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ある魔法使いの物語  作者: 座れない切り株
〜星見のレトロセデール〜
34/35

27頁 魔法使いは日常を取り戻す

前話でいらないセリフがあったんで一部消しました。進行には全く問題はないです。すみません。

削除箇所↓

『——これなら、ずっと無であった方が良かったかもなぁ』


 レトロセデールで巻き起こった内紛は、魔法の優劣が観客達によって定される前に、両魔法使いの行動不能状態により幕を下ろした。


 そんなレトロセデールの内紛から一週間後。


 ————



 鳥が囁き、朝日が起きる時間だと告げる。呼ばれるように体を起こし、ボケーっと垂れ下がる瞼をぐっと持ち上げる。視界は少しぼやけているが、体は慣れたようにベットから離れ、そそくさと洗面台に向かっている。


 ——体に刻まれた朝の慣例を終え、凝り固まった筋肉をグッと伸ばしていく。ようやく日常が戻ってきて、最近はゆっくりとした一日を過ごす事が出来ている。しかし、どうにも独りの変わり映えしない日々は、時間の進みが早く感じる。


 『もう一週間、なんですよね』


 内紛における戦いに備えるための一ヶ月間も、それなりに早く感じた。けれどそれは、例えるなら三ヶ月の内容をギュッと凝縮した物であったから、早く感じたんだと私は思う。それに比べて、空白のこの四日間は殆ど何もなく、捉えどころの無い日々が故に、時間の進みが早く感じたんだと思う。


 そんな考えても仕方ない事を頭に思い描きながら、扉を開け部屋に戻っていく。


 「ん......ぁ、ブルハせんせ......おはよう、ございます......であってますか......?」


 部屋に戻った私の目に映り込んだのは、ベッドの上で佇む一人の少女。朧げな瞳、溢れる光を受ける様は、儚くも美しい可憐なお姫様のように見えた。


 「おはよう、で合っていますよ。おはようございます、シスタン。随分と長いお眠りでしたね」


 朝の挨拶を交わしながら、ベッドの方へと歩いていく。シスタンの寝顔や、起きがけのトロンとした表情は、今を含めて数回しか見た事がない。まぁ、それに関しては私が朝に弱いから、というのが理由ではある。


 「......どれくらい、あたしはねむっていたんですか?」


 倦怠感ののしかかる瞼を押し上げようとしているのか、瞳は細く、眉は高く、朝からシスタンの顔はすごいことになっている。起きたばかりなのに凛とあろうとするのは、シスタンの何かしらの矜持からきているのだろうか?


 「一週間。あの戦いの日から、ずっと眠ったままだったんですよ」


 私は反対側のベッドに腰掛け、シスタンの問いかけに答える。一週間眠っていた、という事実はかなり衝撃的だったのか、表情は困惑のハの字に変わっていく。

 

 しかし、私はその事を気にせず、語句を強めて言葉を続ける。


 「原因、もちろん心当たりありますよね?ルナを問いただして、私はすべて訊きましたからね」


 そろそろ眠気が抜けてきたのか、シスタンの瞳は私の目をしっかりと捉えている。だが、スッと目を逸らされる。


 「......先に顔を洗ってきてもいいですか?」


 「ええ、どうぞ」


 ゆっくりとベッドから降り、洗面所に向かうシスタンを見送る。目を逸らし去っていくシスタンは、怒られるのを忌避する子供のようだった。


 『あ、そうだ、当人が席を外しているうちに、情報を整理しておこう。四日前の事だし忘れてないが、私にとってもだいぶ重要な事だ』


 ルナから聞いた事だが『原因』とは、シスタンが放った火魔法を指す。本来、攻撃魔法しか扱えないはずのシスタンが拘束魔法を使った。そして、その不可能を現実にした方法が、魔力の過剰使用。ルナ曰く、水魔法で例えると、魔力の限り水を生み出し続け、相手を溺れさせてしまう力技。最後に、シスタンがそれを許容した理由は——


 あらかた整理が終わったタイミングでシスタンが戻ってくる。もう目は覚めているはずだが、いまだに伏せ目がちで目を合わせようとしてこない。だが、本人にもある種の自覚はあるようで、ある意味安心ではある。


 そしてシスタンは、元いたベッドの上にちょこんと座ると、おもむろに口を開いた。


 「無茶をしました、とても。先生にも、他の方々にもたくさんのご迷惑をおかけしました......本当にごめんなさい」


 やっと目を見てくれたと思えば、謝るようにしてまた視線を外される。これもルナ達に聞いた事だが、シスタン使った魔法では、怪我人はでていなかったらしい。私が倒れた理由も、それ自体が原因な訳では無い。


