17頁 魔法使いと天才魔法使い 1
なんやかんやでエルナとルメは、どちらが魔法使いとして強いのかを決める勝負をし始める。結末が決まった後、4人は昼食を食べるため街に戻ったのだった。
今日、私とシスタンは魔法連盟に向かっている。何故なのか、それは一週間前の魔物討伐に関連する。その後の2人の魔法使いの戦闘は省き、魔物討伐の報告とその報酬を受け取りに、魔法連盟に立ち寄った時。
「討伐の報酬です、ご確認下さい…………あのブルハさん、少しお時間ありますでしょうか?」
「今からは厳しいのですが、どういったご用件でしょうか?」
受付の方は少しだけ周りを気にするそぶりを見せた後、カウンターから少し身を乗り出し顔を近づけてくる。
「マスターがブルハさんと、シスタン、さんにお話ししたい事があるそうで……」
まぁ、シスタンの正体がこの人達にはバレているので、何を聞かれるのか分かっている。それに魔法連盟は、国家の中枢と言っても過言ではないし、王族とも繋がりがある。知りたい事や知るべき事も当然あるのだろう。
「分かりました。では一週間後に伺わせて頂いてもよろしいですか?」
「了解しました。マスターにも責任を持って伝えておきます!」
まぁそんなこんなが、私達が魔法連盟に向かっている理由だ。
魔法連盟に着き、建物の中に入るとなかなかに騒がしい。魔物が発生したというわけではないのだが、酒場のような溜まり場になっているのか、魔法使い達が談笑し合っている。が、聞こえてくる話の内容に、レンティスの名が出ており、周りの視線もこちらに向いているような気もする。
「ブルハさん、こっちです」
私達が受付に声をかける前に、受付の方から声をかけられ、魔法連盟の中に案内される。受付のカウンターから、中に繋がる専用魔道具で開錠する扉を抜け、いくつかの扉を通り過ぎ、両扉の前に案内される。
「では、ここで失礼させていただきます」
「案内していただき、ありがとうございました」
私は戸を叩き、扉を引いて中に入る。中は若干粗野な魔法連盟のロビーとは違い、高級感がある家具や、シックな壁や床造りがなされている。そしてその奥には、眼鏡をかけた白髪のイカしたおじ様が、資料の山に向き合っている。
「失礼します。お話を伺いに参りました、ブルハと申します」
客人用に見える大きな机を挟んで、魔法連盟のマスターに声をかける。向かいのおじ様は、山積みになっている資料を微塵も動かす事なく立ち上がる。
「ご足労感謝する。ブルハ様、そしてシスタン様」
シスタンはともかく、私まで様呼びされる所以はないはずだ。まぁシスタンと共にいるせいで私も、そういうふうに見られてあるだけなのかもしれないが。
「お話し、と伝えていたが、こちらは話を聞きたいだけでね、よろしいかな?」
「私に答えられる内容であれば構いませんよ」
おじ様は客人用の机のそばにある椅子に座ると、私たちにも座ることを促してくる。座っているおじ様は、私をじっくりみると、何故か軽くため息を吐く。誰のどこをみてため息を吐いているのやら。
「――では、二つの質問と一つの警告をさせて欲しい」
質問に関しては理解できるが、一つの警告……まぁ思い当たる節はあるが、呼び出してまで言わられることなのだろうか。
「ではまず一つ目の質問だ。君は隣国の王女様を連れて、ティトゥーラに何をしに来たんだ?」
事が事なので当然なのだが、言葉の圧力というか気持ち、語感が強いというか。まぁでも、流石に王族を攫っている逆賊者だと思われていないだけマシなのかもしれない。
「何故シスタンと共にいるのかは、本人から説明してもらうとして、ティトゥーラにはライアという名の魔法使いに会いに来たんです」
まぁ一応ティトゥーラに来た理由としては、近いという理由があるのだが、それは些事たる事だ。
「――ライア……そうか、君もその目的なのか」
