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第5話 デュッケ侯爵


 突如現れた壮年の男を見て護衛たちは一斉に姿勢を正して敬礼をする。

 歳はこの俺よりも十歳ほど上だろうか。

 その立派な身なりと護衛隊の態度から彼がデュッケ侯爵と見て間違いないだろう。

 シンは負傷した腕を押さえながら答えた。


「これはデュッケ様。実はこの男が護衛隊入りを希望していましたので実力を試させて貰っていました」


「ふむその結果がその怪我か。早くポーションで治療したまえ」


「ははっ」


 デュッケ侯爵はシンがそそくさと宿の中に走っていったのを見届けた後で顎を摩りながらチラリとこちらに視線を移した。


「うん? 君の顔は見覚えがある。……そうだ思い出した。君は帝国騎士団のオーシャン教頭だね」


「はい。閣下は俺をご存じだったのですか?」


「やはりそうか。以前御前試合を観戦させてもらったことがあってね」


「そうでしたか」


 先代メイクーン陛下は騎士団の強さを見る為に定期的に選りすぐりの騎士同士での御前試合を開催していた。

 俺自身は騎士ではなかったのだが何度か特別ゲストとして試合に出たことがある。

 槍の使い手であるリンちゃんや騎士団長エイラムなど多くの教え子たちとも対戦したものだがこちらも武芸師範という立場上無様な姿を見せるわけにはいかない。

 そんな意気込みが奏功したのか教え子たちに一度も負けなかったのはちょっとした自慢だ。


 俺の正体を聞いて護衛たちの俺を見る目が変わった。


「げえっ、このおっさんがあのオーシャン教頭だったのか?」


「道理で強いはずだよこのおっさん」


「こりゃ護衛隊長はこのおっさんと交代になりそうですね」


 見る目は変わっても俺へのおっさん呼びは変わらないらしい。

 最近の若者は目上の人間に対する礼儀を知らないのかと思わず説教をしかかったが今の俺は騎士団の教頭ではないし彼らも別に俺の教え子ではないことを思い出してそのままぐっと飲み込んだ。

 そもそも俺自身他人に説教できる程の礼儀作法は身に着けていないしね。


「なるほど、君が護衛隊に加わってくれるのなら安心だ。何せこ奴らは臨時で雇った素人に毛が生えたような者ばかり。口先ばかりで当てにならんからな」


「そりゃないですよデュッケ様。俺たちだって一生懸命やってます」


「だまらっしゃい。お前たちはサボっていないでさっさと仕事に戻りない」


「はい……」


 主人に叱られた荒くれ者たちはしゅんとして持ち場に戻っていった。

 それを見届けるとデュッケ侯爵は感心した様子で俺に視線を戻す。


「それにしてもオーシャン君、シン(あの男)を相手によく無事でいられたものだ。粗暴だが銃の腕は確かだったから護衛隊長を任せていたのだが」


「確かに腕はそれなりにあるようでしたが私に言わせればまだまだ未熟ですね。騎士団の皆には遠く及びません」


「ははは、流石騎士団の武芸師範ともなればいうことが違いますな。まあ立ち話も何だ、中でゆっくりと話をしよう」


「はい。それではお言葉に甘えて」


 デュッケ侯爵に宿の一室に案内されて中央に置かれた柔らかいソファーに腰を下ろすと間髪入れずに使用人が暖かい紅茶を持ってきた。

 正に至れり尽くせり、まるで自分が貴族の一員にでもなったかのように錯覚する。

 紅茶を口に含み一息ついたところでデュッケ侯爵が切り出した。


「さて、帝国騎士団の教頭である君が私の護衛に加わりたいとは一体どのような事情があるのか教えてもらえるかね?」


 当然の疑問だ。

 俺は今日皇宮であったことを伝えるとデュッケ侯爵の顔が徐々に険しくなっていった。


「そうか、やはり陛下が騎士団の解体を考えられているという噂は本当だったのか……」


「閣下はこうなることを予測していたんですか?」


「うむ、オーロッカス陛下の性格や日頃の振る舞いから前々から噂されていたのだ。だから私はこれからは自分の領地を自分で守らないといけなくなるだろうと懸念していたところだ」


 デュッケ侯爵が治めている領地は帝国の北、軍事国家トーマ王国との国境沿いにあるトサ高地一帯だ。

 国を守る騎士団がいなくなったことを好機としてトーマ王国が侵略してきたら真っ先に戦火に晒されるだろう。

 だからデュッケ侯爵は誰よりも領地の防衛を考えなくてはいけない立場だ。


「もしかして閣下がはるばる皇都にいらしてたのは……」


「君の想像通りだ。トーマ王国が我が領地に攻めてきた時の為に軍備を整えに来たのだよ。皇都では優れた武器や資材、魔道具など辺境ではなかなか手に入らない物も多く出回っているからね。実は自律型魔道兵器インセクトもケマリー伯爵家の商会から三体仕入れている」


「え? あれは無料で各地に配備されるものではないのですか?」


 デュッケ侯爵は首を横に振りながら大きくため息をついた。


「まさか、ただでさえ財政難の国かそこまで面倒を見てくれるはずがなかろう。かなりの出費だが自分の領地とそこに住む民衆を守る為には背に腹は代えられない」


「なるほど。しかし軍備を整えるだけでは国は守れません。それを使う人材を育てなければ片手落ちです」


「うむ。その通りだオーシャン君。やはり帝国騎士団の教頭を努めていただけの事はある」


 デュッケ侯爵は満足そうに頷いた。


「では早速だが仕事の報酬の話をしようか。前金で金貨十枚、無事に領地まで届けられたら更にもう十枚でどうだろう?」


「そんなに頂けるんですか? 是非お任せ下さい!」


 話が早くて助かる。

 こうしてデュッケ侯爵のお眼鏡にかなった俺はシンに代わって護衛隊長を任されることになった。



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