。

 それでも、わたしは幸福だったらしくて、大人達が言う実験を受ける事はなかった。でも、毎日が変わることなんてなかった。エステラ様達が来てくれるまでは。

 諦めかけてたその日だったけど、違う意味でとても騒がしくなり始めた。何かが壊れたり、爆発したり、大人達の嫌な声が聞こえてきたり。わたしにも必死に体を動かして、檻の外の光に手を伸ばした。その後、がむしゃらに走っていたら、同じボロボロの服を着た誰かに会って、助けてもらえた。それがエステラ様とルナ姉ちゃんだった』



「――吾輩が、ブルハに伝えたい事……伝わったかな?」

「待って、待って! という事はティエラさんは消失事件における三年前に帰ってきた内の一人で、ルナさん達は助け出した張本人って事なんですか!?」

 ……消失事件ってなに? まぁ、ティエラが伝えたい事はその事件の事実と、何故あれほどまでにエステラ達を信じているのか、ということへの答えだろう。というか、私は色々と知らなさ過ぎるな。

「あ、そっか。シスタンって王家の人と繋がりがあるんだっけ。じゃあ知ってるか」

「いやいや、ブルハ先生が知らなそうにしてる方が意外ですよ。だってあれは、エル・ドラド国内だけに留まっている問題ではありませんから」

「すみません、知らなくて……」

 エル・ドラドは知ってるんだけどなぁ、それしか知らないけど。

「それでね、お願い事なんだけど、いい……かな?」

 私の直感は嫌な予感がする、と告げている。あまり変えないようにしているが、ティエラの顔はわずかに歪んでいる。水面に反射した光が、ティエラの目元を照らしていた。

「まず聞きましょう。話は後です」

「じゃあ、単刀直入に言わせてもらいます。吾輩とエステラ様達に代わって、まだ囚われたままでいる皆んなを助けてあげて欲しい!差し出せるものは何もないけど、どうか、お願い……」

 視界の隅で、凪いでいた湖面が波形を生む。頭は深々とおろされ、覗く肩は嗚咽を孕み、髪は痛々しさを思わせるかのように揺れていた。

 エステラ達はどういう訳か、もう一度助けに行く事はできない。加えて、まだ囚われている人いるという確証がティエラにはある。全く、勝手の都合のいい話だな。……まぁ、そんなんで見捨てられるほど、デキた魔法使いでは私はないのでね。

「シスタン、状況は分かりますか? 本当にその事実があるのか。あなたにはわかる事ですよね」

「もちろんです。ですが、先生にも他者への口外を厳しく禁じてもらいます。一度はルナさん達に助けてもらえていましたが、手段も監禁場所も(あらわ)にできていませんから」

 さっきの少し怒っていたシスタンはまた違った圧がある。ほんと、私なんかにどうしてついて来たんだか。

「……また失礼なことを考えて――状況はティエラの言っているもので相違ありません。現在も続いて子供の消失事件が起こっています。各国で報告されている事案ですが、エル・ドラドが一番の報告多数国なので、恐らくそこなのでは、と。並びに、三年前に戻った子供達も全てエル・ドラド国民の者でした」

 それならば、エル・ドラドに監禁場所があると考えるのが無難過ぎるが、それは当然通った道だろう。

「ティエラ、少し良いですか?」

 彼女は声を返す事はせず、ただ頷いてくれた。

「何か覚えている事はありませんか?そこからどのように出て、どのような方…………ごめんなさい、やっぱり何でもないです」

 どう聞いても、何を聞いても、ティエラを傷つけてしまうような気がする。でも、監禁される前、ティエラは雨の降り頻る集落で育った、と言っていた。それは――

「先生、ちょっと良いですか?」

 ポンっと左肩が叩かれ、まだ難しい顔をしたシスタンがグッと近づいてくる。

「雨の降り頻る集落って、恐らくエル・ドラドの周りにあるいくつかの集落の内の一つだと思われます」

「そうですよね。むしろ、そこしかあり得ませんよね」

「あえ、知っていらっしゃるんですね」

 それくらいは知ってるっての。それくらいは、だけど。緩んだいつものシスタンの顔がなんかむかついて来た。

 となると、本当にエル・ドラドに事件の鍵が埋まってそうだな。……しかし、エル・ドラドか。呪いの地と呼ばれてるのは伊達じゃないな。


「……よしっ!顔をあげてください、ティエラ」

 ティエラの方を振り向き、肩をグッと掴む。まだ僅かに震えが残っているのを見ると、彼女が見て、そして抱えて来たものは壮絶過ぎたものだったのだろう。目元も真っ赤っかだ。

「あなたとの約束、必ず果たします。私一人の手で全てを助けるという約束は出来ませんが、必ずみんなを見つけ、助けられるようにします。――って、何でまた泣き始めるんですか?!助ける約束したじゃないですか」

「ワーセンセーサイテー」

「えぇ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