 「少なくとも、私は迷惑とは思っていません。それに、元よりあの舞台は想いをかけて戦う場所。当事者であった私達には、むしろ相応しいとすら言えます」


 動機はどうあれ、互いの思うままに戦った。互いに気持ちをぶつけ......あった。それは、全くもって悪い事じゃ無いはず。しかし——


 「......それよりも、あなたがした無茶の方ですよ。理由は一応聞きましたけど、あなたからも聞かせてもらえますか?」

 

 そう訊くと、シスタンはゆっくりと顔を上げ、瞳をのぞかせる。ふるふると揺れるその瞳は、見ている自分の顔が映るような透明感があった。


 「......ブルハ先生の、隣を歩きたかったんです」


 小さく吐き出される言葉を、私はただただ聞く。聞いていた話とは違うが、これも確かに理由であり、想いなのだろう。


 「ずっとあたしの前を行く先生に。あたしが転べば、必ず助けに来てくれる先生に......。あたしの方から近付きたかったんです......」


 そう言い終えると、シスタンは顔を伏せてしまう。私も少し、目を閉じ考える。......シスタンの想いを、ちゃんと汲み取ってあげる事は今は出来ない気がする。けど、伝えたい言葉はすぐに浮かんでくる。


 「初めに近付いて来てくれたのは、むしろあなただったじゃないですか」


 あの時の強引さがなければ、こんな時間も生まれていない。慰めにはならないだろうけど、これだけは伝えたくて、思い出して欲しかった。


 「それに、前を行くのは人としてですよ。魔法使いとしては、あなたの背に隠れざるを得ないですから。対人に関しては私も色々とできますが、対魔物では、あなたがいないと私は、ただの置物ですからね」


 少しだけ冷たい言い方かも知れない。想い、と言うよりかは、理論のような固い言い方だから。それでも、私なりの伝えたい想いは、確かにそこにある。


 「だから、私達はもう、隣で一緒に歩いているんですよ」


 伝わるのか不安だったが、それは杞憂に終わった。シーツの擦れる音と一緒にシスタンは顔を上げる。心配になるくらい、赤らんだその顔を。


 「あたしも、先生をたすけられるんですか......?先生の、ちからになれるんですか......」


 とても小さく、掠れてしまうような声。不安そうで、儚いガラスのような瞳だが、ちゃんと私の目を見てくれている。なら、私はその不安に応えよう。


 「もちろん、というより、もうあなたには助けられていますから。私と違って、記憶ははっきりとしているでしょう?」


 あの時、どこか記憶の乱れていた私を叩き起こしてくれたのは、シスタンだ。助けたつもりはないかも知れないが、私はそう感じている。あの時の声も、記憶も鮮明に覚えている。


 「ほんと、ですか......?」


 まだ不安さが拭いきれていないシスタンに、私はある約束をすることにした。


 「ええ、だからあなたに、一つお返しをしたいのです。......どのような願いでも、一度だけ叶える、というお返しを」


 もちろんの事だが、叶えられない願いも当然存在する。だがまぁ、相当恨みを買うことをしなければ、良識のある願いを口にしてくれるだろう。


 「......ありがとうございます、ブルハ先生」


 まだシスタンの顔には笑みは浮かばない。赤らんだ顔もそのままだけど、もう迷子にはなっていない。ただ真っ直ぐに、私を見てくれている。


 「こちらこそです、シスタン。そうそう、最後になりましたけど、二度とあんな無茶な事はしないでくださいね」


 正直忘れかけていた忠告をする。解決した以上無茶な真似はしないだろうが、過剰使用が出来てしまうのだから、ダメだ、と念を押す意味はあるだろう。断じて、信頼していないなんて事はない。


 「はい、絶対にあんな無茶な事はしないと、約束します」


 ————

 ——



 数時間後——


 宿の部屋でシスタンと話をした後、体力回復の為にまた少し休んだ。本当は今日一日、ベッドの上でゆっくりしてもらいたかったのだが、一週間ぶりに外に出たい、というシスタンの控えめなおねだりは流石に断りきれなかった。それに、時間が経って少し落ち着いたのか、比較的いつものシスタンに戻りつつもあった。


