25頁 魔法使いは決意を固める
23頁のシスタンの魔法を憶える件を全削除し、ここに差し替えました。ちょっと?内容は変わってるんですが、どうかご理解お願い致します。申し訳ございません。
此処は、何処かの王城。絢爛と優美が絡み合う、黒と黄金色が目立つ空間。しかし、今日もそこには、絢爛さに見合わない熱情の赤色が支配していた。
「ふぅ、一旦休憩にしよう。あんまり詰めすぎても、かえって体を壊しちゃうからね」
紺碧色の髪を持つルナは、膝をつき伏している少女に手を伸ばす。窓から溢れる陽光を受け、艶めき輝く金色の髪を持つシスタンは、伸ばされた手を掴む事はしなかった。床に膝をつけたまま、噛み締めるように言葉を吐き出す。
「まだ......まだ何も進歩を得られていません。休憩なんか、してる場合じゃあ——」
「休憩した方がいいよシスタン!すごい顔になってるんだよ。......それに提案したのはアタシだけど、やっぱり適正じゃない魔法を憶えるなんて無理なんだよ」
薄紅色の髪を持つアマヒリーナは、膝をつくシスタンに向かい合う形で顔を見合わせる。その瞳には、少しだけまんまるの雫が浮かんでいた。滲んだ視界に映るシスタンの顔には、連日の魔法の修練における疲れが如実に現れ、生気も失われていた。
「無理な事は、最初から百も承知。でも、だとしても、あたしはなんとしても成さなきゃならない」
シスタンは、未だ虚ろな瞳のままアマヒリーナを見つめ返す。だが、その虚ろな瞳には、いつかのと変わらない恒久の炎が宿っていた。
だがしかし、アマヒリーナには理解が及ばなかった。なぜ無理だと分かっている事だとしても、諦める事ないのか。そして、昔とは違う変わった彼女の事に——
——ここは、何処かの王城。絢爛と優美が絡み合う、黒と黄金色が目立つ空間。そんな中、活気のある子供達は、ソファーやタンスの周りを走り回っていた。その様子を眺めるメイド服を着た女性は、騒がしくはしゃぎ回る子供達に優しく声をかける。
「お嬢様方、おやつのクッキーと、お飲み物をお持ちいたしました。どうぞ、ソファーの方にお座りになってください」
二人の少女は、ピタッと動きを止めると、銀のトレイを持つメイドに近づき、軽く背伸びをしながらその中を覗く。
「なになに、なんのクッキー?この真っ白くて丸いのがクッキー?おいしそー」
「じゅーすは...ぶどうじゅーす?ぶどうじゅーすなんだよ!シスタン!」
銀のトレイに置かれたおやつや飲み物を見てはしゃぐ二人の少女。品位を示すかのように艶めく金色の髪と、薄紅色の髪を持つ少女達を見て、ソファーのそばに立つメイド服の女性は、薄目で口角を上げる。
「早くお座りになってください、お二方?」
うっすらと青白いオーラを纏わせるかなような雰囲気を放つメイドの女性を見て、二人の少女は無言のまま互いの顔を見合わせる。
無言のままアイコンタクトで会話し合う二人の少女は、ゆ〜っくりとソファーに向かい、横並びで、すとんと腰を下ろす。
「はい、ありがとうございます、お嬢様方。まずこちらのお飲み物は、ぶどうのジュースとなっております。そしてこのクッキーですが、ボルポロンといい願いが叶うお菓子と呼ばれています」
先に紫色のブドウジュースが置かれ、続いて二人の前に、宝石のように煌びやかなクッキーが置かれる。クッキーは、少しふっくらとしたコインの形をしており、表面にまぶされた粉砂糖のほのかな香りと、焼きたての香ばしい香りが二人の鼻腔をくすぐる。
「美味しそーなんだよ!おっ先にひっと——」
香りと小ぶりな形に誘われるように、アマヒリーナの手がクッキーへと伸びる。その小さな手がクッキーに届く前に、メイド服を着た女性はその手を掴む。
「少しお待ちください、アマヒリーナ様。このクッキーは、今日のような祝宴が催される日に食す、特別な品なのです。ですのでどうぞ、簡単な説明をさせて頂けませんか?」
メイド服を着た女性は、スカートの端を両手で掴む。スカートをふわっと広げ、つま先と膝を床につけ、アマヒリーナ達と目線を合わせるように座る。メイド服の女性が座る一方で、二人はぎゅっと近づきこそこそと囁き合う。
