第26話 決着
達人は手にした武器を己の肉体の延長のように自在に扱う。
リンダが今まで振るっていた左手のグングニルは、例えるなら武器を使わず素手のみで戦う拳闘試合でいうところのジャブのようなもの。
あくまで本命の右ストレートをぶちかます為の布石に過ぎない。
ジャブを受け続けたルーティラ姫の態勢が僅かに崩れた一瞬の隙をついてリンダは右手に握った十文字槍宝蔵院を放った。
十文字槍はその名の通り十の形になるように穂先とは直角に横向きの刃が付けられた槍だ。
この横向きの刃が厄介であり、通常の槍は穂先の一点のみに注意を払えばいいが十文字槍は大きく身を躱さないと横に伸びた刃によって身体を切り裂かれてしまう。
満を持してリンダが放った必殺の突きがルーティラ姫を襲う。
「姫様危ない!」
エリコ達が悲鳴を上げ思わず目を逸らす。
だがその時ルーティラ姫もまた俺達が見た事もない動きでそれを迎撃した。
ルーティラ姫の白い旋風は二本の斧を自身の左側に構え、それを右、左の順番に時間差で真横に振り回して旋風を巻き起こす技だ。
しかし今回ルーティラ姫は二本の斧を左肩の上に構えるとそのまま二本同時に逆袈裟に斬り下ろした。
「なっ!?」
一本の斧の威力は小さくても二本合わさればその威力は倍になる。
二本の斧を同時に受けたリンダの十文字槍はその衝撃で彼女の手を離れて地面に落ちた。
「はぁ、はぁ……あまり舐めないで頂きたいわねリンダさん」
「まさか、リンダさんの鎗が!?」
「ルーティラ姫がここまで強かったなんて……」
シュバルツァリッターの皆はその光景に驚愕する。
リンダは一瞬呆然としたが即座に頭を切り替えて馬を走らせて一旦ルーティラ姫から距離をとる。
そして馬の横腹に掛けられていた予備の槍を右手に持ち替えながら言った。
「思ったよりやるようですね姫様。ではこういうのはどうですか」
【双鎗】の異名を持つリンダは二本の槍のみ戦うと思われている節があるが実際はそうではない。
同時に持つ槍の数は二本だが扱う槍の数はその限りではない。
手にした槍を破壊されたり手放してしまった時の為に常時複数の槍を準備しているのだ。
リンダが十文字槍の代わりに手にしたのは先程手にしていた十文字槍宝蔵院の半分に満たない長さの槍だ。
「手槍か……」
決闘を見守っている誰もが瞬時に理解した。
あれは手で持って突き刺すものではなく投擲武器だ。
リンダは手槍を軽々と頭上に掲げ一気にルーティラ姫に向けて放り投げた。
「くっ!」
手槍は矢のような勢いで一直線にルーティラ姫の胸部に向けて飛翔する。
胸当てを着けているとはいえまともに受けてはただでは済まない。
ルーティラ姫は咄嗟に胸の前に斧を盾の様に重ねて構え受け止めようとする。
だがそれは判断ミスと言わざるを得ない。
俺はルーティラ姫に向けて叫んだ。
「ルーティラ姫、躱して!」
「え? わっ!?」
残念ながら俺の助言は間に合わなかった。
次の瞬間手槍を受け止めたはずのルーティラ姫の身体は手槍の衝撃で後方まで吹き飛んだ。
「ああ、惜しかった……」
俺だけでなく親衛隊の皆もがっくりと肩を落とした。
ルーティラ姫の実戦経験の少なさがここにきて勝敗の決め手となった。
今となっては何を言っても後の祭りだがあの手槍は受け止めるのではなく躱すのが正解だ。
リンダが手槍を軽々と掲げた時に警戒するべきだった。
あの手槍は見た目と違ってかなりの重量がある事に。
戦いにおいて思い込み程恐ろしいものはない。
ルーティラ姫はリンダが手槍を軽々と頭上に持ち上げたのを見てあれが何の変哲もない普通の手槍と思い込んでしまった。
しかしそれがリンダが仕掛けた罠だった。
実際のあの槍は砲丸のように重く、それをまんまと正面から受けてしまった為に彼女の身体は持ち堪えられずに後方まで吹き飛ばされてしまったのである。
実戦を重ねた騎士ならばあんな見え見えの罠には引っ掛からなかっただろうがそれを姫様に求めるのは酷というものか。
リンダは地面に這いつくばっているルーティラ姫にゆっくりと近付いて言った。
「勝負あったようですね姫様。それでは皇宮まで帰りましょう。もう嫌だとは言わせませんよ」
「う……」
ルーティラ姫は地面に寝そべったまま呻いている。
俺は見兼ねてルーティラ姫の下に駆け寄った。
「リンちゃん、その話よりまずはルーティラ姫の治療が先だろう。誰かポーションを貸してくれ!」
「教頭ご心配なく。ポーションなら私が持っています」
リンダは馬から降りると懐からポーションを取り出してルーティラ姫に手渡した。
「さあお使い下さい姫様。これを飲んだらさっさと帰りますよ」
「こんなものっ!」
ルーティラ姫はリンダが差し出したポーションを払い除ける。
その気持ちは痛いほど分かる。
リンダももう少し姫様の気持ちを考えるべきだろう。
こいつこんなにも冷たい女だったのか。
騎士団で武芸を教えていた時は全然気づかなかった。
俺はリンダを睨みつけるとルーティラ姫に寄り添いながら優しく慰める。
「よく頑張りました。リンダ相手にあそこまで善戦するなんて驚きましたよ」
実際リンダは全く本気を出していなかったがそんな事を言ってもルーティラ姫がますます落ち込むだけだ。
俺は精一杯言葉を選びながら労わる。
「教頭……でも私負けてしまいました……こんなところでお別れだなんて嫌です……」
余程悔しかったのかルーティラ姫は人目も憚らず涙を見せている。
「姫、でしたら皇宮に戻ったら後でもう一度修行をし直していつかリンダにリベンジしてやりましょう。貴女ならきっとできますよ」
「でも……皇宮に帰ったらもう籠の中の鳥になってしまいます……今みたいに自由に武芸の鍛錬なんてできなくなります……」
「籠の中の鳥……」
ここにきて俺は大きな思い違いをしていたことに気が付いた。
姫様が帰りたがらないのは単なる我儘だと思っていたがルーティラ姫が置かれている状況は俺が考えているよりもずっと深刻だったのだ。