第9話 親衛隊の実力
今度こそ本当の盗賊だ。
やはり先程離れたところから俺たちの様子を伺っていたのは親衛隊の一員ではなく盗賊の仲間だったようだ。
自分たちの縄張りに足を踏み入れた獲物を見て仲間たちを呼びに行っていたというところだろう。
「げへへ、このゴブ様にも運が回ってきたようだぜ」
盗賊の親玉と思われる髭面の男が舌なめずりをしながら言った。
「俺様の縄張りに侯爵サマの荷馬車だけでなくまさか帝国の姫サンまで転がり込んでくるとはカモがネギをしょってやってきたとはこの事だぜ。野郎ども姫サマは殺すんじゃねえぞ。後でたんまりと身代金をせびれるからな。それ以外の奴らは好きにしろッ」
「へい親分!」
ゴブの合図で盗賊たちは武器を振り上げて一斉に襲い掛かってきた。
「ひっ、来たぁっ」
「たかが盗賊、怯むな!」
護衛隊の皆が盗賊たちの勢いに気圧されて及び腰になっている中で親衛隊たちはルーティラ姫を守るべく一歩も引かずに迎撃態勢をとる。
はっきりいって護衛隊は戦力として計算できない。
実質戦力として考えられるのは俺と姫の親衛隊を合わせた四人だ。
それに対し盗賊団は約百人。
圧倒的な戦力差で戦いの火蓋は切って落とされた。
細い峠道で矢や投石が飛び交う中で親衛隊と盗賊が激しくぶつかり合う。
いくら親衛隊が歴戦の戦士だからといっても多勢に無勢。
乱戦から抜け出た一人の盗賊がルーティラ姫を捕まえるべく襲い掛かった。
「薄汚いネズミめ、汚い手で姫様に触れるな!」
すかさずエリコがルーティラ姫に近づいた盗賊に向けて一本の矢を放つも盗賊の腹部を貫いたかと思われたその矢は金属音とともに弾かれる。
盗賊は一瞬驚いた表情を見せたが傷一つ負っていない事を知ると不敵な笑みを浮かべながら言った。
「残念だったな。お前が弓が得意なことはさっき俺の仲間たちが見ていたんだぜ」
矢が当たって破れた衣服の穴から中に仕込んでいた鉄の板が顔を覗かせた。
エリコの弓術は帝国内でも並ぶものなしと言われる腕前だが一本の矢で分厚い鉄の板を貫くことはできない。
盗賊の癖に相手の得意とする武器の把握とその対処方法をちゃんと考えているようだ。
「よく見ればこっちもいい女じゃねえか。まずはお前から痛みつけて俺専用の慰みものにしてやるぜ!」
盗賊はターゲットをエリコに変更して襲い掛かる。
しかしエリコは冷静に矢筒から三本の矢を取り出して弓に番え放った。
「お前の矢は通用しないとさっき教えて……ぐあっ!?」
三本の矢はまるで一本の巨大な矢のように纏まって飛翔し鉄板を貫いて盗賊の腹部に突き刺さった。
「そ、そんなばかな……」
「一本の矢は弱くても三本に束ねれば話は違います。覚えておく事ですね」
腹部を貫かれた盗賊はそのまま後ろ向きに倒れる。
俺は迫りくる盗賊たちを斬り払いながら以前皇都に硬い鱗を持つ飛竜が襲来した時のことを思い出した。
あの時は上空から襲い掛かってくる飛竜に騎士団の誰もが決定打を与えられずに手を焼く中エリコは五本の矢を束ねて一気に放ちあの硬い鱗を貫いて見せたのだ。
僅か五本の矢で飛竜を仕留めたその武勇を称えられて彼女につけられた二つ名が竜穴のエリコだ。
盗賊ごときの浅知恵で防げるものではない。
エリコに続けと言わんばかりにカインズは剣を、ロッシュは槍を振り回しながら次々と盗賊を打ち倒していく。
「くそっ、こうなりゃやけだ!」