「ねぇねぇ、しゅくえんってなに?今日ってすごい日だったの?」
「わかんないんだよ。お父様からは、シスタンと会える、としか聞いてないんだよ」
ソファーに座る少女達の隣で、メイド服の女性は少しだけ微笑む。
「...聞こえていますよ、お嬢様方。今日はお二方のご両親が、国家間の取り決めを行う重要な日ですよ。そしてそれと同時に、おめでたい日でもあるんです。さあ、どうぞクッキーをお手に取ってください」
少女達は、クッキーに目もくれず、メイド服の女性をじっと見つめる。ソファーの左側、メイド服の女性に近いアマヒリーナは、眉をハの字にさせながら口を開いた。
「どうしてソファーに座らないの?服も汚れちゃうし、足もぜったい痛いんだよ」
呆気に取られるメイド服の女性は、表情そのままに数秒間固まってしまう。息を吹き返すように、ふっと笑い声が漏れたかと思うと、メイド服の女性は何やら満足げな顔で言葉を捻り出そうとする。
しかし、その前に、アマヒリーナの奥からシスタンの顔が斜めになって飛び出てくる。
「こんっなに大きいソファーなんだから、一緒に座ろうよ〜、ほらはやくー」
優しく心配するように声をかけるアマヒリーナと、スッと出てくるや否や強引に座らせようとしてくるシスタン。その二人に、呆れながらも嬉しそうにメイド服の女性は応える。
「はぁ......承知いたしました。ではご厚意に甘えさせていただきます」
メイド服の女性はスカートをたたみ、ニコニコと笑う少女達に挟まれ、ソファーに腰を下ろす。そして再度、クッキーを手に持つよう、少女達に促す。
「いいですか、お二方。このクッキーを口に入れた後、頭の中で三回、願い事をするんです。そうすると、その願いが叶うだとか、叶わないだとか」
メイド服の女性は、左右の少女に目を配りながら説明をする。シスタンは、不思議そうに手に持ったクッキーを眺め、少しだけ手の力を強める。すると、クッキーは崩れる事なく、シスタンの手から弾き出され、粉砂糖と共に宙に舞う。
「とっ、とっ、と......ふぅ、あぶないあぶない」
手と洋服に粉砂糖を舞わせ、シスタンは間一髪のところでクッキーを落とさずに済む。安堵するシスタンの横で、顔に粉砂糖がついたメイド服の女性は、目を閉じ眉をピクピクと動かす。
「......シスタン様、お戯れは構いませんが、食べ物で遊ぶのはよろしくありませんよ。......さあ、新しいクッキーをお手に取って下さい」
シスタンは、バツが悪そうに微笑み、髪を上から下に軽く摩る。
「あはは...ごめんなさい。でも、クッキーはこれでだいじょぶ。全然おいしそうだし!」
粉砂糖の落ちたクッキーを手に持ち、シスタンは純粋な瞳でメイド服の女性に笑いかける。その純粋な瞳を見て、メイド服の女性はそれ以上言うことはしなかった。
「じゃあ、たべよっかシスタン!願い事をするのを忘れちゃダメなんだよ?」
「うん!もちろん!絶対に三回願い事をしてみせる!」
二人の少女は、メイド服の女性を挟みながら言葉を交わす。二人の少女は、口の前でクッキーを構えると、数秒手元を見つめる。そして何か意を決したのか、各々クッキーをヒョイっと口の中に放り込む。
口に入れて数秒も経たぬ間に、少女達の口から驚嘆の声が漏れ出てくる。その様子を、真ん中にいるメイド服の女性は、口を抑えてクスクスと笑う。
「すぐ消えちゃったんだよ!」
「外はあんなに硬かったのに!」
少女達は、真ん中に座りクスクスと笑っているメイド服の女性を、むぅ、と可愛らしく睨みつける。
「うふふ......ふぅ、まだクッキーは残っておりますし、もう一度チャレンジなさってはいかがですか?それとも、お諦めになりますか?」
「「やる!!!」」
煽られるがままに、二人の少女の手はクッキーへと伸び、また口の中へと運ばれていく。そうして大した時間が経たぬ間に、クッキーの皿は空になってしまう。
「はぁ、ぜんぜん無理だったんだよ」
