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 家を出て二日目。


 あの夜家を出た私は宿で一眠りし、朝を迎えると同時に列車に乗り込み王都を後にした。そして目的地に一番近い駅で降り、そこからは馬車で移動をする。

 休憩を挟みながら馬車に揺られること丸一日。窓から見える景色が、目的地に近づいていることを報せていた。


 そうして目的地にたどり着いた私を一人の男性が出迎えてくれた。



「久しぶりだね」


「お兄様……!」



 兄と抱擁を交わす。久しぶりに会う兄は、歳は取ったものの昔と変わらず若々しかった。



「お兄様ごめんなさい。お兄様が正しかったわ。それなのに私……」


「謝るな。悪いのは私と両親だ。無理矢理にでもお前を止めるべきだったんだ」



 家族が反対するのも聞かず結婚したのは私であって、兄も両親も悪くない。それなのに私を気遣ってくれる兄は本当に優しく、その優しさに涙が出そうになった。



「……あんな別れ方だったから、お兄様に嫌われてしまったかと思っていたの」


「嫌うわけないだろう?お前は私の大切な妹だ」


「ありがとう」


「さぁ疲れただろう?部屋はそのままにしてあるから少し休むといい。食事の用意ができたら声をかけるよ」


「わかったわ」



 私は十五年以上ぶりに実家に足を踏み入れた。部屋は当時のままだったが、こまめに手入れをしてくれていたのか埃一つない。ベッドに横になって目を瞑ると、この家で過ごした思い出が蘇ってくる。



「ベル、食事の用意ができたが起きれるか?」


「……うん、ありがとう」



 私はいつの間にか寝てしまったようで、兄に呼ばれて目を覚ました。食事の用意ができたということで食堂に移動する。今日は兄の奥さんと子どもたちは出掛けているそうで、二人きりでの食事だ。きっと気を遣ってくれたのだろう。お陰でたくさん話をすることができた。



「なぁ、ベル。本当に明日出発するのか?」


「ええ、そのつもりよ」


「急ぐ必要がないなら、もう少しゆっくりしていってもいいんだぞ?」


「気持ちはありがたいけどお兄様のご家族に迷惑がかかるし、それにあの人たちがここに来る可能性もゼロではないからなるべく早く出発したいの」


「……そうか」


「心配しないで。これからはちゃんと手紙を送るわ。……それと、たまにはここに顔を出してもいいかしら?」


「いいに決まっているだろう?ここはお前の家なんだからな」


「ありがとう」


「ああ。それじゃあそろそろ行こうか」


「ええ」



 兄には家を出る三ヶ月前に事前に手紙を送っていた。いい別れ方をしなかった手前、手紙を受け取ってもらえるかわからなかったが、その手紙に二つのお願い事を書いていた。

 一つは三ヶ月後に一日だけ家に滞在させてほしいこと、そしてもう一つは父と母の墓前に挨拶をさせてほしいこと。兄はその願いを受け入れてくれ、私はようやく父と母の墓前に立つことができた。



「お父様、お母様……」



 大好きだった両親。結婚して家を出てからは、一度も会うことなく亡くなってしまった。もしも結婚しなければ両親の最期に立ち会えたのではと何度考えたことか。それにこうして今、ここに立てているのも二人のお陰だ。いくら感謝してもし足りない。



(親不孝な娘でごめんなさい。それとありがとう。次来る時は楽しい話をたくさん用意してくるわ)



 翌日、兄の家族と朝食を共にし束の間の楽しい時間を過ごすと、あっという間に別れの時がやって来た。



「本当にありがとう」


「私もベルの元気な姿が見れて安心したよ。この後はどこに向かうつもりなんだ?」


「せっかくだから色んな国を巡ろうと思っているのだけど、まずはセーヌ国に行くつもりよ」


「セーヌ国?ずいぶんと遠いが何か用事でもあるのか?」


「ええ。そこに私が契約している画家のアトリエがあるのよ。だからまずは彼に会いに行こうと思って」


「そうか。気をつけて行くんだぞ」


「わかったわ。……それとお兄様。実はもう一つだけお願いがあるのだけど……」


「なんだ?気にせず言ってみろ」


「……これを」



 私が兄に手渡したのは一通の手紙。



「もしも息子がここを訪ねてきたら渡してほしいの」


「……わかった。必ず渡そう」


「ありがとう」



 息子は成人したとはいえ、私が子どもを置いて家を出たことに変わりない。あの家に戻る気はないが、もしも息子が私に助けを求めるのであれば、母親として手を差し伸べるべきだと思い、手紙を残すことにしたのだ。



 家を出てから三日目。

 私は実家を後にしてセーヌ国へ向けて出発した。そして馬車の中で、ふと思い出す。



「……そろそろアレが届く頃ね」



 まもなくあの人たちの元に、私からの最後の贈り物が届く頃だろう。



「喜んでくれるかしら」



 せいぜい役立たずがいなくなったと喜ぶがいい。だけどそのうち嫌でも気づくはずだ。今までの生活が、誰のお陰で成り立っていたのかを。


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