今度は別の盗賊が乱戦から抜け出してルーティラ姫に向かって突っ込んできた。
姫様が盗賊に捕まり人質にされればどれだけ優勢だろうと俺たちは全面降伏するしかない。
執拗に姫様を狙う盗賊たちの判断は間違っていないだろう。
盗賊は雄叫びを上げながら襲い掛かってくるがルーティラ姫とてそこいらのか弱い姫君ではない。
俺と対峙した時と同様にそれぞれ斧を持った左手を後方に下げ右手を左肩の上に回して腰を屈めた独特の構えをとる。
そして盗賊が射程内に入った瞬間にカウンター気味に右手の斧を横に薙ぎ払った。
「おっとあんたの攻撃パターンはさっき仲間が見てたんだぜ」
盗賊は後ろに飛び下がって右手の一撃を回避する。
立て続けに左手の斬撃も更にもう一歩後退してギリギリのところで回避した。
振り回された斧の勢いで生み出されたつむじ風によって足元の雪が舞い上がる。
「ひゃはは、隙ありだ!」
斧を薙ぎ払った勢いで回転したルーティラ姫が背中を向けた一瞬の隙をついて盗賊はルーティラ姫を捕らえるべく飛び掛かった。
「うぎゃあああ!?」
しかし次の瞬間、ルーティラ姫が作り出したつむじ風の中に無警戒で飛び込んでしまった盗賊は全身から血を吹き出し悲鳴を上げた。
「ど、どうして……」
盗賊は何が起きたのか分からないといった表情のまま前のめりに倒れた。
愚かな奴だ。
あの凄まじい回転によって生み出されたつむじ風の内部には真空状態が出来上がっているのだ。
その中に入ってしまったらどうなるかはあの盗賊を見ての通り。
かまいたちの要領で全身がズタズタに引き裂かれるのである。
ここにきて漸く盗賊たちは俺たちとの実力の差を理解するも既に手遅れ。
気が付けば盗賊団はほ壊滅状態となっていた。
「おい、こいつは一体どういうことだ……」
盗賊の親分ゴブは目の前の光景が信じられずに呆然として突っ立っている。
俺はゆっくりとその正面に歩み出る。
「どうやらお前で最後のようだな。覚悟はいいか?」
「ま、待ってくれ……俺が悪かった。もう盗賊家業からは足を洗う。二度と悪いことはしねえからよ、ここは見逃してくれないか?」
ゴブは右手に持っていた短刀を無造作に放り投げながら両手を上げ降参の意思を示す。
そして投げ捨てられた短刀が俺の足元の雪の上に落ちた瞬間だった。
「馬鹿め、くらえ!」
皆の注意が投げられた短刀に向けられた一瞬の隙をついてゴブの口から俺の顔面に向けて複数の針が飛び出してきた。
含針術と呼ばれる目潰し等を目的とした暗器による不意打ちである。
「ひゃはは油断をしたなおっさん。悪いがこの隙にとんずらさせて貰う……ぜ!?」
「馬鹿はお前だろ」
しかしゴブの含み針は俺の顔面には当たっていなかった。
眼前に敵と対峙した状態で一瞬でも視線を外すのは素人のすることだ。
瞬きもせずにゴブの一挙手一投足を注視していた俺は飛んできた針を最小限の動きで楽々回避していたのである。
そもそも俺の得意とする武芸十八般には暗器の扱いも含まれている。
こんな分かりやすい騙し討ちに引っ掛かるはずもない。
俺はゆっくりとゴブに近付き剣を振り上げた。
「ま、待て……ほんの冗談じゃねえか……本気にするなって……そうだ、俺が今まで集めた財宝を分けてやるからよ……悪くねえ話だろ? 仲良くしようぜ兄弟……」
「救えないな」
俺は軽蔑の眼差しを向けたまま剣を振り下ろした。