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第28話 リンダの事情


 リンダは十文字槍宝蔵院を横に薙ぎ払った。


 薙ぎ払うといっても十文字槍は穂先とは直角に付いている。

 その刃で横から()()()()()()()という表現が妥当だろうか。

 すさまじい風切り音と共に横向きの刃が俺に襲い掛かってくる。


「今だ!」


 しかし俺は手にした鉤鎌槍でそれを受け止めると、鉤鎌槍の穂に付けられた鉤爪を十文字槍の横向きの刃に絡めてこちらに引き寄せる。


「あっ!?」


 十文字槍を握る腕を引っ張られたリンダはバランスを崩して大きくよろけた。

 お互いの右手の槍が絡まって離れない中リンダが取った行動は余った左手のゲイボルグで俺を突き刺そうとする事だ。

 俺はその瞬間鉤鎌槍から手を放してリンダに抱きつくように飛び掛かった。


「きょ、教頭!?」


「懐に入ってしまえば槍は使えないだろう!」


 俺はリンダをそのまま押し倒して両脚で首と片腕を捕えて締め上げる。

 三角絞めと呼ばれる徒手空拳の技だ。

 いかに鍛えていても頸動脈を絞められればひとたまりもない。


「……!」


 リンダは一瞬俺の腕を掴んで抵抗を示したが直ぐに全身の力を抜いた。

 ここまでしっかりと入ってしまえばもう抜けられない。

 抵抗は無意味だと悟った様だ。

 しかしここで油断をすれば思わぬ反撃を受ける可能性はゼロではない。

 俺はリンダが落ちるまで頸動脈を締め続けた。



「ふう、あそこは宝蔵院を手放して一旦俺から距離をとるのが正解だったな」


 既に聞こえていないだろうが俺は今の決闘の反省点をリンダに伝えた。

 どこまでいってもやはり俺は教育者のようだ。


 地面でぐったりしているリンダにエイラムとアーディンが駆け寄り完全に気を失っていることを確認する。

 意識がない状態でも槍から手を離さないのは槍使いとしての意地だろうか。


「リンダさんが負けたぞ……」

「やはりオーシャン教頭には及ばなかったか」

「どうします団長?」


 シュバルツァリッターの皆はざわつきながらエイラムに視線を移す。


「見ての通りオーシャン教頭の勝利だ。これ以上ルーティラ姫に付きまとうのは野暮というものだろう。撤収するぞ」


「承知しました」


 シュバルツァリッターの皆は地面に横たわっているリンダを担ぎ上げて馬の背に乗せる。


「オーシャン教頭、決闘の結果確かに見届けました。我々はこれで撤収します」


「任務の邪魔をして悪かったなエイラム。オーロッカス陛下には適当に言っといてくれ」


 エイラムは馬の背の上に寝かされているリンダに視線を移して言った。


「それから教頭、リンダの事は悪く思わないで下さい。彼女は教頭を取り戻そうと必死だっただけなのです」


「俺を? それはどういうことだ?」


「我々が教頭が皇都を去られたことを聞いたのはその翌朝の事でした。騎士団を解体する事はともかくとして教頭を追放した事が納得ができない我々はオーロッカス陛下に直談判に行ったのですが、そこでリンダが怒りに身を任せてコキュート伯爵を殴り飛ばしましてね……」


「おいおい狂犬か何かかよ」


「ははは……当然処罰されるところだったのですが我々が何とか取りなして数日間の謹慎で済んだのですが、その時にオーロッカス陛下がそれ程まで言うならと教頭を兵士達の武芸指南役として雇用する為の条件を我々に提示したのです」


 また目の前でリンダに暴れられたら堪らないと思ったのだろうな。

 俺はその時の様子を想像して苦笑いをする。


「なるほど、その条件がルーティラ姫を連れ戻す事だったということか」


「はい。ですが姫様を生贄にしてまで教頭を取り戻す事は我々にはできません。……リンダは割り切ってるようでしたが」


「そうだな、俺もそうまでして帰りたいとは思わないからな」


 俺は頭をボリボリと掻きむしった。


「参ったな。そんな話を聞かされたらリンダを叱れないじゃないか」


「それでは我々はこれで失礼します」


「後の事は頼んだぞ。またリンちゃんが暴走したら止められるのはお前くらいしかいないからな」


「お任せ下さい。教頭もお達者で」


 エイラムたちはリンダを乗せた馬を曳きながら皇都へと帰っていった。


 彼らが去ったのを見てルーティラ姫が俺に抱き着いてきた。


「オーシャン教頭!」


「ルーティラ姫、もう大丈夫ですよ」


「うっ、うわああああああん!」


 余程嬉しかったのかルーティラ姫は俺の腕の中で大声で泣いている中で俺は優しくその頭を撫でてあげる。

 姫様とはいえ俺の可愛い弟子の一人だ。

 コキュート伯爵なんかに汚されてたまるか。


 あくまで武芸の師匠としてルーティラ姫に接する俺を見てドロシーが何故か溜息をついている。


「どうしたんだドロシー?」


「まったくあなたという人はどこまで鈍いのかしらね。まあ今日に始まったことではありませんけど」


「何だよ。奥歯に物の挟まったような言い方をして」


「少しはご自分でお考えになったら如何ですか。では私は仕事がありますのでこれで失礼しますわ」


「おいおい、聖都の観光案内をしてくれるんじゃなかったのか」


「それこそ野暮というものですわ。それではごきげんよう」


 ドロシーは手をひらひらさせながら聖都に戻っていった。


「何だったんだ。エリコ。姫様を頼む」


「我々もデュッケ侯爵の手伝いをしなければなりませんのでこれで……」


 エリコは俺達から目を逸らしながらそそくさと聖都に戻っていった。


「おいおい、ルーティラ姫はどうするんだよ……」


 ルーティラ姫は俺の腕の中で泣き続けている。

 これでは動けない。

 聖都の人達はそんな俺達を遠巻きに眺めながら何やらニヤニヤしている。

 何だこの羞恥プレイは。


 

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