やけに引っかかるような言い方と声だが、ライアという名の魔法使いは、私でも知っているくらいの名が知れている天才魔法使いだ。他の魔法使いも頻繁にライアに会うためにティトゥーラに来ており、その多さに辟易していたりするのだろうか。
「ライアについて、なにか面倒事でもあったのですか?」
「――いや、気にしないでくれ」
まるで話せない何かしらの事情があるかのように、すぐさま会話を打ち切られてしまう。そして視線は私からシスタンに移り……
「では、シスタン様。貴方様は何故この者と共に?」
シスタンは何かを確認するかのように私に目線を送ってくる。恐らくはどこまで喋るべきなのか、のサインだと思うが、少なくともシスタンがこのおじ様に隠すべき事柄は無い。
私は小さく頷き、シスタンのサインに応える。
「あたしは、あたし自身の成長の為に、ブルハ先生をお師匠として慕い、共に旅をさせてもらっているのです」
「――そうですか。わたくしには分かりかねますが、シスタン様がそう仰るのでしたら、そうなのでしょう」
うん、さすが王族様。私の時と比べておじ様の反応が、段違いで良い。
そんなくだらない事を思っていたら、また厳しい目つきに戻り、私に視線が戻る。
「では二つ目の質問だ。君は一体何者なんだ?」
何者なのか、それは実に解答の難しい質問である。私は何者なのか、私は私、としか言いようがないのだが、まぁ聞いているのはそんな哲学的な答えではないだろうが。
「私は、ブルハ・レクエルド。17才の普通の魔法使いです……このような答えでよろしいでしょうか?」
まぁどうせ、こんな自己紹介のような答えは求めていないだろう。が、何者なのか、という問いには答えてはいる。
「戯言を言うな。こちらが聞きたいことは分かっているだろう」
先ほどより目つきと声に圧が増し、質問というよりかは尋問のようになっていく。
「戯言ではないのですが、ここまでの簡単ないきさつを説明しますと――」
「なるほど、あの方ならそうするかも知れないが、プリンシオの国王様の名が刻まれているのは何故なんだ?」
あの方、とは恐らく学長の事だろう。まずおじ様が学長も知り合いだった事にも多少の驚きがあるのだが、国王の名が刻まれたいるのは何故、とはどう言う事なのだろうか。てっきり一般的なものなのだと思っていたのだが……
「申し訳ありませんが、私の疑問にも答えて頂いてもよろしいでしょうか?」
おじ様は頷くと、まず一つ目の疑問について述べる。
「あの方とは、クレセールの学長で合っていますでしょうか?もしよければ、どんなご関係だったのか教えて下さいませんか?」
学長であるかを確認するだけではなく、何故関係性を尋ねるのかは、単純にあのヤバい学長がどんな人物だったのかを訊きたいだけだ。
「君の想像通り学長の事だ。関係性については大した事は無いんだが、少しだけ魔法を教わった事がある」
やはり人に教える事に関しては、計り知れない才能の持ち主らしい。じゃあどうしてそれが、私に対してはああだったのか、もしくはあれすら普通なのか……いや、最悪それはどうでもいい問題ではある。
「もう一つだけお答えして頂きたいのですが、」
「構わない」
わたしが次にする質問は、先ほどと比べてかなり真剣であり、わたしの中にある、一つのわだかまりを解くものになるはずだ。
「魔証に国王の名が刻まれているというのは、おかしな事なのですか?」
するとおじ様は私の前で軽く吹き出し、笑い出してしまう。そして隣ではシスタンも同じようにクスクスと笑っている。部屋の窓から溢れる光が2人を照らし、部屋の暗い落ち着いた雰囲気だけが、私に同調してくれている気がする。
「あぁ、いや申し訳ない……ふぅ、結論から言うなら、国王の名が刻まれているのは、おかしな事ではある」
なるほど?他の人達の視点からは、私にも王族と何かしらの関係がある魔法使いだと思われていた、と言う事か?