 という訳で、今は宿から離れ、近くのアクセサリーショップへと足を運んでいる。


 手を引くシスタンは、他の店群に目移りする事なくアクセサリーショップを探していく。少し歩き、ようやく見つけると、連れられるままに私はお店に入った。


 「ちょっと待っててくださいね、ブルハ先生」


 入ったはいいものの、即置き去りにされる。元より、なぜアクセショップなのかと言うと、街をゆっくりと歩くには必要不可欠な物を買う為、だとシスタンに言われ、連れてこられた。私はそれが何なのか分からないまま、ここに来ている。


 ただ立っているのもと思い、お店の中をぶらぶらしていると、どこからかシスタンが戻ってくる。


 「はい、先生。似合うと思うんですが、どうですか?かけてみてください」


 そう言って渡されたのは、まるぶちのメガネだった。


 「......えっと、あの、どうして眼鏡なんですか?」

 

 アクセショップにあるということは、度の入っていない、いわゆる伊達メガネというやつだろう。街を歩く前に、おしゃれでもしようという事なのか?

 

 「変装ですよ、変装。ほら、はやくメガネかけてみてください」


 そうやってグイグイとくるシスタンの圧に押され、疑問を一旦飲み込みメガネをかけることにする。メガネの端の方を持ち、ギュッと顔の方に押しやる。


 「......これで、いいですか?」


 視界の隅に、少しだけメガネの一部がチラつく。特に問題はないはずなのだが、初めてのことなので少しだけ違和感に感じてしまう。


 「すごく似合ってます!雰囲気もガラッと変わっていますし。これなら、あたし達だってバレないはずです」


 メガネは似合う、という物なのか?鏡がないのでどうも分からないが、シスタンは喜んでくれているので、とりあえずはいい。そうしたら次は、私の疑問を解決する番だ。


 「あの、改めて聞くんですけど、どうして眼鏡なんですか?」


 先ほどから少し口にしている『変装』や『バレない』というシスタンの発言。それに、仮に変装するんだとしてもなぜメガネなのか、も気になる。


 「......先生はともかくですが、あたしは色々と迷惑をかけてしまって...その、色んな意味で目立ってると思うんです。若干、ここに来るまでも視線を感じましたし......」


 気にすることは無いと思うのだが、どうにもシスタンはそこに引っかかってしまうらしい。病は気から、というように普段、もしくは普段以上の注目によってナーバスになっているのだろう。そういう面倒くさい視線には少し覚えがあるので、少しだけ理解ってあげられる。


 「だから、あたし達だとバレないように......メガネを、かけるんです」


 そう言いながらシスタンは、どこからか別のメガネを取り出すと、鼻をならしてかけていく。


 「ほら、どうですか先生?先生は可愛い系、あたしはかっこいい系を選んでみました。似合ってますか?」


 メガネ一つで、雰囲気がガラッと変わって変装なんて......って思っていたが、思った以上に変化がある。他意は無いのだが、賢くてクールな印象を感じる。さすがアクセサリーとしてお店に並んでいるだけのことはある。


 「いい感じですよ、とても」


 「っ!ありがとうございます!メガネ一つで変装にイメチェン。ふふっ、とっても良い買い物をしました」


 クールな印象も感じさせるメガネでも、シスタンの笑顔にはどうやら負けるらしい。それにしても、どうにも自分の姿を確認できないのがもどかしい。私だって、いい買い物をしたと思いた——


「あの、というかシスタン、このメガネのお金は...」


 まだ試着といえばそうなのだが、なぜか支払いが終わっていそうな感じがする。たしか前もそうだったし...。


 「っ......はい!しっかりとお支払いしてきました。金銭面に関しては、 抜かりありませんし、あたしにドンとお任せください!」


 私の言葉を待っていたかのように、目を開き、嬉々としてシスタンは喋り出す。なんだかすごく驚いてもいたような気がするが、王族のヒモになりかけていて、それどころじゃない。


 「流石にそれは——」


 「だったら、あたしからの感謝の気持ちとして受け取ってください。...ほら、次行きましょう、先生!」


 そう言われると、受け取らざるを得なくなる。そんな諦めた私の手を引き、シスタンは店外へと飛び出していく。外へと出た後のシスタンは、少し楽しそうに、胸を張って堂々と歩いている。


 「それで、次はどこに?」


 少し前を歩くシスタンに問いかける。するとシスタンはくるっと振り向く。


 「レストランに行きたいと思います。いい時間ですし、お腹いっぱい食べましょう!」


 ————

 ——


 「うぷっ......張り切って食べ過ぎました......」


 「一週間ぶりの食事で、よくそんなに食べられますね」


 レストランに入り、席に着くや否やメニューも見ずに注文しては、バクバク食べていた。一週間も食事を抜いた事はないが、普通は胃が小さくなるものじゃないのか?なんて見て思っていた。