アマヒリーナは、空になったクッキーの皿を悲しそうに眺める。相当願いを唱えるのに必死だったのか、赤みを帯びた口元には粉砂糖が付着していた。
「あたしもダメだったー」
メイド服の女性を挟んだ向こうで、シスタンはグラスを手に取り、ぶどうジュースで口内を潤す。その後、脱力するようにソファーに体重を預ける。
「ねぇねぇ、シスタンはどんな願い事をしたの?」
またまたメイド服の女性を挟み、ヒョイっとアマヒリーナは顔を出す。応えるようにシスタンが横に顔を出そうとすると、メイド服の女性はソファーから立ち上がる。それを二人の少女は顔を曲げ、見上げる。
「いけませんよ、アマヒリーナ様。まずは、自らを語るのが、聞く際の礼儀というものですよ——失礼致します」
メイド服の女性は、アマヒリーナの前で再び屈むと、ハンカチを取り出し、優しく口元の粉砂糖を拭い取る。
「んっ...、ありがとうだよ、メイド長さん。......もう、いっちゃうの?」
メイド服の女性は、拭ったハンカチを畳んで仕舞う。スッとソファーの前を抜け出すと、待機している他のメイド服の女性達と同じく、ドアの近くへと移動する。
「本来、その場にはわたしは不要なはずです。それに、わたしはここで待機していますので、何かあれば何なりと」
メイド服の女性は、片手を胸の前に置くと、軽くお辞儀をする。上げた顔は、僅かに微笑んでいた。
「......そ、そうだ!アタシの願い事はね、シスタンとずっと仲の良い友達でいれるように、って願ったんだよ」
アマヒリーナは、空いた一人分のスペースをスライドしながら詰めていく。ググッと詰め寄られるシスタンは、アマヒリーナの表情をみ、少しだけ怪訝そうにした後、ギュッと手を握る。
「そんなの、願わないでも叶えられるよ!ずぅーと友達でいようね、アマヒリーナ!」
アマヒリーナはグッと口角を上げ、恥ずかしそうに視線を逸らしながら、エヘヘと笑う。視線を逸らした先で、何やら恥ずかしそうに指をくねくねと絡ませると、ゆっくりとシスタンの方に視線を戻していく。
「......よ、よかったら、ヒナって呼んで欲しいんだよ。友達のシスタンには、そうやって呼んで欲しいんだよ」
シスタンは、小首を傾げ考えを巡らせる。どこをどう取れば『ヒナ』の二文字になるのか、などと思ってもいたが、アマヒリーナの訴えかける目を見て、頭を縦に振る。
「うん、じゃあこれからはヒナって呼ぶね!...でも、お父様から怒られたりしないかな......」
むむむ、と頭を悩ませるシスタンに、アマヒリーナは強く断言する。
「大丈夫なんだよ!この約束はアタシ達なりの、こっかかんのとりきめ?なんだから、お父様達にだって文句なんか言わせないんだよ!」
アマヒリーナの謎に頼もしい言葉を受け、シスタンはくすくすと笑みをこぼす。至って真面目なアマヒリーナは、その様子を見て僅かに不満の声を漏らす。
「むぅ、アタシは真剣なんだよ?......あ、そういえば、シスタンはどんな願い事をしてたの?」
そう言われ、シスタンはおもむろに立ち上がる。窓からは陽光が漏れ出、足元へと注がれる。腰と胸に手を当てた後、天井のどこかをじーっと見つめる。スゥーと息を吸い、軽く手に力を入れ、ソファーに座るアマヒリーナに目線を移す。
「あたしは、強くてかっこいい、ご先祖様のような魔法使いになれますように、って願った!でも、その願いは、あたし自身の力で必ず叶えてみせる!」
——アマヒリーナの記憶の中のシスタンは、決して弱く儚い存在ではなかった。自分とは違った、魔法使いとしての高い理想。握られた手の温かさと、心を溶かす笑顔。それらの残光は、負の感情の泉となり得る時もあった。しかし、それすらもシスタンの友として、常に隣に並ぶ意志へと変換されていた。
時が経つにつれ、シスタンの対応が子供の頃とは変わっていったが、会えない鬱憤が解消されるだけで満足だった。しかし、何度目かの再会を果たした今回は、彼女ですら理解が困難なほどに変わり果てていたのだ。
「シスタン......シスタンは、なんでそこまで必死になれるの?あの願いを叶える為なの?...アタシには理解ないんだよ......」
