第23話 祝勝会
湖港では多くの人々が俺達の帰りを待っていた。
そして漁船に引っ張られて港に到着したヴェルストラフの亡骸を見て大歓声が上がる。
さっきまで俺達の事を遠巻きから訝しげに見ていた聖都の人々は手のひらを返したように俺達を歓迎する。
早速今夜聖都内で祝勝会が開かれることとなった。
メインディッシュは勿論化けナマズヴェルストラフだ。
しかしその巨大さから料理人たちの手に負えないのでまずは聖都中の家屋の解体業者が集まってヴェルストラフの解体を始めた。
俺達はその間に宿場町へ戻ってデュッケ侯爵に一部始終を報告する。
そして夕暮れ時にデュッケ侯爵達を連れて聖都にやってくると丁度いいタイミングで祝勝会が始まるところだった。
聖都の広場に設けられた祝勝会場の中央に置かれた巨大なテーブルの上に並べられたナマズ料理の数々。
刺身や唐揚げ、照り焼きに蒲焼き。
聖都が誇る五つ星シェフが料理したありとあらゆる種類のナマズ料理がそこに集結していた。
聖都の全ての民が至高の料理の数々に舌鼓を打ちながら勝利の美酒に酔いしれている。
俺も聖都の民にヴェルストラフとの戦いの様子を肴に酒を呷っていると祝賀会場の外でドロシーが偉そうな人達と何やら話をしているのが見えた。
こういった席ではいの一番に酒に飛びつきたがっているであろうドロシーだが聖女という立場がそれを許さないようだ。
かわいそうだが彼女自身が選んだ道だ。
せめて今日は彼女の分まで飲ませてもらおう。
俺は空になったジョッキを手に千鳥足で酒樽へと向かう。
◇◇◇◇
「それでは教頭お休みなさい」
「お休みなさいルーティラ姫。明日からまた忙しくなりますから今夜はゆっくりとお休み下さい」
宴も終わり、ルーティラ姫はエリコ達に連れられて聖都の宿へと歩いていった。
いい感じで酔いが回った俺は気持ちいい夜風に当たりながら観光がてら聖都の中を歩いているとその先でドロシーが俺を待っていた。
「お待ちしていましたわ教頭」
「やあドロシー。どうしたんだそんな浮かない顔をして」
「浮かなくもなりますわ。あんなに美味しそうなお酒を目の前にして一杯も飲めなかったんですもの」
「ははは、さっきお前がごはんをお預けされた犬みたいな顔で宴を眺めてるところを見たぞ。残念だったな」
「教頭、この後時間を頂けまして?」
「後は宿に帰って寝るだけだからな。少しなら構わんよ」
「生憎ですけど今夜は寝かせるつもりはありませんわよ」
そう言うととドロシーは強引に俺の腕をつかんで引っ張っていく。
「おいおい、どこへ行くんだ」
「黙ってついてきて下さいまし」
ドロシーに無理やり連れてこられたのは聖都の中央にある一際立派な建物、今朝も連れてこられた彼女の秘密の隠れ家だ。
ドロシーは周囲をきょろきょろと見回し近くに誰もいないことを確認すると俺を無理やりその中に引っ張りこむ。
そして奥にある扉の封印を解きその中の部屋に俺を放り込むと再び扉に封印を施した。
「これで誰もこの中には入れないよ。心の準備はできてるかい教頭?」
この密室の中ではドロシーは猫を被る必要はない。
俺のよく知っている騎士団時代の粗暴な口調に戻りその本性を剥きだした。
「おいおい俺をこんなところに拉致監禁してどうするつもりだ?」
「そんなの決まっているじゃないの」
ドロシーは部屋の隅に置かれた箱の中から大量の料理と酒を取り出した。
「さあ二次会を始めよう。宴中に皆の手伝いをする振りをしてこの部屋に運び込むのは大変だったよ」
「やっぱりそうか」
「あとこんなものもあるよ」
そう言ってドロシーが得意そうに取り出したのはあの銘酒立往生だ。
「この部屋の中ならそのまま酔い潰れても誰も文句を言わないからね。さあジャンジャンやってよ教頭」
「しょうがないなお前は」
お互い並々と注がれたグラスを手にして乾杯をすると一気にその中身を喉に流し込んだ。
凡そワインを味わう飲み方ではないが今この場所にいるのは俺とドロシーの二人きり。
誰にも指摘される事もなく自由に酒を飲めるこの解放感は癖になる。
「ふう、一杯でもうもう気持ちよくなってきたよ」
「まだ酔っぱらうには早いよ教頭。夜は始まったばかりだからね」
そう言ってドロシーは二杯目をグラスに注いだ。
「そうそう、司祭たちは今回の教頭たちの功績を大きく評価してアルテラ帝国との国交を見直す方針が決まったみたいだよ」
「そっか。ルーティラ姫も頑張ったからな。姫様もああ見えてちゃんと国益の事を考えていたんだな」
「何言ってんの。どう見てもあの子は国の為というよりは教頭の為に動いてた感じだったじゃん」
「ははは、からかうなよ」
「あー自覚なしか。こりゃ姫さんも苦労するよ。まあいいや、それよりも久しぶりにサシで飲むんだ。私が騎士団を抜けてからの事を色々話しておくれよ。見込みのある奴の話とかさ」
「お前に比べれば見込みがある奴ばかりだよ。何せ酔っぱらって訓練場に来る奴なんか一人もいなかったからな」
「あははは、素行の話じゃなくて腕っぷしの強い奴の話を聞きたいんだよ」
「冗談冗談、それよりもドロシーの事も話してくれよ。今朝話してもらったこと以外にも色々あったんだろう?」
「ありすぎて朝まだ掛かっても話しきれないよ」
俺達は笑いながら二杯目を喉に流し込んだ。
やはり同世代の人間は良い。
親衛隊や他の騎士団の人間とは親子程ではないにしろかなり年が離れている。
だから彼らも目上である俺に敬意を表してどこか遠慮しがちなところがある。
ドロシーの見た目は少女だが中身は俺と同じおっさんである。
一度談笑を始めると見た目なんて何も気にならなくなる。
対等の立場で何も気兼ねすることなく語り合える存在は何物にも代えられない程大切なものだ。
俺達は日が昇るまで存分に語り合った。