 それはそうと料理は美味しかった。私が食べた物は、バゲットを使ったホットサンドだった。ぎゅと握っても押し潰れなさそうな具材の厚みに、バゲットから溢れる生ハム、それにバゲット自体の香ばしい香りと色艶。

 

 味は肉肉しい見た目と裏腹に、トマトとピーマンがかなり合っていて、結構食べやすかった。もちろん、バゲットも美味しかった。


 「——んせい、先生?聞いてますか?」


 「ご、ごめんなさい、聞いていませんでした。どうしました?」


 慌ててシスタンの方を向くと、不機嫌そうに私をジーと見ていた。言い訳じゃないが、一ヶ月ぶりにちゃんと料理を美味しいと感じのだ、釈明の余地はあるだろう...。


 「次はどこに行こうか、って聞いてたんです。星が見られるという博物館か、星落としの湖が特に有名なのですが、あいにくと今は日中ですので、どうしようかと」


 そういえばそうだった。内紛とかの事ですっかり忘れていたが、たしか星見のレトロセデール、とシスタンは言っていたような気がする。


 「博物館なら、日中でも見られる物はあるんじゃないですか?」

 

 楽しめるかは不安だが、案外見て知ってしまえば興味が出てくるかもしれない。まぁ、雰囲気だけの興味は一応あるのだが。


 「そ...うなんですけど、ヒナから少し興味深い話を聞いていてですね。占星術、つまり星占いをしてくれる、という場所があるらしくてですね......」


 なるほど。星占いとか占星術は分からないが、占いときたか。今の少し不安を募らせているシスタンに、そういうのは悪手だと思うが、まぁ、今日はやりたい事をやらせてあげるべきだろうし。


 「いいですよ、じゃあそこに行きましょう」


 そう言うと、少しムスっとしていたシスタンは、パァっと顔に笑顔を咲かせる。


 「本当ですか?!じゃあ、一緒に占ってくれる場所を探しましょう!」


 「......え?」


 ————

 ——


 占いの場所を探して一時間程。街行く人々に聞き回り、当たる占いだ、と殆どが口を揃えて言っていた場所を見つけることができた。他にもあるらしいが、ここが一番当たるらしい。正直、嘘くさいが。


 「ほんとにここで合ってるんですかね...」


 占いの場所、として教えられた所は薄暗い路地裏だった。そんな壁だらけの中に、ポツンと扉が佇んでいた。


 「一応、警戒を。私が先に入るので、離れずについてきてください。いいですか?」


 「はい、先生」


 ガチャ、というただの扉の音。開いた扉の先も路地裏のように暗く、微かな灯りで足元と周りが見える程度。


 キィィィ———


 後方で扉が閉まる音が鳴り、扉を閉めているであろうシスタンの姿を確認する。


 『うん、ちゃんといる』


 手は常に握ったままだが、一応確認しない事には安心できない。そのままゆっくりとした歩みで、微光に照らされた暗闇を進んでいく。この感じの暗闇は、ほんの少しだけ懐かしさを覚える。


 「おっと、今日の占いはどうかなぁ?時間はぴったし、お客様はちゃんと王族様かなぁ?」


 進んだ先の黒いベールの奥から、そんな声が聞こえてくる。どうしたものか、少しだけ嫌な予感がしてきた。


 「あー、怖がらせるつもりはないよ。それともー、このわしさまの名誉を汚さないでくれてるのかなぁ?」


 ほんとにここは占いの場所なのか?嫌に耳に残る甘い声に、だらしなくも聞き入ってしまう喋り方。はぁ、占いに来たのが私だったら、もう帰っているだろう。


 「いいですかシスタン、気をしっかり持ってくださいね」


 「は、はい」


 小声でシスタンに少し忠告をし、ベールをかき分け先に進んでいく。その先に広がっていたのは、黒から紫に変わったベールの壁。そして後方にあるほのかな赤みの光源が、空間を怪しく演出している。


 椅子と布のかかったテーブルを挟んだ先に座っている、おそらく占い師であろう人物はかなり怪しい格好をしている。黒いローブで全身を包み、顔を晒す事なく、真っ赤な口紅ののった唇だけを晒している。


 「おぉー、今日も占い外れる事なしー」


 占い師は、シスタンの方に顔を動かすと、そう言う。やはりメガネをしていても、わかる人にはわかってしまうものか。それとも、これまでバレてなかったのがおかしいのか?


