第22話 蘇生
「教えてくれジュン、どうすればルーティラ姫を助けられる?」
縋るように尋ねる俺にジュンは息を切らせながら答える。
「はぁはぁ……落ち着いてくれ教頭。そんなに特別な事をする訳じゃない。普通に蘇生術を試みるのさ」
「蘇生術? あ、そうか」
すっかり気が動転して当たり前のことが思いつかなかった。
溺れた人を救う方法はひとつしかないじゃないか。
停止している心臓と肺をもう一度動かすしかない。
俺はルーティラ姫を仰向けに寝かせ強く胸を押し続け心臓マッサージを試みる。
「うん……?」
「教頭どうした?」
「いや、心臓が動いてる……もうマッサージの効果が出たのか?」
慌てていた為に心臓マッサージの前に心臓が動いているかどうかの確認はしていなかったが手のひらの感触で現時点で心臓が動いている事は間違いない。
何はともあれまずは心肺蘇生術の第一条件はクリアだ。
次に行うのは呼吸の確認だ。
俺はルーティラ姫の鼻と口の前に顔を近付ける。
「……だめか」
呼吸をしている様子はない。
しかし心臓さえ動いているのならば呼吸さえ戻れば助けられるはずだ。
後は時間との勝負だ。
俺はそのままルーティラ姫の口に自分の口を合わせて人工呼吸を──。
「いや、ここはジュンがやってくれないか」
「はあ? 何言ってるのさ。この一刻を争う状況で」
「それは分かっているがさすがに俺のようなおっさんが一国の姫君に口を付けるのは躊躇してしまうよ」
「その気持ちは分かるけど……はぁはぁ……あたしは協力できないね」
それはどうしてかと疑問に思い見ればジュンもかなり呼吸が乱れ苦しそうにしている。
そういえばジュンも長時間湖の中で息を止めて船上に戻ってきたばかりだ。
自分の呼吸もままならない彼女に他人への人工呼吸を強要するのは酷だろう。
ならばエリコに任せようと思い周囲を見回すとエリコが乗っている船はかなり離れた位置にある事に気付いた。
ヴェルストラフを討ったとはいえまだ湖面は大きく波打っている。
エリコがこの波の中を泳いでこの船まで辿り着くの待っている余裕はない。
仕方がないやはりここは俺が人工呼吸を行うしかない。
もし後々でこの行為が帝国内で問題になったら俺が罰を受ければいい。
覚悟を決めてルーティラ姫の唇に自分の唇を近付けたその時。
「んっ……」
かすかにルーティラ姫が動いた気がした。
俺は人工呼吸を取りやめてルーティラ姫の体を揺すり声を掛ける
「気が付きましたかルーティラ姫!」
「……」
もう一度呼びかけるがやはり反応がない。
今のは気のせいだったのだろうか。
「姫?」
「……」
ここにきて俺はようやく違和感に気付いた。
溺れて死にかけている人間にしてはルーティラ姫の血色は悪くない。
いや逆に良すぎるくらいだ。
「姫様もしかして本当は起きてます?」
「……」
俺はルーティラ姫の鼻をつまんでしばらく様子を見る。
「……ぷはぁっ。苦しいです教頭!」
数秒後俺の想像した通り狸寝入りをしていたルーティラ姫が目と口を開き起き上がって文句を言う。
だが文句を言いたいのはこちらの方だ。
「姫様……やはり意識がない振りをしていたんですね。呼吸を止めてまで俺を騙そうとするなんて悪戯にしては度が過ぎていますよ。本当にこんな時にふざけないで下さい!」
「いえ、これはその……」
「もう少し気付くのが遅かったら本当に人工呼吸をしてしまうところでしたよ。俺を社会的に抹殺するつもりですか!?」
「あの……ごめんなさい……」
激しく叱咤されたルーティラ姫はしゅんとながら俺から視線を外して呟いた。
「それが狙いだったのに……」
「今何か言いました?」
「いえ何でもありません。それよりも私の新技は役に立ちましたか?」
「話を逸らさないで下さい。……でもまあ回転力を利用して旋風ではなく渦巻を作り出すアイデアは良かったですよ。おかげでヴェルストラフを討伐することができました」
「えへへ。じゃあ褒めて下さい教頭」
ルーティラ姫は子供の様に甘えながら頭を差し出す。
やれやれ、あの功績に免じてさっきの事はこの辺りで許してあげましょうか。
俺はルーティラ姫の頭をよしよしと撫で回す。
懐かしい感触だ。
昔ルーティラ姫に武芸を教えていた頃は姫様が新たな技を会得する度によくこうして褒めてあげたものだ。
姫様があの頃と全く変わっていないのは考えものだがこうして褒めてあげる事が姫様の成長に繋がるのならいくらでも褒めてあげようと思う。
何はともあれこれでヴェルストラフの討伐依頼は完了だ。
漁師たちはヴェルストラフの亡骸を鎖で船に繋いで港へと持ち帰る準備をしている。
今夜の祝勝会のメインディッシュはナマズ料理に決定だ。
漁師たちは皆大漁旗を掲げながら意気揚々と港への帰路に就いた。