「ブルハ先生はお知りかと思っていたんですけれど、先生の様なパターンでも、絶対と言ってもいい程にお父様の名は刻まれるものではないんですよ」
えっと……つまり、私が王族に関係あるとかないとかではなく、ただ単純に私のバックにプリンシオの国王がついている、という事自体が人々に驚かれている所以だったという事か。
「あー、とりあえず最後の話にいってもいいか?」
話を聞いた後、椅子に座り回想するように少しボーっとしていると、おじ様に本題に呼び戻される。
「あ、はい続けて下さい」
私が応えるとおじ様は、座っている椅子から立ち上がると、元いた資料の山の机の方に戻り、そこの椅子に座る。
「ブルハ君も、シスタン様もこちらに来てもらえますか?」
私達は資料の山を挟んで立ち、おじ様に向かい合う。客人用の浅い椅子ではなく、深くて高そうな椅子に腰掛けるおじ様の雰囲気は、最初の質問の時のような圧を私だけではなく、シスタンにも向ける。
「国中ではシスタン様の存在はもう噂になっている。当人もそうだが、ブルハ君はシスタン様を護りきれるのか?事が起こってからでは遅いんだぞ」
シスタンの存在は、突然降りかかった災難のようなものだが、受け入れてしまった以上覚悟はできている。それに……
「安心して下さい。私がそばにいる以上、必ず守ってみせます。それに、国王様とも約束していますし……あ」
――最後の一言は絶対に要らなかった。要らないことを言ったせいで、おじ様は今日1番の不可解そうな顔をしている。
「君は、本当に何者なんだ……」
おじ様はもう私を理解することを諦め、苦悶の表情で椅子にもたれかかっている。そして隣にいる事の当人は、何を思っているのか緩い表情で私たちの話を聞いている。
窓から溢れていた光はだんだんと薄くなっていき、部屋の中は落ち着いた雰囲気になっていく。すっかり圧の無くなったおじ様は、椅子に体重を預けるように溶けてしまう。その間も私達は立ちっぱなしだ。
「あぁそうだ、これはただの興味なのだが、君達はこれからどこへ向かうんだ?」
ティトゥーラへは、ライアに会いにいく事自体が目的ではあるのだが、ライアを天才魔法使いと言わしめる、とあるモノを試してみたい、と思っていたが、おじ様のオススメに従ってみるのも悪くない。
「そうですね……決めかねているのですが、何か行っておいた方がいい場所などはありますでしょうか」
おじ様は、少し含みのある表情をすると、何か言いたげに私を見る。が、何も無かったかのように私から目線を逸らすと、座っていた椅子から立ち上がる。
「では、ライアが開発し、今やティトゥーラを代表する魔法を試しに行くのはどうだろう」
私達は魔法連盟から離れ、ティトゥーラの魔法学院まで来ている。ティトゥーラの学院もかなり大きいのだが、プリンシオには及んでいない。
ではなぜ魔法学院に来たのか、厳密には魔法学院に来たわけではなく、併設されるように建てられているある建物に用があり来ている。
目の前の建物は、小さいながらも荘厳な造りがしてあり、おそらく一般客である人達で列が出来ており、建物内部に繋がる扉には、警備員が立って守っている。
数十分並び、ようやく私達は中に入ることが出来た。
「ようこそお越しくださいました。では、あちらに移動しましょう」
建物の中には同じ服を着た人が数人おり、客一グループにつき1人が対応している。私達も同じく対応され、案内される。案内と言っても、他の客がいない空きスペースに案内されただけで、建物の中は、外の装飾に比べると簡素な仕上がりになっていた。それに、ここには椅子や机は無いが、奥の方には壁に阻まれた空間があり、そこには見たこともない物体があった。
「ではどうされますか?説明か、体験か、どちらを優先されますか?」
私は魔法についての説明や、建物内部や奥にあるものについて先に聞きたいのだが、シスタンはそんな話よりも、まずは魔法を使ってみたそうにしている。
「先に魔法の体験からさせてもらってもよろしいでしょうか」
「分かりました。ではお二人方は片手でいいので、手を合わせてもらえますか?」
私とシスタンは言われた通りに手を合わせ、その後の指示のまま、互いの魔力を意識し合っていく。
シスタンの手から伝わってくる僅かな鼓動を頼りに、もっと深い場所へと、さらに意識を向ける。拍動こそしてないものの、深い場所にある力の溜まり場のような感覚を感じる。
「相手の魔力を感じられたら、ゆっくりと息を吐いて、手を握ってください」
集中するために閉じたていた眼をまだ開けぬまま、言われた通りにゆっくりと息を吐き、先に握られていた手を握り返す。
「はい。もう離していただいて結構ですよ」
言われた通りに手を離したい私に対し、緩んだ笑顔で離さないシスタン。ようやく開けた目に映るのは、苦笑いしている前方の人の姿。