 「それでー?どっちを占うの?それともりょーほー?」


 と、そんな事を考える場合じゃない。顔にかかったベール越しに視線のようなものを感じ、私は一歩下がってシスタンを前に出させる。


 「こちらの方をお願いします」


 「よ、よろしくお願い、いたします」


 予想通り、シスタンは少しだけアガってしまっている。けどまぁ、この占い師は人を見る目があるようだし、心配はないだろう。


 「ふーん......」


 ベール越しの視線がシスタンへと移ったかと思うと、また何故か視線の圧を感じさせられる。


 「わしさまは、そこのおまえさんの方が占いたいだけどなぁ......でもー、この娘もおもしろそーな感じがするしー、まーいっかぁ」

 

 嫌な予感の正体がわかった気がする。単純な話、私が相手にしたくないタイプの人間なのだと思う。見えないはずの視線も、舐めまわされているようで気味が悪い。


 「じゃあ、シスタン・レンティス様、どうぞお座りください」


 気味は悪いが、占いとしてはやはりちゃんとしていそうだ。シスタンも、慌ててこっち振り向いてくるくらいには、驚いている。知名度の代償、というものだろう。


 「改めてー、おまえさんの口から名前を聞かせてくれますかぁ?あとー出身国と、生年月日、適性魔法、ついでにー好きな色も教えてくれますぅ?」


 「は、はい!名前はシスタン・レンティスといいます。出身はプリンシオ、生まれは2871年3月25日、適性は攻撃魔法で、火魔法です。えっと、好きな色は...あかです!」


 なんだか聞いているだけなのに、すごく頭がおかしくなりそうだ。ふわっとしていて甘ったるい声色と、生真面目に応えるシスタンのアンバランスさが、すごく嫌だ。それでも、占いは当然続いていく。


 「............おぉー、わしさまでも見た事ないくらいのいい運命してるねぇ。それしか言う事ないくらいすごい運命だよー」


 「あの、聞こえのいい言葉を言って満足させようとしてます?」


 いくらなんでも雑が過ぎる占いだ。ほとんど何も言ってないのと同義じゃないか?......人を見る目がないのは私なのか?

 

 「んー、そーだなぁ、言うならどんな出来事でもー円満に、幸せに解決してしまう、ってそんな運命なんだよねぇ。まー、わしさまの占いはまだ終わってないからぁ、もう少しだけ付き合ってほしいなぁ......」


 うそ、と言われた方がマシな気がする。それがもし本当にシスタンの運命なら、一週間前の、そして今に続いている不安はなんだって言うんだ。......私はどうしたらいいんだろう。止めさせて帰るべき?


 「付き合います!良い結果だろうと、悪い結果だろうと、あくまで占いですから。どんなものでもかかって来い!です」


 ......はぁ、私は致命的に占いに向いていないらしい。あくまで他人が占われているだけなのに、馬鹿みたいに信じ込む。......はぁ。


 「あくまで占い、っていうのは聞かなかった事によるよぉ。えーっと、ほいっ」


 テーブルの上にカードのようなものが裏向きで並べられる。テーブルにかかった布には何かが書かれているが、暗くて小さくて気力がなくて、読めない。


 「じゃあ、ここに並べたカードからぁ、好きなのを一枚取ってねぇ」


 そう言われると、シスタンは少し前傾姿勢になりながら、じっとカードを見つめる。その様子を、若干面白そうに見ているのか、赤い唇がニヤッと笑っていた。


 「では、これにしたいと思います!」


 一枚を手に取ったシスタンは、カードの表面を向ける。気になって覗いてみると、湖畔に佇む人が描かれているカードだった。でも、なぜかその絵は逆さまになっていた。


 「あれ、あたし引き方間違えちゃいました?」


 ふと、占い師の方を見ると、さっきまで笑っていた口がギュッと静かになっていた。そしてそのまま、占い師は無言でシスタンからカードを取り上げると、結んでいた口を開く。


 「間違ってないよー......えーーーっと、少しだけ真面目になるねぇ」


 パチン、と占い師が指を鳴らしたかと思うと、後ろにある光源が少し強くなる。そんな明るくなった空間とは逆に、重苦しそうに占い師はまた喋り始めた。


 「まず湖面は、運命の写し鏡。それは、自らの運命をどういう形でも目の当たりにし、見て体験してしまうというもの。それは、良い運命でも悪い運命でも同じ事。でも......」


