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【書籍化決定】役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに  作者: Na20


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24/31

24 ケイン

 

「何か勘違いしているようだが、私は君のお母様が体調を崩しているのかと思って話が聞きたいだけだ」


「えっ?母、ですか?」



 なぜここで母親の話になるのか意味がわからなかった。そもそも教師が生徒の母親の体調を心配する必要などあるのだろうか。



「ああ。いつもならとっくに学校に来ているはずなんだが、まだ来ていないから心配になってね。遅れることなんて今まで一度もなかったから、もしかしたら体調でも崩されているんじゃないかと思ったんだ」


「えっと……、母は学校に来ているのですか?」


「ん?なんだ?その様子だとお母様が毎月ここに来ているのを知らないのか?」



 知らない。だって母は僕がこの学校に通っていることに関して無関係なはずだ。学校に通えているのは祖母が提案してくれたからで、学費を払ってくれているのは父なのだから、母は関係ない。だけど教師がわざわざ嘘をつく必要もない。もしかしたら僕の知らない母の姿があったのではないかという考えが一瞬頭を過ったが、その考えを払拭するように頭を横に振った。



「い、いえ……」


「そうか」



 なんとなくこの場から早く立ち去りたい気持ちに駆られた僕は、適当に嘘をついて話を終わらせようとした。



「母はちょっと体調を崩していて……」



 本当は母は離婚して既に家から出ていった。だけど離婚は秘密にするように父から言われていたし、体調が悪いと言えば他人である教師はこれ以上何も言ってこないと思ったのだ。


 だが嘘をついた罰だろうか。僕は知りたくない真実を知ることになってしまう。



「やっぱりそうだったか。君のお母様はしっかりされた方だから、毎月きちんと決まった期日までに学費を払ってくれていたんだ。だけど今月はまだ来ていないから、どうしたのかと思っていたんだよ」


「……え?」


「体調を崩しているのなら仕方ないな。学校には処分をあと三日待ってもらうように伝えておくから、それまでに学費を払うようお母様に伝えてくれ」


「え?が、学費は父が払ってるんじゃ……。そ、それに処分って……?」


「君の学費を払っているのはお母様だぞ?入学する際に学費を払う人は誰なのかを確認しなくちゃ、こっちも誰に督促すればいいかわからないからな。それと学校の決まりで、期日から一週間以内に学費を払わないと退学処分になるんだよ。まぁお母様が体調を崩しているっていうことだから今回は特別に―――」



 そのあとも教師は何かを話していたが、僕の頭には一言も入ってこなかった。そして気づけばいつの間にか家の扉の前に立っていたのだ。


 学費を払っていたのが母だとはとても信じられない。あんなにみすぼらしく、役立たずの母がそんな大金を払えるはずがない。だからきっと教師は勘違いしているのだ。



(……そうだよ。母さんは父さんの代わりにただお金を持っていっただけ。そうじゃなきゃおかしいよ)



 そう思っても、なぜか扉を開けるのが怖くて躊躇してしまう。




 ――ガタッ



 そのまましばらく家の前で立ち尽くしていると、家の中から物音が聞こえてきた。いつもこの時間には誰もいないはずなのに、誰かがいる。



(一体誰が……はっ!)



 もしかしたら母が戻ってきたのかもしれない。きっと離婚したことに後悔して、許してもらうために戻ってきたのだ。

 そう思ったらいてもたってもいられなかった。母に会ったら文句を言ってやらねば気が済まない。父が出してくれたお金を、さも自分が出したかのようにするのは恥ずかしいからやめてくれと。母の見栄で僕は要らぬ恥を掻いたのだから、それくらい言っても大丈夫だろう。


 僕は勢いよく扉を開けた。



「あっ!……父さん」



 しかしそこにいたのは母ではなく父だった。学費を出してくれているのは父なのだから、帰ってすぐに父に会えたことはよかったはず。それなのになぜか僕の心はひどく落胆していた。


 文句を言いたかったから?

 恥を掻かせたことを謝罪させたかったから?

 それとも、学費を払っていたのが本当は母なのではと不安になったから?


 自分でもわからなかった。


 僕の様子がおかしいことに気がついた父にどうしたのかと問いかけられたが、うまく言葉にできない。それでもなんとか口を開いたのだが、間が悪く邪魔が入ってしまった。父はそのまま家から出ていってしまい、結局話すことができなかった。緊急事態のようであったが、きっと明日には戻ってくるはず。教師はあと三日待つと言っていた。それなら明日でもまだ間に合う。だから父の仕事の邪魔はせずに、大人しく明日まで待つことにしたのだ。


 しかし翌日もその翌日も父は帰ってこなかった。結局父が家に帰ってきたのはこの日から五日が経ってから。僕は卒業まであと一年というところで、学校を退学することになるのだった。

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