「あーえっと……そのままで結構なので、心の中で相手に話しかけるようなイメージで喋ってみてください」
言われている意味があまり理解出来ないが、とりあえずは言われた通りにしてみる。
『あーあー、聞こえていますか?シスタン。聞こえていたら返事をするか、手を離してください』
『!?聞こえますよ!ブルハ先生!それと、手は離したくないです!』
なるほど、これがおじ様の言っていた遠隔魔法か。こんな魔法を開発してしまうのもそうだが、いとも簡単に魔法が使えてしまう、というのもおかしな話だ。そしてシスタンは手を離してくれない。
「喋っていなくても会話ができる、というのがこの魔法なんですよね?……もし差し支えなければ、原理などを教えてくださいませんか?」
前方の人は、苦笑いしていた顔から真面目な顔に戻り、私の質問に答えてくれる。
「もちろんです。では、奥の壁に阻まれた空間にある物体がありますよね?あれが魔法を展開するコアになっています」
促されるように奥の壁の方に歩き、壁の奥にある物を見る。その空間にある物体は、見やすいやうに灯で照らされている。床には魔法陣が展開されており、台座を挟んでその上に、液体の入った空き口のない丸いガラス瓶のようなものが置かれてあった。そのガラス瓶の表面には、薄っすらと魔法が刻印されてあった。
「あのコアは、まず最初に国を守る結界魔法を展開しているコアを参考にして作り始められた、と言われており、液体の入ったガラス瓶に魔力を注ぐことで、遠隔魔法が展開される仕組みになっています」
流石のシスタンもこの話には興味があるようで、スッと手を離ささせることができた。それにしても、不可解なことが数個ある。
「なんで水晶じゃなく、液体の入ったガラス瓶なんです?それに、床に展開されている魔法はなんなんですか?」
「お答えします。まず、ガラス瓶に入っている液体は、展開されている魔法に充てられる魔力の量を示しています。現在はこのように濃い紫ですが、魔力量が低くなるにつれて透明な液体になっていきます」
いやいや……いや、そんな話は聞いた事がない。結界魔法を展開するためのコアは、これまでの実践で測られた周期に基づき、魔力を補充するために国を代表する魔法使い達が、魔力を充てている。ただし、その周期は僅かなズレが存在してしまう。聞いただけでは簡単そうに聞こえるが、この技術は今でもおそらく一般化、結界魔法のコアに取り入れられていない。
「ではなぜ、その技術が結界魔法のコアに取り入れられていないのですか?」
もちろん私は結界魔法のコアを間近で見た事などない。だがこの技術が取り入れられているのであれば、国は大々的にそれを公表しているはずだ。何故か。
「深い言及は致しませんが、理由としてはライアがその技術を生み出したからです」
??一体どういう事だ……
「……床に展開されている魔法陣ですが、これは単純に魔法の効果範囲を広げるための魔法陣です……他にご質問はありませんか?」
先程の回答を整理するまでもなく、質疑の時間は終わろうとしていたので、急いで抱いていた質問をする。
「で、では、何故このように簡単に知らない魔法を扱うことができたのですか?」
「刻まれている魔法は確かに遠隔魔法ですが、魔法自体の効果を展開しているのではなく、液体と瓶が媒体になる事で、魔法のイメージを伝え、意識と感覚によって魔法を扱うことを可能にしているそうです。ただしこの魔法はティトゥーラ限定の魔法ですが」
まずい、本当に言っている意味が理解出来ない。いや、理解出来たとしても、そんな事を思い付ける事自体が理解出来ない。簡単にまとめたとしても、コアに魔法が刻まれていて、展開された魔法のイメージが私に伝わり、魔法を使う事を可能にしている?何のまとめにもなっていない。
いや、理解出来ないのなら本人に問いただせばいいだけの話だ。
「私はライアに会いに来たのですが、どこに行けば会えますでしょうか!……申し訳ありません」
呼吸を整え、一度落ち着く。改めて説明してくれていた人の顔を見ると、何だか少し気まずそうにしていた。その表情はどこかあの時のおじ様に似ていた。
「……そうですね、では隣の魔法学院に行かれてはどうでしょうか。あなた方なら何か分かるかもしれませんし」
やけに引っかかる言い方、それに恐らくシスタンの事それに私の事にもどうやら気づかれていたらしい。周りの一般客は気づいていないようだが、思ったより情報は回っているらしい。
そんなこんなで私達は、この場を後にし、隣の魔法学院に向かう。
「では行きましょうか、シスタン」
『はい!行きましょう!』
「あの……普通に喋ってくれませんか?」
後半かなりややこしいかもしれませんが、割と分かりやすく書いたつもりではあります。よろしくお願いします




