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ある魔法使いの物語  作者: 座れない切り株
〜星見のレトロセデール〜
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24頁 魔法使いは内紛の歴史を知る

 新しい魔法を覚えた私は、王女様の命令で魔術学院に向かった。魔術学院では歓迎されなく、何故か自らの力不足を実感させられ、学長が王族の関係者だと知った。そんなてんやわんやな一日を過ごしたのだった。




 「お、待っていたよブルハ君。そしてエステラさんとティエラ君もよく来てくれた」


 私達は今日、また魔術学院に来ている。その理由、きっかけは、二日前にあった宿の主人との会話だった。



 『あの、ブルハ様でいらっしゃいますよね...』


 魔法の修練が終わり、宿へと帰った時、宿の主人は緊張した面持ちで私を呼びかけた。


 『はい、私はブルハですけど、どうかされました?』


 宿の主人はカウンターの下から何かを取り出す。その手には小さな手紙が握られていた。私は、宿の主人の震える手から手紙を受け取る。


 『ひ、昼頃にジニア様が突然いらっしゃりまして、これをブルハという方に渡して欲しいと...』


 そういえば、一週間ほど魔術学院には顔を出していなかった。もしかすると、戦いの日にちが決まったのだろうか。


 『あ、あのう、ブルハ様は王族の御関係者だったんですか...?』


 昼頃に託された手紙を私に渡すだけなのに、何故そんなに緊張しているのか不明だった。が、私が王族に連なるものだと思われているのだとしたら、まぁ納得ではある。それにこの様子だと、十日ほど前のアレも見られていたのだろう。


 『私は王族とは一切関係ない、ただの魔法使いですよ。旅の最中、運良くジニア様への拝謁を賜る事が出来ただけですよ』


 私は渡された手紙を宿の主人にチラチラと見せながらそう言う。半分本当、半分嘘な話で、宿の主人の私に対する警戒心が解けたかと思ったが、まだ少し小難しそうな顔をしていた。


 『そ、そうですよね!ただの魔法使いですよね...失礼しました。で、では、どうぞごゆっくりお休みなさってください』


 納得はしていないだろうが、何か折り合いがついたのか、宿の主人は話を終わらせる。私はそのまま軽く宿の主人に挨拶を交わし、自らの部屋に向かい手紙を開いた。


 手紙の内容を確認した私は、その翌日エステラ達を探しに街の中を闊歩していた。こうして歩いていると、何故か毎回、どこからか私を見つけ突然声を掛けてくる。


 「む、みつけたぞブルハ。して、今日は何をしようか」


 と、人々が行き交い、喧騒に埋まる街の中、今日も背後から私を呼ぶ声が聞こえてくる。外に出れば必ず会い、部屋に篭っていても必ず会いに来る。レトロセデールに居るうちは、この習慣が続くかもしれないと思うと、やや頭が痛くなる。


 「おはようございます、エステラ。今日はあなたに伝えたい事があり、探していました」


 背後を振り返りながらそう言うと、エステラはすごい勢いでこちらに接近してくる。鼻先が触れるギリギリに近づくエステラからは、以前とは違った仄かな香りが漂っていた。


 「伝えたい事だと!?ああ、いいぞ、吾は汝の全てを受け入れよう」


 いつに無く駆け足で話を解釈し、顔を近づけるエステラの肩をグッと手で押し、離れさせる。たまに見せるエステラのこう言うところは、少しだけ怖い。


 「落ち着いてください。伝えたい事というのは、ジニアから明日、魔術学院に来て欲しい、というお誘いをいただいたのです」


 ——と、エステラ達とはそんなやり取りがあり、今私達は魔術学院に来ているという訳だ。


 「——それで、本当に回帰の魔法について教えてくれるんですよね」


 「もちろん僕が知っている事は教えるけど、本題はシスタン君との戦いについてだよ?」


 回帰の魔法はどうやって生まれたのか、それを知るため私は魔術学院へ足を運んだのだ。手紙には、シスタンとの戦いに際して話したい事が、とも書いてはいたが——


 「それは承知していますが、あまりにも漠然とし過ぎていませんか?」


 私自身もシスタンに戦って欲しい、と言われそれに応えただけだった。それ故、何をどうして勝敗を決めるのかすら、知らされていない。


 「今から詳しく説明させてもらうよ。とりあえず場所を変えよう、立ったままは疲れるからね」


 ジニアは部屋の中に掛けられていた黒い外套を手に取ると、腕に抱え扉を開く。私達はジニアの後を追い廊下を渡り、案内された部屋へと入る。


 「自由に座ってもらって構わないが、出来るだけ前の方に座ってくれるとありがたい」


 部屋は見渡せるほど広くはないが、階段状に席が設置されており、そこはれっきとした学院の教室だった。教卓に立つジニアを正面に据える中段の位置に私は座り、エステラとティエラは隣並びで前の方に座っている。


