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第24話 来襲



「うーん……」


 俺は自分の頬に当たっている何かの感触で意識を取り戻した。


「何だこれ?」


 寝ぼけ眼を擦りながら上体を起こし確認するとそれはドロシーの足の裏だった。

 ドロシーは布団の上で仰向けでだらしなく大股を開いて爆睡している。

 そして何やらむにゃむにゃと寝言を呟きながらめくり上がった衣服から覗いているお腹をぽりぽりと掻いている。

 左脇に抱えられたお酒の空き瓶が彼女が酔い潰れる直前の様子を如実に語っていた。


「やれやれ、こいつは見た目は少し子供っぽいところがあるとはいえ悪くないんだから中身さえちゃんとしていればなあ」


 こんな姿とてもエストライア教の信徒には見せられない。

 よくも今まで彼らに本性がバレなかったものだ。

 いや、むしろとっくにバレていて聖都の皆はあえて気付かない振りをしているのかもしれないな。


 それにしてもこんな恰好で寝てたら風邪をひくだろう。

 俺は親切心で布団をかけてあげようとドロシーに近づいた。

 その時絶妙なタイミングでドロシーが目を覚ます。


「うーん……?」


「おはようドロシー。よく眠れたか?」


「……何してんの教頭? もしかして眠ってる私に変なことしようとしてたとか?」


 俺はやれやれと頭を掻きながら答えた。


「馬鹿、誰が中身()()()()のお前相手に手を出すもんか。今の自分の姿を鏡で見てみろ」


「あはは違いない。でもそんなにはっきり言われるとちょっと傷つくなあ」


 ドロシーは笑いながら両手を上げ「うーん」と大きく伸びをして起き上がる。

 俺はやれやれとため息をつきながら答えた。


「でもまあたまには羽目を外したくなる気持ちは分かるけどな。ずっと清廉な聖女の振りをするのも大変だろう」


「分かってんじゃん。じゃあ寝起きの迎え酒いっとく?」


「羽目を外しすぎだ馬鹿」


 俺達はくだらないおしゃべりをしながら身支度を整え部屋の外に出た。


 既に太陽は真上まで昇っている。

 すっかり寝過ごしてしまったようだ。

 俺達はデュッケ伯爵の馬車の車輪の修復が終わり次第トサ高地へと向かう。

 そうなればしばらくはドロシーと会うことはないだろう。

 折角だからと聖都内の著名な建築物巡りでもさせてくれと提案すると突然大きな地鳴りが聞こえてきた。

 忽ち聖都中が慌ただしくなる。


「地震か? ヴェルストラフは退治したはずなのに……」


「いえ、これは違いますわ。聖都の外から聞こえてきます」


「様子を見てこよう」


 同じく騒ぎを聞きつけてやってきたルーティラ姫や親衛隊と合流して聖都の門の外に出るとそこには漆黒の鎧を身に纏った三十人程の騎兵の一団が門の前で整列していた。

 俺はその姿を見て胸を撫で下ろした。


「なんだ、シュバルツァリッターか」


 漆黒の騎士団(シュバルツァリッター)

 アルテラ帝国が誇る騎士団の中でも精鋭中の精鋭で組織された一団である。

 あの騎馬隊は皆名馬の産地として知られる皇都の南部、広大なソーマ平原で生産された青毛の駿馬で編成されている。

 人馬共に漆黒で統一された軍団はその威圧感で見る者を恐怖させ刃を交えるまでもなく敵を敗走させてしまう。

 オーロッカス皇帝は騎士団を解体するにあたって一部の見込みのある者は一兵卒として残すと言っていた。

 彼ら程の実力者ならば当然軍に残る事が許されただろう。

 騎士団の先頭に控えている男が俺に気付いてゆっくりと馬を歩かせ近付いてきた。

 よく知っているその顔は帝国騎士団長のエイラムだ。


「お久しぶりですオーシャン教頭。馬上の無礼ご容赦下さい」


「構わないよ。それにしても急にどうしたんだい? 折角聖都の人達と友好的な関係を築けたのに皆驚いているじゃないか」


「教頭の言う通りですわ。もしあなた方がロウゼリアと事を構えるつもりなら聖女の名において容赦はしませんよ」


 俺に続いてドロシーも一言物申すとエイラムは素直に首を垂れて答えた。


「申し訳ありません教頭。それに聖女ドロシー様ですね。今回は主命により参上しましたが聖都を侵しに来た訳ではないのでご安心下さい」


「それを聞いて安心したよ」


「我々はルーティラ姫をお迎えに参ったのです」


「ああそういうことか」


 一同の視線がルーティラ姫に集まる。

 一国の姫君が家出同然で行方を眩ませたのだ。

 今頃皇宮内は大騒ぎに違いない。

 姫様には充分助けられた。

 そろそろ皇宮に帰って貰うべきだろう。


「ルーティラ姫、エイラムの言う通りそろそろお帰りになった方が宜しいかと」


「さあ帰りましょう姫様。皇帝陛下も心配されていますよ」


 微笑みを浮かべながら手を差し出すエイラム。

 しかし当のルーティラ姫はぷいと顔を横に向けながら言った。


「嫌です。あんな所に帰りたくありません」


 またいつもの姫様の我儘が始まった。

 俺を含め誰もが皆そう思ってやれやれと肩を竦める。


「姫様、我儘を言って我々を困らせないで下さい」


 エイラムに続いてもう一人の騎士が姫様の前に騎馬を進ませた。

 その騎士は他の騎士とは異なり騎馬に手綱を着けておらず、両脚と鞍上の体重移動だけで巧みに馬を操っている。


「リンちゃん、君も来ていたのか」


 アルテラ騎士団が誇る槍術の使い手であり武芸師範である俺の補佐を務めていた女騎士リンダ・リンドだ。

 またの名を【双鎗】のリンダと呼ばれている。

 騎乗しての戦いでは通常利き手に得物を持ちもう片方の手で手綱を握って馬を操るものだが彼女は普段両手にそれぞれ二本の槍を握って戦う特異な戦闘スタイルを持つ。

 故に彼女にとっては手綱は不要の物であり騎馬に頭絡を着ける事はない。


「ご無沙汰していますオーシャン教頭。お変わりはありませんか」


「ああ久しぶりだな。何とか元気にやってるよ。そちらも色々大変だろうけどまあ頑張ってくれ」


「お気遣い感謝します。ですが私たちの事はご心配なく」


 リンダは俺に向けて師礼を取ると険しい顔でルーティラ姫に向き直った。


「さあ姫様。我儘を言うのはそこまでにして皇都に帰りますよ」


「絶対に嫌! あなたが何と言おうと帰るつもりはありません。私はずっと教頭の傍にいます!」


「……チッ」


 ルーティラ姫の返答にリンダは舌打ちをして苛立ちを露にする。


「おいおい、姫様に対してちょっと失礼じゃないのかリンちゃん」


「我々は主命でここに来ているのです。教頭は口を挟まないで下さい」


「お、おう……」


 騎士団の訓練場で見ていた彼女とは明らかに違う雰囲気に俺は思わずたじろいでしまった。





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