16 カシウス
彼女との出会いは十八歳の時だった。
十五歳で家を出た僕は、絵を売りながら旅をしてきた。一つの場所に長く留まる方が人との繋がりが深くなりやすく、愛を知る可能性が高くなるのではと思ったが、なかなかその土地に馴染むことができず、半年程度留まり移動するということを繰り返していた。
そして十八歳の時にたどり着いたのが、彼女と出会うことになったあの国だ。
この国ではなぜか絵がまったく売れず、街の人の視線も冷たい。手元のお金も底を尽きかけていて、今日絵が売れなければ明日にでもこの国から出ていこうと思っていた。旅に出る際に多少のお金は渡されていたが、自分で稼いでいかなくてはとても生活ができないほどの金額だった。おそらく試練を乗り越えられなければ、家に戻ることはできず、そのまま市井で生きていくことになる。だからこの旅は愛を知ることができなかった時のことも考え、自分の力でお金を稼ぐことを身に付けさせるという意味もあるのだろうなと、軽くなった財布の中をぼんやり眺めながら思った。
今まではどこの国でも半年は留まっていたが、この国は三ヶ月で去ることになる予定だった。しかしこの国から去る決意したその日に彼女と出会ったのだ。
彼女と出会い、彼女に救われた僕は、いつしか彼女に惹かれていった。優しい眼差し、綺麗な声、柔らかい笑顔。彼女のことを想うと心が暖かく、そして苦しくなる。当時の僕はこれが愛だとは気付いていなかった。
この想いが愛だと気づいたのは、彼女から契約を持ちかけられた日だ。この日の彼女は何かを決意した表情だった。何を決意したのかはわからなかったが、彼女が僕を必要としてくれているのであれば、たとえ利用されることになろうとも、理由はなんでもいいと思えた。だから僕は彼女に言ったのだ。
『あなたのために絵を描きます』と。
契約を交わし、彼女と別れ宿に戻ると突然身体に変化が現れた。身体の内側が燃え上がるように熱く、痛みのあまりベッドに倒れ込む。そうしてしばらく痛みに耐えると、いつの間にか僕の身体は大人の身体へと成長を遂げていたのだ。
この時に理解した。彼女への想いが愛なのだということを。
彼女を愛したことで成長できたことは純粋に嬉しかった。しかし喜んだのは束の間、この姿では彼女に会えないことに気がついた。なぜなら彼女に呪いのことを話してしまったから。迂闊だったと後悔してももう遅い。聡い彼女が子どもから大人へと急激に変化した姿を見れば、きっと呪いの話を思い出してしまうはずだ。そうしたら僕が彼女を愛してしまったことに気づかれてしまうかもしれない。だけど彼女には夫と子どもがいるのだ。僕の想いなど迷惑でしかない。それにこの想いに気づかれて、彼女に面と向かって愛を拒否されてしまったらと思うと怖くなった。
だから僕は手紙を残し、この国を去ることにした。手紙には突然いなくなったことへの謝罪と、落ち着いたらまたこちらから連絡するとだけ書き記す。僕は急ぎ次の拠点となる場所を探した。あの国からは去ったが、彼女との契約を反故にするつもりはない。これからは彼女のために絵を描くのだと決めたのだから。
僕はセーヌ国を拠点とすることに決めた。理由は幼い頃に見たセーヌ国の湖が忘れられず、いつかまた見に行けたらと彼女が言っていたから。他の人からすれば馬鹿げた理由だと思うかもしれないが、僕にとっては重要なことだ。もしかしたら彼女がいつか会いに来てくれるのではないかという希望を持つことができたから。
僕は絵を描き続けた。時々来る彼女からの手紙を心待ちにしながら。
そうして五年が経ち、二十四歳になった僕の目の前に突然彼女が現れたのだった。




