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最後は夫のシモンだ。
日も完全に昇り街中に活気が溢れ始めた頃、ようやく家に帰ってきた。昨日は家で息子の誕生日パーティーが開かれていて、商会の後継ぎである息子の誕生日を祝うために部下も何人か参加していた。その中には浮気相手も参加しており、パーティーがお開きになる前にまずは浮気相手が、それから少しして自分がパーティーから姿を消し、その後は二人で熱い夜を過ごしていたのだ。
夫は上機嫌で家に帰ったのだが、すぐに不機嫌になった。その原因は目の前に広がる荒れ果てた家だ。なぜこんな状況なのか夫にはまったく理解できず、片付けくらいまともにできない妻に怒りを覚えた。
女としての魅力もなく、家事も育児もできない役立たずな妻。
妻は貴族令嬢だったので、結婚当初は家事ができなくても大目に見ていた。だが結婚して十五年以上経つのに未だに要領が悪く、朝から晩までかかっても家事が終わることはない。しかもこっちは仕事で疲れているというのに、出てくる料理は野菜ばかりで不味くて食べられたものではない。だから最近夜はもっぱら浮気相手の家で過ごしていた。見た目も昔はまだ見れていたものの、今ではとても抱く気にはなれない。浮気相手が鮮やかな花であれば、妻は萎びた雑草。女としてもはや役に立たない。
それに妻は実兄と不仲で、実家である男爵家とは疎遠だ。貴族の後ろ盾があれば今まで以上に商会を大きくできるというのに、不仲のせいで商会の妻としても役に立っていなかった。
家事すらまともにこなせない妻にこの怒りをぶつけなければ気が済まないが、家中を探しても見当たらない。この状況を放置して遊びに出掛けたのかと思うとさらに怒りが増した。
帰ってきたらどうしてやろうかと考えていると、ふとテーブルの上に何かが置いてあることに気がついた。近づいてみると、そこにあったのは自分の名前が記された一通の封筒。夫は首をかしげながらも封を開け、一通の便箋を取り出した。
するとそこには見覚えのある文字でこう書かれていた。
【“役立たずの妻”はいなくなりますので、どうぞお幸せに】
「は?いなくなる?」
どうやら妻はこの手紙を置いて家を出たようだが、夫には意味がわからなかった。妻はこの生活に不満は持っていないし、何もできず見た目も劣っているのに、妻としてこの家に置いてもらっているのだからむしろ感謝しているはずだ。
そう考えたところで夫は理解した。ああ、女の嫉妬は醜いなと。
「はっ!あいつの嫉妬なんてなんの価値もないのにな」
息子の誕生日に浮気相手の家にいたことが気に入らなかったのだろう。昔は妻に浮気を隠していたが、今は隠すことをやめた。息子も母も浮気相手を気に入っていて、それに嫉妬した妻が自分の気を引くためにこんな意味のわからない手紙を置いていったのだ。
なんせ妻は自分を愛しているから。
仕方がない。どうせすぐに戻ってくるだろうから、キスのひとつでもしてやれば機嫌は戻るだろう。
妻と離婚するつもりはない。理由はただ一つ。離婚は商会にとって印象が悪いからだ。妻を愛しているからとかそんなつまらない理由ではない。妻の実家である男爵家からの援助はないが、妻の知り合いの貴族が我が商会を贔屓にしている。もしも妻と離婚すれば、今取引のある貴族家との繋がりが絶たれてしまうかもしれない。それだけはなんとしても避けたかった。だから離婚は絶対にしないと決めている。
妻は今のこの生活を手放さないための大切な犠牲なのだから。
夫は手紙を適当に放り投げた。とりあえずまずはこの荒れた家をどうにかしなければ生活ができない。仕方がないので人を雇って、その費用は後で妻に支払わせることにしよう。
夫は乱れた身だしなみを整え、人を雇うべく家を出たのだった。