 「では、簡単な講義を始める。僕が質問していい、と言うまで話は遮らないように」


 ジニアは、腕に抱えていた外套に袖を通し、襟を正す。手には、いつの間にか眼鏡を持っており、両手で丁寧にかける。パチン、という指を鳴らす音が部屋に響いたかと思うと、四隅に光が灯っていく。


 少し遠い所為で見間違えてるかもしれないが、ジニアは眼鏡をかけた途端、人が変わったかのように目つきが悪くなった...ような気がする。


 「まず初めに、レトロセデールで起きている内紛は、およそ500年前に始まったとされる。内紛の原因は、物体の刻を巻き戻す魔法が発見された事に起因する」


 ジニアが言う発見という表現、500年前とその年代に一致する赤い一輪の花の存在。それらは、回帰の魔法が教科書に書かれていなかった事に何かしらの関係があったりするのだろうか。


 「では何故、その魔法が原因になり得るのか。大前提として、刻を巻き戻すとは、魔法という技術を持ってしても理を超えた力だ。そして、それを原因たらしめる要因が、王族に伝わるとある魔法になる訳だ」


 つまり、回帰の魔法自体が内紛の原因ではない?いや、原因ではあるのだろうが、回帰の魔法が内紛という火事を起こした全てでは無く、まだ薪の状態だったという事なのか?


 「レトロセデールの王族にのみ伝わる魔法。古より伝わる魔法の系統は、拘束魔法。その魔法は、物体、魔物、もしくは人から時間という概念を一時的に奪い取り、対象を拘束する力を持っていた。まぁ、今の時代ではそのような効果を齎す事は叶わないが、我らが王族に伝わるとある書にはそう記されていた」


 王族に伝わる拘束魔法、火事を起こしたであろう原因の火種。今の世ではその力が失われているというのに、過去の栄光に縋る、いや、王族の誇りとしての語り草になっていると。なんとなくだが、内紛の原因に見当がついた。


 「ではここで質問だ。何故二つの魔法を軸に対立構造は生まれたのか。答えよ、ブルハ」


 ジニアはおもむろに眼鏡を外すと、教卓の上に畳んで置く。名指しするジニアは、中段に座る私を見上げるように睨み、嬉々として私は視線を返す。


 「ええ、お望み通り答えましょう。まず、二つの魔法には共通点があります。時間という概念に干渉しうる一線を超えた魔法である事」


 ジニアは私を試すような視線を向ける。ここまでは事実に基づいた情報の整理。その情報を踏まえ、王族という立場を考慮し、導きだされる事は——


 「そして、突如として現れた時間に干渉する魔法に、王族は恐れをなした。同じ系統の魔法である為、回帰の魔法が人々の支持を得てしまうのではないかと。結果として、王族の誇りが失われてしまうのではないかと」


 王族の誇りの重さは、私には分からない。けれど、過去から受け継いだ唯一にして至高の魔法の存在が、突如として脅かされそうになったのなら、相応の手段を取らざるを得ないかもしれない。


 「つまり最終論は、王族の恐れがこの内紛を招いたと?それがブルハの答えか?」


 「ええ、それが私の最終論です」


 私がそう答えると、ジニアは手を叩く。閑散とした教室に、残響のように拍手の音が木霊する。その拍手は私を称えているのか、それとも貶しているのか。それは、次にジニアの口が開かれるまで答えは不明なままだった。


