20 シモン
「くそっ!王都一だかなんだか知らないが調子に乗りやがって!」
俺が今いるのはエバンス商会の商会長室だ。本当なら今頃スルス商会の商会長と会っていたはずなのだが、部下と共にスルス商会へ行くと、入り口にいた職員から約束のない人とは会わせられないと言われたのだ。何様なんだと怒鳴ってやりたかったが、周りには買い物客たちのたくさんの目があり、ここで騒ぐのは得策ではないと判断し、明日会う約束を取り付けた。ただそのやり取りをしている間も、うちの商品である化粧水を買い求める客がたくさんいて、改めてスルス商会に怒りが湧いたが、グッと堪えてなんとか商会へと戻ってきたのだ。
今日はもう仕事をする気分ではなかったが、こればかりは仕方ない。明日、スルス商会から謝罪と賠償金を支払わせるために事前の準備が必要だ。うちの商品を盗んだのだから謝罪と賠償金は当然のことだが、あちらは王都一と言われる商会。どんな汚い手を使ってくるかわからないので、念入りに準備するべきだと判断したのだ。
今日は家に帰れないかもしれないと思っていると、慌てた様子で部下が戻ってきた。部下には化粧水の担当者を呼んでくるように伝えたのだが、目の前にいるのは部下一人だけだった。
「商会長!」
「なんでお前一人なんだ?担当者はどうした!」
「それが、担当者は一週間前に辞めたそうで……」
「は……?一週間前に辞めただと?」
「は、はい」
一週間前と言えば妻と離婚した日と同じだなと思ったが、今はそんなこと関係ない。ここ最近は誰かの退職を認めた覚えはないのに、辞めたとはどういうことなのか。俺は気を取り直し部下に確認をした。
「担当者は誰だったんだ?」
「担当者はカリス・モートンです」
「っ!あいつか……」
カリス・モートンは商会長である俺に対して生意気にも『ちゃんと仕事をしろ』などと戯れ言を抜かしてきたやつだ。だから俺は生意気なあいつに謝罪させるために一切の仕事を与えず、さらには仕事をしていないのだからと給料も払わなかった。そうすればすぐに頭を下げに来ると思っていたがしばらく待っても来ず、忙しい俺はあいつのことなどいつの間にか忘れていた。そして俺が忘れているのをいいことに、あいつは化粧水の担当者になっていたようだ。一体誰があいつを担当者にしたのかは調べないとわからないが、こんな無責任なことをする人間が商会にいては困る。結局あいつは仕事を放り出して辞めてしまったのだから。それに突然辞めるなど怪しすぎる。これはあいつが俺への筋違いな逆恨みで、スルス商会に商品の情報を売ったとしか思えない。今すぐには無理だが、あとであいつとあいつを担当者にしたやつを見つけ出してしっかりと罰を与えなければ。
「おい!急いで化粧水に関する書類を全部持ってこい!」
「わかりました!」
「……担当者があいつだったのなら大した仕事はしてないはずだ。だが俺の仕事を増やしたことへの罰は必ず受けてもらわないとな」
しかし化粧水に関する書類は何一つ残っておらず、どれだけ探してもまるで最初から存在すらしていなかったかのように消えてしまったのだった。
結果、俺は何の準備もできぬまま翌日を迎えることになる。




