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それから数日後、新しい絵を完成させた彼と再び会うことになった。次に会えるのはもっと先になると思っていたのであまりの早さに驚いたが、さらに驚いたのは彼の描いた絵だ。初めて彼の絵を見たときから才能があるとは思っていたが、想像以上だった。
彼が新しく描いた絵は風景画だ。これは私のアドバイスで、この国の人は風景画を好んで飾るのだと教えたからだ。描かれているのは王都の時計台から見た景色だろうか。朝日に照らされる王都の街並みがとても美しく描かれていた。
彼の描く絵は次第に話題となり、出会って半年後にはあっという間に人気の画家へと成長したが、忙しくなったあとも、私と彼のささやかな交流は続いていた。
「あのね、前から気になっていたのだけど、カシウスは宗教画をやめて風景画を描くことに抵抗はなかったの?」
ある日、私は気になっていたことを聞いてみた。風景画も描きこなしているが、彼が今まで描いてきたのは宗教画だ。それなのに今まで描き続けてきた絵とは違う種類の絵を描くことに、抵抗はなかったのかと気になっていたのだ。
「え?それはどういうことですか?」
「うーんと、カシウスが今まで描いていた絵が人物画や静物画だったのならあまり気にならなかったのだけど、宗教画ってちょっと特殊でしょう?神様に対して深い信仰心がなければ簡単には描けないだろうし、深い信仰心があるからこそ他の絵を描くことに抵抗を感じるんじゃないかと思ったの。それに……」
「それに?」
「えっと、ほら。前に描いていた絵は全部同じ神様だったでしょう?だからカシウスは愛の女神の敬虔な信者なのかと思って……」
「っ!そ、それは……!」
愛の女神とはその名の通り愛を司る神様だ。ただ一言で愛と言っても色んな形の愛があるが、愛の女神が司るのは男女の愛だけ。見た目は幼いながらもすでに成人している彼には、愛の女神を描き続けてきた理由があったにも関わらず、私が無理矢理他の絵を描かせてしまったのではないかと心配になっていたのだ。
「私は若い頃に絵の勉強をしていたの。描く方じゃなくて観る方のね。知識と絵を見る目には自信があったからあの日声をかけたけど、カシウスの気持ちまでは考えられていなかったなって。だから今さらだけど謝らせてほしいの。ごめんなさ」
「ちょ、ちょっと待ってください!アナベルさんが謝ることなんて何もないです!僕はアナベルさんに感謝しているんですから!」
「……本当に?無理していない?」
「本当ですし、無理もしていません!」
「……それならどうして愛の女神を描き続けていたの?」
「……」
「あっ、嫌なら言わなくても」
「……愛を知りたかったんです」
「え?」
「僕は愛を知らないと成長できないから……。だから愛の女神を描き続ければ、愛が何かわかるんじゃないかって」
そう語る彼の表情はどこか悲しげだった。
「でもいくら描いても全然わからないし、それにちょうどお金も底を尽きそうで困っていたんです」
「そうだったの……」
「そんな時なんです。僕がアナベルさんに出会ったのは。見ず知らずの僕に手を差し伸べてくれたのがすごく嬉しくて……。それにアナベルさんと出会って、この絵を描くようになってからはなんだか胸がポカポカ温かいんです。前まではずっと冷たかったのに。……だ、だからアナベルさんが謝ることなんて何もないんです!」
彼なりに気を遣ってくれたところもあるのかもしれないが、私の存在が誰かのために役に立てたのだと思うととても嬉しかった。
「そう言ってもらえて嬉しいわ。どうもありがとう」
久しぶりに心から笑えた気がした。
「っ!い、いえ!僕の方こそありがとうございます!」