絢爛さが空虚に目立つ空間に、消え入るような声がポツンと溢れる。目と鼻の先の彼女を捉える瞳からは、ポロポロと感情の塊が生まれては落ちていく。頭の中ではそれら全てが乱雑に入り乱れ、項垂れる二人の少女は、まるで部屋を飾る置物のようになっていた。
もちろんそれは、傍観者となって見ることしかできないルナも同様だった。特殊な出自を持つ彼女は、人が持つ感情を深く理解出来ず、涙の訳も不屈の理由も分かっていなかった。唯一として分かっていた事は、あの子と共に旅をしている強き者だ、という事だけだった。
「............ヒナ、あたしには、魔法を憶えなきゃいけない理由があるんだ」
止まった時が動き出すかのように、金色の髪は揺れる。生気が見られず虚に支配されていた瞳は、炎が宿っているかのように赤熱していた。そして、シスタンは項垂れるアマヒリーナを見つめ、言葉を続ける。
「あたしは、師匠であるブルハ先生に強さを証明したい。強い魔法使いだって、先生の心配に及ばない魔法使いだって。結果的に、それはザーレに近づく一歩にもなるし、ヒナの頼みを叶える一助にもなる。これはチャンスなんだ、だから止まるつもりなんてないんだ」
ゆっくりとだが、俯くもう一人の少女は顔を上げていく。垂れ下がった前髪に視界を塞がれながらも、恐る恐る彼女の瞳を見つめる。燃え上がるような瞳を見つめ、堪えきれず奥歯を噛み締める。喉奥から溢れそうになる言葉を気持ちで堰き止め、精一杯の理性ある言葉に変換する。
「——そっか............シスタンの頑張れる理由がなんとなく分かった気がするんだよ。......でも、休憩はして欲しいから、アタシ、お菓子でも貰ってくるんだよ」
「だったら、あたしも」
立ち上がり、くるっと背を向けるアマヒリーナの手を掴む。だが、その掴んだ手から何かを感じたシスタンは、無言のままそっと手を離す。ゆっくりと地面に手をつける少女の前で、薄紅色の髪を揺らす少女はドアノブに手をかける。カチッという音が静かな空間に響き、ドンっという低い音が、シスタンの胸の奥に強く響いていく。
再び閉ざされた空間で、手の感覚を確かめるかのように、シスタンは手を見つめる。その手は、ブルブルと震えていた。だが決して、極度の緊張などによるものではなく、アマヒリーナの手の震えが伝播していたのだ。
「ヒナ......」
擦り切れるように声を吐き出し、閉まったままの扉を見つめシスタン。そんな一方で、完全に傍観者となっていたルナは、二人の話を聞いている中で、あるところに関心を抱いていた。
「シスタン君、さっきザーレに近づく一歩、って言っていたけど、ザーレって言うのは古い魔法使いの事?」
二人のやりとりの余韻が残る中、ルナはコツコツと近づきながら問いかける。言葉軽く問いかけるルナに引っ張られ、ほんの、ほんの少しだけシスタンは明るさを取り戻す。
「そうです。ザーレというのは、あたしの古いご先祖様で、とても勇敢な魔法使いだったそうなんです。そんなザーレは、あたしの憧れの存在なんです」
しとしとと語るシスタンは、静かながらも口元に細やかな笑みが浮かべていた。そんなシスタンの答えを聞きいたルナは、顎に手を当て何やら考え込んでいた。
「奇跡なのか、それとも必然なのか......シスタン君、僕から提案があるんだが、拘束魔法を憶えるのはやめにしないか?」
何かをぶつぶつと呟いていたかと思うと、ルナの口から出た言葉にシスタンは大きく目を開く。その顔からは笑みが消えており、一瞬の困惑は猜疑へと変わっていく。
「......つまり、どういう事ですか?」
冷たく、鋭く、抑揚のない喋り方で、シスタンはソファーから立ち上がり、問い返す。だが、すぐ帰ってきた返答に、シスタンはまた呆気に取られる事になる。
「君がザーレの血を受け継いでいるんだったら、継承されてる力、もとい魔力を持ってして、擬似的に拘束魔法を展開する事は可能だと思うんだ。まぁもちろん、絶対出来るとは約束できないし、それなりの苦難の道を歩む事になる」
