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家を出てから一週間が経った。
長かった列車の旅も終わり、次の目的地であるセーヌ国へとたどり着いた。列車移動ではあったが、四日も乗っているとさすがに疲れが溜まっているようで身体が重い。列車から降りて久しぶりに地に足を付け、外の空気を吸う。そうすると自分は新たな人生を生きているのだと実感することができた。
セーヌ国へ来たのはとある人物に会うためだ。私は以前彼からもらった手紙に書かれていた場所へとやって来た。
(たしかこの辺りのはずなんだけど……)
その手紙には、セーヌ国の首都から少し離れた場所にアトリエを設けたのでいつか来てほしいと書かれていて、私は近くまで馬車で送ってもらい、あとは歩いて探すことにした。
今日は天気がよく、風が心地よい。この場所は首都から近いのに自然が多くとても穏やかな場所なので、素敵な作品が描けそうだなと思った。
少し歩くと森が見えてきた。近づくと森の入り口に一軒の家が見える。家の周囲を木が囲み、枝葉の間から差し込む日差しが暖かい。
私はその家の扉を叩いた。この辺りにはこの家しかない。きっとここがアトリエなのだろう。それにこの優しい場所は、彼の雰囲気によく似ているように思う。扉を叩いてから少しすると、扉の内側から声が聞こえてきた。
「……どちら様ですか?」
ここにはあまり人が訪ねてこないのだろうか。久しぶりに聞くその声には、警戒の色が窺える。だから私ははっきりと自分の名前を告げた。
「こんにちは。私はアナベルよ。あなたと契約を」
「ア、アナベルさん!?」
あなたと契約をしている、と言おうとしたところで扉が勢いよく開いた。扉から出てきたのは金に近い栗色の柔らかそうな髪に、煌めく宝石のような緑色の瞳をした優しそうな青年。ペリドットを思わせるような瞳は、これでもかと見開かれていた。
「久しぶりね」
「ど、どうしてここに……」
彼の表情からは焦りが感じ取れ、歓迎されていないのは明らかだった。
「……前にもらった手紙に来てもいいと書いてあったから来てみたのだけど、急に来るなんて迷惑だったわね」
よくよく考えてみればわかることだった。私も元夫が突然部下を連れて家に来た時は迷惑に思ったものだ。どうやら私は少し浮かれていたのかもしれない。
「ごめんなさい。これ以上迷惑になる前に帰るわね。それじゃあ」
「ま、待ってください!」
「えっ?」
この場から去ろうとした瞬間、彼が私の手を掴んだ。私が突然のことで驚いていると彼が口を開いた。
「迷惑だなんて思っていません!……ただ会いたいと思っていた人が突然目の前に現れたから戸惑っちゃっただけです。それに……」
「……それに?」
「起きたばかりで、寝癖が付いてるのが恥ずかしくて……」
たしかに彼の髪は所々跳ねている。それに恥ずかしいからだろうか、掴まれた手がとても熱かった。
「……ふふっ、本当ね。寝癖がピョンって跳ねてて可愛いわ」
そう言いながら私は掴まれていない方の手で頭を撫でたが、ふと違和感を覚えた。
(あら?なんだか以前と違うような……)
すると彼は頭を撫でたことに怒ったのか、顔を赤く染めていた。
「~~っ!こ、子ども扱いしないでください!僕はもう二十四歳です!あれから身長だって伸びてアナベルさんより大きくなったんですからね!」
言われて違和感の正体に気がついた。たしか昔の彼は成人前の子どもくらいの身長で、初めて会った時は子どもだと勘違いしていたくらいだ。それが今目の前にいる彼は、私よりも頭一つ分は大きくなっていた。
「あっ、そうよね。つい昔のまま接してしまったわ。十八歳だったあなたがもう二十四歳だなんて。それに私より小さかったあなたを見上げる日が来るなんてね。……会いたかったわ、カシウス」
「……僕も会いたかったです」
私たちは再会の抱擁を交わした。
(わっ……!なんだが照れるわ)
ちなみに成長した彼に抱き締められ少し照れてしまったことは、歳上としてなんとなく恥ずかしいので、秘密にしておくことにした。




