21 シモン
――翌日、スルス商会の応接室にて
「エバンス商会の商会長がわざわざ何のご用でしょう?……おや?なんだかずいぶんとお疲れのようですね」
一時間待たされた挙げ句、俺のことをバカにするような言動。それに寝不足も相まって俺の怒りはあっという間に頂点に達した。
「っ、全部お前のせいだ!お前がうちの商品を勝手に売っているのは知っているんだぞ!この落とし前はどうつけるんだ!」
「おお、怖い。そんなに大声を出さなくても聞こえていますよ」
「ふざけるな!他の商会の商品を盗むなんて商人にあるまじき行為!スルス商会に謝罪と賠償金を要求する!恥を知れ!」
「……ハハハッ!エバンス殿は面白いことを言いますな」
「なんだと!?」
「だってそうじゃないですか。さっきからあなたは自分の商会の商品だと言っていますが、あの商品は最初からあなたの商会の商品ではない。それなのに私に謝罪と金を要求するなんて、おかしくておかしくて……」
「何を言ってるんだ!あの商品は間違いなくうちの」
「あの商品の権利はエバンス商会ではなく、あなたの奥様であったアナベル殿のものです。組合に保管されている商権登録簿にもきちんと書かれていますよ」
「……は?」
商権登録簿とは新たに商品を作った際に、その商品に対する権利が誰にあるのかを明確にするためのものだ。基本新しい商品は商会の名前で登録するのだが、稀に個人で登録する者もいる。個人で登録する人のほとんどは商会に所属していない者だが、妻は一応エバンス商会に所属していたし、そもそも妻とあの商品には何の関係もない。それなのにわざわざ妻の名前を出してくるなど一体どういうつもりなのか。
「私は正式な権利者から権利を譲り受けただけですよ」
「あの商品と妻は全く関係ない!ふざけた嘘をつくのも大概にしろ!」
「……ああ、やはりアナベル殿の言う通りでしたな」
「なに?」
「アナベル殿が言っていたんですよ。おそらくあなたはこの化粧水を作ったのが、自分だと言うことを忘れているとね」
「なっ!」
「普通ならエバンス商会の名前で登録するはずなのに、なぜアナベル殿の名前で登録されているのかわかりますか?」
「は?そんなの知ったこっちゃ」
「あなたに許可をもらえなかったから、だそうですよ」
「っ!」
「商品を登録したいとお願いしたらあなたから『お前の作ったものなんか売れるわけない。商会の名前を使ったら許さない』と言われたとか。だから仕方なく自分の名前で登録するしかなかったんだと笑って言ってましたよ」
「……」
一つ思い当たることがある。
たしかあれは父が亡くなって少し経った頃、ある日突然妻から商品を作ったと言われたことがあった。父が急に亡くなり俺は毎日忙しくしていたのに、商会のことなどなにも知らぬ妻が、呑気に遊び感覚で俺の仕事の真似事をしていたと思うと無性に腹が立った。それにあの妻が作ったものなど、何の役に立たないことは分かりきっていたので、ハッキリと言ってやったのだ。
『お前の作ったモノを買う人間なんていない。商品を作るのには金がかかるんだぞ?無駄になるのが分かっているのに金を出せとでも言うのか?いいか?どうしても売りたいなら勝手にしろ。だが間違っても商会の名前を使うなよ。そんなモノに俺の商会の名が貶められるわけにはいかないからな』
あの時、妻が作ったという商品が何だったのか確認すらしなかった。だから妻が何を作ったのかは知らないが、これしか思い当たる節はない。
(もしかしてあの時の……?)
だがもし本当に化粧水の権利が妻のものであるのなら、わざわざ商会を通して売る必要はないのではないか。個人で売ればあの莫大な利益を一人占めできたこと考えると、やはりスルス商会長の言っていることはおかしい。妻は役立たずだったとはいえ、自ら金のなる木を手放すほどバカではなかった。それならなぜ、と考えたところで俺は気づいた。
(この男に脅されたんだ!そうに違いない!)
俺は立ち上がりスルス商会長を指差した。
「わかったぞ!お前が妻を脅して権利を奪ったんだな!それなのに何が譲り受けただ!そんな嘘が俺に通じると思ったら大間違いだぞ!」
「……話の論点がすり替わってしまったな」
「何をボソボソ言っているんだ!」
「はぁ、これでは埒が明かない。すまないが彼を呼んできてくれるかい?」
「かしこまりました」
スルス商会長の側近と思わしき人物が部屋から出ていった。
「分が悪くなったからって助けでも呼んだのか?はっ!見苦しいな」
「しょ、商会長。少し落ち着いた方が……」
「うるさい!こういう相手には毅然とした対応を取らないとだな」
「うるさいのはあなたですよ」
突然俺に向かって無礼な言葉が投げ掛けられた。一体誰がと思い部屋の扉を見ると、そこには見覚えのある一人の男が立っていた。
「なっ……!お、お前は!」




