第4話 採用試験
「なんだこれは、戦争でも始まるのか?」
デュッケ侯爵が滞在しているという宿の周辺は物々しい雰囲気に包まれていた。
深夜だというのに辺り一面が篝火の灯りで昼間のように明るくその中を二十人程の男たちが巡回している。
傍目からはまるで軍隊が野営をしているようだ。
余程重要な物資を輸送するのだろう。
よく見ると彼らは皆腰に筒の様なものをぶら下げている。
「銃か……」
銃は魔道具の力を利用して銃口から弾丸を飛ばして敵を殺傷する最新鋭の武器だ。
剣や槍といった古典的な武器と比べて素人でも扱いやすく誰でも安定した威力を出せるがそれが逆に欠点でもある。
弾丸の衝突による殺傷力がこの武器の全てでありどんな武芸の達人が扱ってもそれ以上のダメージは期待できないのだ。
例えば鋼鉄の鎧に身を包んだ重騎士相手では弾丸が弾かれてしまい全く歯が立たないだろう。
さらに剣や槍と違って銃では敵の攻撃を防御することもできない。
もう少し魔道具の技術が進歩すれば話が違ってくるかもしれないが、今の帝国の技術で作られる銃では本当の使い手には手も足も出ないだろう。
だから俺は普段は銃は使わない。
まあそんなことはさておきとにかく今はデュッケ侯爵に自分を売り込まなければ。
「すまない、デュッケ侯爵が護衛を募集していると聞いて来たんだが」
見張り役の男に近付いて声を掛けると男は如何にも怪訝そうな表情で答えた。
「なんだおっさん。酔っ払いはお呼びじゃないぞ」
俺は男の言葉にハッと気付いた。
確かにさっきまでしこたま自棄酒に溺れていた俺の顔はきっと湯でタコの様に真っ赤に染まりアルコールの匂いを漂わせている事だろう。
さすがに前後不覚になる程酔っ払ってはいないが、こんな見た目ではまともに話を聞いて貰えるはずがないな。
今日はひとまずどこかの宿に泊って酔いを醒ましてから出直して来るとしよう。
「お騒がせしました、明日また出直してくるよ」
「明日? 残念だが俺達は明朝には皇都を発つぞ」
「ええっ!? それは困る。なんとかもう一日、いやせめて明日の昼まで待ってもらえないか?」
「なんで俺達がおっさんの都合に合わせなきゃならんのだ。さあ帰った帰った」
男は獣でも追い払うようにしっしっと手の平をひらひらさせる。
彼の言う事は尤もだがこちらにも事情がある。
「そこを何とか」としつこく食い下がると男はついに業を煮やして銃口をこちらに突き付けた。
「何をするんだ!?」
「やかましい、酔っぱらいの相手をしている程暇じゃねえんだ。さっさと帰れ。さもないと……」
男は引き金に指を触れ力を入れる素振りを見せる。
さすがにこんな町中で本当に撃つ気はないだろうが脅されているようでいい気分はしない。
……まあ実際に脅されているわけだが。
俺は反射的に銃の射線上から身を翻して懐に飛び込みその銃を強引に奪い取ると男はバランスを崩してその場で尻もちをついてしまった。
「悪い、大丈夫か?」
「くそっ、やりやがったな。おい、誰か来てくれ!」
男が大声で叫ぶと大勢の荒くれ者たちが集まり俺を取り囲んだ。
護衛の仲間に加えて貰う為にここに来たはずなのにこれでは本末転倒だ。
俺は奪い取った銃を投げ返して両手を上げ抵抗する意思がない事を示そうとするが男たちは興奮しながら一斉に銃口をこちらに向ける。
どうしたものか。
「何の騒ぎだ!」
その時一際威勢のいい男が前に出てきた。
「シン隊長、この男がいきなり手を出してきたんです」
「あん? この酔っぱらいがか?」
シンと呼ばれた男はどう見てもただの酔っぱらいである俺の姿を見て軽蔑の目を向ける。
しかし護衛隊の隊長が出てきたのなら話が早い。
俺はこれをチャンスと考えて即座に自分を売り込む。
「誤解しないでくれ。俺はデュッケ侯爵が護衛を募集していると聞いて雇ってもらえないかと思って来たんだがいきなり銃を突きつけられたから已む無く抵抗してしまったんだ」
「ふん」
シンは値踏みするようにジロジロと俺を見て言った。
「なんだただの酔っぱらいじゃねえか。お前ら酔っぱらいなんかまともに相手することはねえぞ」
シンが半笑いを浮かべながらそう言うと後ろの男たちもゲラゲラと大笑いをする。
流石の俺もこの仕打ちにはカチンと来た。
「じゃあ俺の腕を試してみるかい? きっとあんたらよりは護衛として役に立つと思うぞ」
「何だと?」
シンの顔から笑みが消えた。
「いい度胸だなおっさん。それじゃあ俺が試験官役を引き受けてやるぜ。さっさと腰の剣を抜きな」
「いやこいつはただの模造剣なんだ。だから俺はこのままでいい」
「素手で俺の相手をするだと!? どこまでも馬鹿にしやがって!」
シンが手を上げて合図をすると部下たちは即座に俺を逃がさない様に包囲する。
なるほど腐ってもデュッケ侯爵の護衛隊、連携は取れているようだ。
「三つ数えたらテスト開始だ。だがその瞬間に終わるがな」
俺を囲んだシンの部下たちは一斉にカウントを始めた。
「スリー、ツー、ワン、スタート!」
「くたばれ!」
カウントを数え終わったその瞬間シンは躊躇せずに引き金を引いた。
しかし、その弾は俺には当たらない。
一瞬の指の動きから銃弾が発射されるタイミングと弾の軌道を読んだ俺は彼らの目にも止まらぬ速さでそれを回避して見せた。
「げっ、まぐれだ!」
シンは驚きうろたえながら弾丸をリロードして更にもう一発放ったがそれも俺の身体には当たらない。
筋肉の動き、視線、そしてどのような武器かを把握していればどう動けば対応できるのかを瞬時に判断できる。
相手が人間だろうが魔獣だろうがそれは変わらない。
俺が冒険者を目指していた頃親父に徹底的に叩きこまれた事だ。
「くそっ、なんで当たらねえんだ!」
「うん、このくらいの石でいいな」
シンが次の弾を撃とうとする刹那俺は足元の石ころを拾って銃口目掛けて投げつけた。
「ぐわっ!」
俺の投げた石は狙い通り銃口から銃身に入って詰まり、その状態で引き金を引いてしまった事で銃は暴発した。
シンは暴発によって負傷した手を押さえて蹲り呻き声をあげている。
「くそ、なんて奴だ」
「まだテストは続くのか?」
「勘弁してくれ。この怪我で続けられる訳がないだろう。誰かポーションを持ってきてくれ」
シンは先程までの勢いはどこへやら完全に戦意を喪失して泣き言を並べている。
百発百中の投石術。
俺が得意とする武芸十八般のひとつ、礫術とも呼ばれるものだ。
戦いにおいてはいつ自分の得物が壊れるかわらかない。
だから周囲にある全ての物を己の武器として利用するのが武芸十八般の真髄である。
これは優れた冒険者だった親父に徹底的に叩きこまれたことだ。
こんな若造なんかに後れを取るはずもない。
「何事だ騒々しい」
騒ぎを聞きつけて宿の中からひとりの壮年の男が出てきた。