ルナの言葉に、ぽかーん、と開いた口が塞がらなかった。理解もできなかった。
シスタンの知識は特別乏しい訳では無く、魔法学院を飛び出したとは言え、継承された火魔法に関してはそれなりに豊富だった。だがしかし、ルナの言い出した事はそれ以上で、知識外の事だった。
「火魔法は攻撃魔法ですよ?補助魔法とは別...それに、どんな魔導書にもそんな記載はなかったはずです」
シスタンの言っている事は、もっとな事なのだ。現代の魔法は、二種類の魔法カテゴリーに分けられており、両カテゴリーを使える魔法使いは過去、現在を通して存在しない。二つのカテゴリーの内、どちらかしか使えないのが、魔法使いとしての理なのだ。
だがしかし、強すぎる力というのは、理を超え、常識を覆してしまう事もある。それは、ある魔法使いが使用する夢魔法にも同じ事が言える。
「君の知る限りに前例が無かったとしても、僕には君に出来る可能性があると約束する。決めて欲しい、僕と君自身に賭けるか、以前と同じように魔法の修練を続けるのか」
シスタンは、考える間もなく左手をスッと差し出す。眼下に差し出された手に、ルナは顔に笑みを浮かべ、シスタンの顔を見つめながらグッと手を握る。
「ブルハ先生に、己を証明するだけの力得られるのなら、どんな苦境にでも飛び込んで見せます。......ですが、まずはヒナと話をさせて下さい。あの子とこのままだなんて、それは耐えられませんから」
堂々と宣言して見せたシスタンだったが、心のわだかまりは依然として影を落としたままだった。赤く赤熱していた瞳は、迫力を失いシルバーの輝きに戻り、右手は僅かにだが震えていた。
二人が誓いを交わした後、部屋の扉が開き、アマヒリーナが戻ってくる。アマヒリーナの瞳は先ほどのシスタンのように、赤く染まっていた。その瞳を見て、シスタンは何を思うのか、二人は再び理解し合える事が出来るのか、ブルハに強さを証明する事はできるのか。シスタンの抱える問題は数多く、それらが解決するか否かは、一カ月の時が経った頃に分かるだろう——
ほぼ同時刻、ある魔術学院では——
「はあ?!ふざけている訳じゃ無いんですよね?」
少し前、私達がジニアの講義を受けている時、カーンカーンという鐘の音がなり、講義は中断された。その後、ジニアの提案のもと、魔術学院の食堂で昼食を食べていた。その最中、少しだけ内紛の事をまた聞いていたのだが、そのあまりにもな内容に声が出てしまった。
「ホントなんだって、武力的じゃ無くて平和的なんだよ?それで済むに越した事はないじゃん?」
食べかけの食事を前にしながら、語られた衝撃の事実に対し、軽い言い合いに発展する。何が衝撃的な事実なのか、それは——
「内紛の内容がクイズ大会や弁論会??平和すぎるのは構いませんが、そんなんだから500年も進展が見られないんじゃないんですか?」
衝撃的な事実だ。シスタンからも平和的な争いだとは聞いてはいたが、もはや児戯と形容するのが正しいとすら思えてきた。というか、あんな歴史的背景があったのに、どうしてこうなっているんだ。
ジニアは私をグッと見つめながら、目の前の食事を口に放り込み、頬を膨らませモグモグさせている。少しだけ顔を上げると、喉を少し震わせる。その後、ジニアは口を開く。
「失礼なんだよ!?武力での解決は何も生まない。だったら、内紛が無くならないとしても、回帰の魔法の名が残る今の方がいいんだよ」
......あくまで第二王子、と言ったところなのか。いや、私が何か言える事では無いのだが、いち国民という視点からはそう見えてしまう。
「だったら、あなたの妹君は何故シスタンを巻き込んだんですか?それに、仮にも内紛であるならば、国を二分してしまう要因になり得ませんか?あなたの国に生きる人々の事も、ちゃんと考えてあげて下さいよ」
何度も言うが、私に言えた事では無い。だが、国を巻き込む対立は、国民にも何らかしらの影響を与えてしまうものだ。
と思っているのだが、ジニアの反応は何だか変な感じがする。何と言うか、とても言いづらそうな何かがあるような......。私がそう思っていると、ジニアはゆっくりと口を開く。
