第3話 自棄酒
騎士団の武芸指南役をクビになった俺は行く当てもなく夜の町を彷徨った。
それにしてもオーロッカス陛下その取り巻きどもの言い草には腹が立つ。
国家の予算が足りないから維持費が掛かる騎士団を解体するだと?
お金が足りないのはあいつらが国民の血税を湯水の様に使って贅沢三昧しているからだろう。
その責任を騎士団に擦り付けるなど責任転嫁も甚だしい。
事実先代メイクーン皇帝陛下が健在だった頃は円満に国が回っていただろう。
「くそっ」
俺は苛立ちのあまり道に落ちていた石ころを蹴飛ばすと近くを歩いていた野良猫が驚いて逃げていった。
「おっといかんな、物に当たるのは良くない」
俺は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
俺はこれからどうすればいいのだろうか。
いや俺だけではない、騎士団の皆もだ。
帝国の為、陛下の為、そして民衆の為に彼らが今まで重ねてきた努力の全てを否定されお払い箱となるのだ。
その失意や怒りは察するに余りある。
しかし今まで武芸一辺倒で生きてきた俺には彼らに掛けてあげる気の利いた言葉のひとつも思いつかない。
俺は無力感に苛まれながら無意識の内に都の外れまで歩いていた。
その時ぐうと腹の虫が悲鳴を上げ、自分が今日の夕飯を食べ損ねていた事を思い出した。
「悩んでいても仕方がないな」
俺は近くの酒場に飛び込むと適当な酒と料理を次々と注文し手当たり次第胃袋に流し込んでいく。
生まれて初めての自棄酒、ドカ食いだ。
民衆の模範となる騎士団の武芸指南役としてはあるまじき行為だが今の俺はもう解雇された身だ。
この行為を誰が責めようか。
思えばよく訓練の後に教え子たちと酒を酌み交わしながら将来の夢とか目標とかを語り合ったものだ。
山賊討伐で武功を立てて一軍を率いる将にまで出世した者もいる。
そういえば昔教え子の中にひとり大酒飲みの奴がいたな。
あいつが騎士団を抜けた後は顔を見ていないが元気でやっているだろうか。
でも今の俺のこんな情けない姿はとても見せられないな。
「……」
教え子たちとの思い出に浸りながらいつの間にか酔いつぶれて眠りこけていたらしい。
「お客さん、もう店仕舞いですよ。さあ帰った帰った」
お客様は神様だというこの上なく身勝手な言葉があるがその神様も閉店時間には逆らえない。
酒場の親父に叩き起こされた俺は財布を取り出して言われるままに代金を支払った後、僅かに残った銀貨の枚数を数える。
「ひー、ふー、みー……少し飲み過ぎたか……」
物理的にも精神的にも二重の意味で頭が痛い。
無職になった俺はこれから食べていく為に何か仕事を探さないといけない訳だが、今から冒険者に戻ろうにも未来ある若手を囲いたい冒険者ギルドは原則として登録に年齢制限を設けている。
多少腕に覚えがあったとしても齢四十のおっさんなど誰が採用したがるだろうか。
それにただでさえ一度冒険者を引退した身だ。
あの時はギルドマスターや仕事仲間たちに何度も冒険者を続けるように説得されたが結局俺はそれを振り切って騎士団の武芸師範として生きる道を選んでしまった。
今更どの面を下げて冒険者ギルドに顔を出せるというのか。
十年前単身皇都にやってきた俺には身寄りがない。
名の知られた冒険者だった親父や優しかった母さんは既に亡く俺には帰る故郷もない。
教え子たちの中には多くの貴族の令息令嬢がいるが彼らの世話になるなど初めから思慮の外だ。
自分の食い扶持は自分で何とかしないとな。
幸いここは酒場だ。
毎晩仕事帰りの多くの人間が訪れる。
何か良い儲け話の情報が得られるかもしれない。
俺は少し呂律の回らない声で酒場の親父に訊ねた。
「親父、訳あって仕事を探しているんだが何かいい話はないかい? いや、そんな贅沢は言ってられないな。あんまりいい話じゃなくても普通に食べていける程度には稼げればいいんだが」
不躾な質問に親父は眉を顰めて面倒くさそうに答える。
「悪いけどうちの店では間に合ってるね。それにあんた見たところそんなに若くないようだし今から皇都で仕事を探すのは難しいんじゃないかい? それとも何か特技でもあるのかね?」
「ああ、武芸なら少しは自信がある」
訓練用の模造剣が腰に差したままになっていた事を思い出した俺はそれをテーブルの上に置いた。
「実は今まで騎士団の皆に武芸を教えていたんだけどさっき陛下の方針でお払い箱になってしまってね。流石に陛下は次の仕事の世話まではしてくれなくて参ったよ、ははは」
俺は自虐的に笑いながら事情を説明する。
少しでも親父と打ち解けて良い話を引き出そうという算段があっての事だ。
それが奏功したのか親父は少し考えながら答えた。
「そう言えば辺境を治めているデュッケ侯爵が今皇都に来ていましてね。なんでも大きな取引があったとかで盗賊から積み荷を守る為に多くの護衛を従えながら町外れの宿屋に泊っていますよ。あんたもその中に加えて貰ったらどうです? 何せ人手不足だそうですからもしかすると雇って貰えるかもしれませんよ」
「荷馬車の護衛か。いいね俺にぴったりの仕事だ」
護衛の仕事はいつだって人手不足である。
何故なら魔獣や盗賊の襲撃を受ける度に多くの人材が失われていく命がけの仕事だからだ。
しかし危険な仕事だけあって報酬は高いし仕事を上手くやり遂げてデュッケ侯爵に顔と名前を覚えてもらえればまた次の仕事に繋がるかもしれない。
どうやら俺にも運が向いてきたようだ。
「貴重な情報ありがとよ。こいつはとっといてくれ」
俺は情報料代わりに親父に銀貨を一枚渡すとデュッケ侯爵が滞在しているという宿へと向かった。