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カシウスとの出会いは今から六年前。私が家を出ていくことを決意する少し前のことだ。
食材を買いに行くいつも道の途中で、絵を売っている彼を見つけたのが最初だ。遠目から見ても素敵な絵だなと思ったが、当時の私に絵を買う余裕などなく、ただ遠くから眺めているだけだった。それから買い物に行く度に彼を見かけたが、売れ行きは芳しくないようで表情が暗い。それによく見ると、絵を売っているのは成人にも満たない子どもだ。私はどうしても彼のことが気になり、ある日勇気を出して声をかけてみた。
「あの……」
「あっ、いらっしゃいませ!どうぞ見ていってください!」
「この絵はあなたが描いたの?」
「そうです!」
「素敵な絵ね」
「あ、ありがとうございます!」
「でも、まったく売れていないんじゃないかしら?」
「えっ!ど、どうしてそれを……」
「あっ、突然そんなこと聞かれたら驚くわよね。でもね、残念ながらこの国ではあなたの絵を買う人はいないと思うわ」
「えっ!?」
素敵な絵ではあるが売れていないだろうと思って聞いてみると、やはりそのようだった。おそらくこの子はこの国の出身ではないのだろう。それならばこの絵は売れないと早く教えてあげるべきだ。
「あなたはこの国の人ではないでしょう?」
「そ、そうですけど……」
「それなら知らないのも無理はないわ」
「っ、どうして僕の絵は買ってもらえないんですか?」
彼は絵の具で汚れた手をギュッと握りしめている。私はなるべく優しい声で話しかけた。
「あのね、あなたが描いている絵はすべて宗教画でしょう?この国ではね、神様が描かれている絵を買うことは神への冒涜だとされているのよ」
「っ!そ、そんな……」
「きっとあなたの国では違うのでしょうけど、この国で宗教画は画家が自ら教会に寄贈する物なの。だからこの国では教会でしか宗教画を飾っていないのよ」
「だからみんなの視線が……」
「ごめんなさい。私がもう少し早く声を掛けていればよかったわね」
「……どうしてわざわざ教えてくれたのですか?僕と話していたら、あなたまで変な目で見られるかもしれないのに……」
彼は俯きながら肩を震わせていた。神を敬愛しているからこそ描いた絵だというのに、この国の人からは神を冒涜していると思われていたことにショックを受けたはずだ。それにも関わらず私の心配をしてくれる彼は、きっと心の優しい人なのだろう。
私は彼の絵の具で汚れた手を両手で包み込んだ。
「あ、あの……?」
「美しかったから」
「え?」
「私はあなたの描いた絵に心を奪われたの。だから少しでも力になれたらと思って声をかけたのよ」
他の国でなら間違いなく彼の絵は称賛されるだろう。しかし彼が今いるのはここだ。どんな事情でこの国に来たのかはわからない。だけどこんな素晴らしい絵を描く彼を放ってはおけなかった。
「……そんなこと言われたのは初めてです」
「ふふっ、そうなの?じゃあもしかしたら私が初めてのファンってことになるのかしらね?」
「っ!あ、ありがとうございます……!」
「あなた絵は本当に素晴らしいもの。でもごめんなさい。実は私、絵を買えるほどお金を持っていないの。だから私にできるのはアドバイスをするくらいなのだけど……」
「構いません!ぜひ教えてください!」
「わかったわ。それじゃあね―――」
私は彼に話をした。受け入れてもらえるかはわからなかったが、彼の表情から嫌がっている様子はなさそうでホッとした。それに私の話を聞いた彼から、すぐに新しい絵を描いてくるのでよければ見てほしいとお願いされたのだ。私に断る理由はなかったのでその願いを受け入れることにし、再び会うことを約束した。
「絵が描けたらまたここに来ます!」
「ええ、楽しみにしてるわ」
「えっと……」
「どうかしたの?」
「あ、あの!あなたの名前を教えてもらえますか……?」
「あっ!気がつかなくてごめんなさい。私の名前はアナベルよ」
「アナベルさん……」
「もしよければあなたの名前も教えてくれるかしら?」
「僕の名前は、カシウスです」
「素敵な名前ね。それじゃあよろしくね、カシウス」
これが私と彼の出会いだった。