 「点数としては90点をやろう。だが、内紛の理解度は6割程度だ」


 ジニアは口元に笑みを浮かべる。それはきっと、私の答え自体は好感触だという事を示しているのだろうが、6割というのは納得できない。


 「じゃあ残りの4割、そしてブルハ君が知りたがっていた回帰の魔法について詳しく説明するよ」


 ジニアは黒い外套を脱ぐと、柔らかい雰囲気に戻る。というか、私がどれだけ完璧な解釈をしたとしても、さきほどの情報だけだと10割の理解は不可能だった、という事?...イヤな講義の仕方だ。


 「あくまで、現存する史料によるものだけど、内紛が起きた500年前、この魔術学院の地下施設で、ある資料が見つかったらしい。内紛から500年、今から1000年前のその資料には”レグレシオン”という刻を逆行させる魔法が記されていた」


 レグレシオン、当然だが聞いたこともない魔法の名だ。それに、史料による資料というのは、1000年前の資料は現存していないという事だろうか。


 「その資料には、事細かに魔法の詳細が記され、無の500年が過ぎた当時でも、再現は容易に可能だった。けど、なんでそれが地下施設に眠っていたのか、どんな古文書にも記されていないのか。理不尽と不思議さを覚えた当時の魔術学院の魔法使い達は、手当たり次第に書を漁った」


 魔法の資料が残っていたという事は、禁忌の魔法や、忘れ去られるべき魔法ではないという仮説を立てられる。


 「その後のことは分かるかい?ブルハ君」


 先ほどの命令形ではなく、今度は優しく、語りかけるように問いを投げかけてくる。その優しい声音の中に私は疑問を抱いていた。それは『何故』ではなく『どうなったのか』という問いだから。


 「——“レグレシオン”が忘れ去られる事無いよう、赤い一輪の花に魔法を施した。そしてそれが人々、および王族の目についた事により、内紛が始まってしまった......でしょうか」


 ジニアは、笑みを浮かべ頷く。私の回答は、彼のお眼鏡にかなうものなのだろうが、一番知りたい『何故』がまだ解決できていない。


 「でもジニア、何故”レグレシオン”は歴史に名を残していないのですか?魔法使いの好奇心の行く末は、魔法自体に向くものと承知していますが、残らなかった理由には興味がないのですか?!」


 心の真ん中にあったわだかまりは、発言と共に消える。わだかまりの消えた穴に風がヒューっと、通り抜け、体を冷やす。ぽっかりと空いた盲目の瞳には、ただ悲しそうに項垂れるジニアの姿が映る。


 「——すいません、ジニア。つい勢いづいてしまって......」


 ジニアだって、歴史に残らなかった理由について興味が無いわけがなかった。それは、回帰の魔法に目を奪われたジニアが、辿りつかない訳がない場所だから。


 「すまないブルハ君、これに関しては僕も——」


 「そんなの、簡単な事じゃないのか?」

 

 冷たい空気の巡る部屋に、太陽のように能天気な声が響く。エステラのそばに座っていたティエラは、私とジニアを見渡せるように部屋の隅に軽快な足取りで移動する。


 「魔法の存在だったり、理論が間違ってて、恥ずかしくて魔法を誰にも見せれなかったとか。そうじゃないなら、魔法を人に見せて失敗したとか。みんなが必要ない魔法だって決めたんじゃないのか?」


 あり得ない、そんな事はあり得ないはずだ。もし、人が落胆し記録にすら残らない魔法なら、資料を基に魔法が再現出来るはずも無い。


 「あり得るね、その可能性も。けど、だとしたら1000年前と500年前とでは何が違うのか。魔法自体の問題ではなく、当時の環境が何らかの影響を——」


 カーンカーン、という鐘の音が部屋に割り込んでくる。直接部屋に響くわけではなく、廊下を伝う音が壁越しに聞こえてくる。すると、ジニアが大きく手を開き、耳にビリビリと音が響く。


 「よし、ティエラ君の新しい解釈により、また新しい視点を開けた!でも、この鐘の音が聞こえたなら昼食の時間だ。とりあえず、休憩にしよう」


 ジニアは手招きをして、私達を扉の方に誘導する。先に移動するティエラやエステラに続いて、私も席を立つ。


 結局のところ、回帰の魔法については分からない事の方が多い。ジニアの言う環境の変化が、果たして本当に魔法の存続や認知に影響するのか。だが、分からないことだらけのその中に光明が見えるとすれば、私に回帰の魔法を教えてくれたエステラの存在だろう。

 

 

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