「アマヒリーナの件は、本当に申し訳ないと思ってる。けど、内紛の影響に関しては...まあ、君がシスタン君と見える時に分かると思うよ」
ジニアはそう言い残すと、空になった食器を持ってどこかへと行ってしまう。私は、残ったパン切れを咥えながら、ジニアの言葉の意味を考える。
「笑止、例えこの国が抱えている内紛の訳がどうあろうとも、汝の為すべき事は彼の少女との力比べに勝ることであろう?」
モグモグとパンを口に含んでいると、隣に座っているエステラが喋りかけてくる。それもそうだ、エステラの言っていることは正しい。私がこの国の内情を考えたところで、力になれる事はないし、それは分不相応な心配というものだろう。
「...ん...そうですね、過去がどうあれ今回はシスタンから『戦い』を要求されていますしね。戦いの形式がどうあれ、今私がすべき事は回帰の魔法の出力をあげる事ですね」
パンを飲み込み、私は来る日に向けて決意を固める。これで、クイズや弁論での戦いなら笑えない冗談だが、それだけは無いと信じたい。
そう私が決意を固める横で、エステラは訝しげに眉を顰めこちらを見ていた。まるでその目は、私に敵意を剥き出しにしているような感じがする。私がそう思っていると、エステラの横に座るティエラが語りかけてくる。
「エステラ様はね、それじゃ足りないって思ってるんだと思うよ。なんたって、吾輩に魔法を教えたエステラ様に、魔法を教えたのがルナ姉ちゃんなの。だから多分、現状で満足してるブルハに怒ってるの」
えぇ......全くもって初耳だし、怒られても困るのだが。......けど、うーん、シスタンにルナがついて行ったのはつまりそういう事だし、想像以上の成長を遂げる可能性も大いにある。それに、エステラの見立て上では、現状私が負ける可能性の方が高いという事なのか?......であれば、火の海に飛び込むしか無いのか?
「エステラ、あなたは私を、シスタンに勝たせてくれるんですか?」
私は考え、決意に決意を重ねた後、再びエステラ視線を戻し、言葉を投げかけた。
「阿呆、大馬鹿者!汝は吾に勝たせてもらうのでは無く、己が信念で勝ちを掴みにいくのでは無いのか?馬鹿者め」
今日一番の大声が、食堂内に響き渡る。周りで食事をとっていた生徒達も、ギョッとしてこちらを見ている。そんな中、横に座っていたティエラは目を輝かせてエステラを見ていた。
「だが許す、吾も彼奴に一泡吹かせたい。その実現には汝を頼る事でしか叶わん。故に吾は、汝の望みの全てに応えよう。無論、それは魔法に関することのみであるが」
強く、そして傲慢な含み笑いをしながら、堂々と宣言してみせる。エステラとルナの関係性については、私には分からない。けれどもその瞳には、あの日シスタンが私に向けていたのと同じものに感じた。
何かを背負って立つ、なんてのは似合わないし、嫌い寄りな事だ。でも、一度だけ、少なくともこの想いなら背負ってもいい。そう心で思った時、私は既に席を立ち、エステラの前に手を差し出していた。
「何も背負いたくはありませんが、あなた、そしてシスタンの本気の想いに応えるため、極限を目指す事を決めました。そしてあえて言います。私は、シスタンに勝ちたい。ですので、どうかお力添えを」
そんな小っ恥ずかしいセリフに、エステラは感動してくれたのか、ガバッと両手で握り返してくれる。そんなエステラがいつも見せている強い瞳に、私は少しだけ億劫さと羨ましさを覚える。それは、強い自信を持ち、何かを目指し駆け続けている証左だと思っている。
今の私だったら、そんな強い瞳を持ち合わせていると思う。けど、私の記憶では何かを本気で追い求めるという事は、一度もなかった。だから、シスタンとの戦いにおける全てで、本気のカケラを掴みたい。密かにそんな思いを抱きながら、瞬きの後エステラの瞳を再度見つめた。
——そして、一ヶ月の時が経ったある日、数多の想いが交差する舞台は、その幕を上げる事になる。