 大丈夫だ。所詮は占いなんだ。どんなに良く、どんなに悪い予言をされたとしても、心の片隅に留めておく程度のモノ。......大丈夫な筈なのに、ただ聞いているだけの筈なのに、どうしてか心がざわつき始める。


 「さかさまの湖面は、それとは意味が全く変わってしまう。どういうものか簡単に言うと、運命の反転。つまり、そこから見えるシスタン様の運命は、(デットエンド)ただ一つです」


 私には、すぐに言い返せる口は持ち合わせていなかった。ただ茫然として、カードとシスタンの後ろ姿を眺めることしか出来なかった。


 「——で、ですが、デットエンド...つまり死の運命だと、そうおっしゃっていると思うのですが、死は万民に訪れるもの。ですから——」


 「違います。違いますよ、シスタン様」


 割って入ってきた占い師の声に、私も被せるように入ろうとした。だらしなく後ろに垂れている意識を引っ張って、割り込もうとした。けれど気がつけば、耳を立てていた。


 「死ではなく、デットエンド。これが意味するのは何か。それは、幸福さに包まれた穏やかな死ではなく、ある日とつぜん訪れる生の行き止まり。運命として、あなたは(すう)——」


 「そこまでです!!」


 遅すぎる制止だろうが、やっと声が出た。正直、占いが嘘だろうが本当だろうが、もういい。こんなところにいては、頭がおかしくなる。


 「占いはもう結構です。シスタン、帰りましょう」


 椅子に座るシスタンを立ち上がらせ、手を引く。チラッとシスタンの方を見るが、どこか気が抜けていて、呼びかけにも応えてくれなかった。


 「あれぇ?お代がまだだぞー?」


 声に振り向くと、薄手の手袋に隠されていた、真っ白な手が私の前に差し出されていた。


 「たまにいるんだよねぇ、悪い運命だからってーお金を落とさない人。いつもはキツーイお仕置きなんだけどー、おまえさんは特別。わしさまの手を握ってーその運命を占わせてくれたらぁ、チャラにしてあげるー」


 私は何も考えず、何も言わず、左手で真っ白な手を握った。


 「おぉー、おおぉーー、なるほどぉ............なるほど?あれ?こんな事...ど、えぇ???」


 握っている手に、じんわりと湿った感触がしてくる。それに、握られる力もだんだんと強くなっていく。


 「握っただけで、人の運命なんて分かるわけないじゃですか。というか、大丈夫ですか?」


 じんわりどこか、水魔法を使ってない夏日なんじゃないか、というくらいに手がベタベタしてくる。


 「分かる、絶対分かるはず。だから特別扱いをしてる!...目、眼を見せて、近くで!」


 「は、はぁ?!」


 手をグッと引き寄せられ、左側の足腰がテーブルに強く当たる。そんな私のことはお構いなしに、占い師は顔にかかっていたベールをあげ、顔をのぞかせる。


 『茶色、いやこの栗色の髪にこの瞳...どこかで見たような......って近っ』


 「見える、見える。おまえさんの運命の道行きが、見え......ない?なんでどうしてなぜどういうこと——」


 ベタベタに握られた手をゆっくりと離す。どこかで見たことのある顔の占い師は、そのまま何かを言いながら動かず立ち尽くしてしまう。


 いろんな不安や、理解不能な恐怖を感じ、やっと私はベールを抜け扉への帰路に着く。


 ドンッ———


 「!?ビックリした......」


 大きな音に驚き振り返ってみると、ガクッと項垂れて、椅子に腰をつける占い師の姿があった。


 私は今日一日の出来事を軽く後悔するように足取りを進め、扉を開き表通りへと帰る。シスタンはどこかまだパッとしない表情で、手を引く私について来てくれている。占い師の事も頭に入れ、これからどうしたものか、と考えながらやけに明るく感じる街並みを通り、宿へと帰った。


 ————


 その日の夜には、シスタンは少し元気になった。そのまま、ちゃんと寝てくれはしたが、不安は尽きない様子だった。そしてどうやら、私も同じく不安を抱えていたのか、変な夢を見た。


 それは、どこかで見た誰かが、ずっとずっと啜り泣いている。そんな、誰かの未来を暗示するかのような夢だった。そんな夢がずっと続いたせいで、起きがけは頭がすごく痛かった。それに、翌朝も夢の内容をはっきりと覚えていた。

設定、破綻シテナイカ?と思ったり思わなかったり......コワイコワイ

ちなみに今は魔導歴2886年です

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