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第21話 ヴェルストラフ



「見ろ、あいつがヴェルストラフだ!」


 俺達が乗る漁船の前に聳え立っている水上竜巻の側面を突き抜けて巨大なナマズが目の前に落ちてきた。

 着水の衝撃で発生した津波のような大きな波が漁船に被さる。

 俺達は全身をびしょ濡れにしながら振り落とされないように船にしがみつく。

 書物にはクジラ程度の大きさと書いてあったが実際に見たそれは更に一回りは大きかった。

 だがここで怯んではいられない。

 ルーティラ姫が命懸けで作ってくれたこのチャンスを無駄にする訳にはいかない。


 巨大な魔獣を相手にする場合大きく分けて二つの戦い方がある。

 ひとつは獲物が倒れるまで何度も攻撃を加えて徐々に体力を削っていく方法。

 硬い鱗を持つドラゴンや耐久力に優れた魔獣を相手にする時の一般的な戦い方だが今回の相手には不適当だ。

 時間を掛ければヴェルストラフは再び湖底に逃げてしまうからだ。

 そうなればもうチャンスは訪れないだろう。

 ヴェルストラフも馬鹿な魔獣ではない。

 同じ手が二度通用するとは考えられないからだ。


 だから今回俺達が取るのは一か八か獲物の急所に集中攻撃を仕掛けて一気に止めを刺してしまうという作戦だ。

 凡そ作戦と呼ばれるような代物ではないかもしれないがこれが意外と上手くいくことが多い事は俺が冒険者だった頃の経験でよく知っている。


「いくぞお前達、狙うのはヴェルストラフの脳天だ!」


「はい教頭!」


 エリコが矢を束ねてヴェルストラフの頭部に向けて放ち、突き刺さった矢を目印にして俺とカインズ、ロッシュの三人も武器を手に三方向から飛びかかった。


「ギャオオオオオン!」


 頭部に矢と三つの武器を突き刺されたヴェルストラフは魚とは思えない異様な叫び声を発しながら暴れ回る。


「カインズ、ロッシュ、今すぐ離れろ! 一緒に水中に引き摺り込まれるぞ!」


「はい!」


 二人は俺の指示通りに武器から手を放して急いで船に泳いで戻る。


「教頭も早く離れて下さい!」


「いや、攻撃が少し浅かった。もう一度深く突き刺して完全に止めを刺してやる!」


「教頭無茶です!」


 このまま逃がしてしまったらルーティラ姫に合わせる顔がない。

 俺は船に戻っていく二人を尻目にヴェルストラフの頭部に突き刺さったままのトライデントを握る手に力を込める。


「オーシャン教頭、ちょっと後ろに下がって下さい」


「!?」


 その時俺の頭上からヴェルストラフ目掛けて降ってくる者がいた。

 ドロシーである。


「はあっ!」


 ドロシーは右手に握った錫杖をトライデントの石突部分に叩き込んだ。

 そして立て続けにカインズとロッシュが突き刺した剣と槍にも叩き込むと三つの武器はヴェルストラフの脳天に更に深く突き刺さり夥しい量の血が噴き出してきた。


「グアオオオオオオオオオオオオオオン」


 頭部に刺さった武器が脳まで達したようだ。

 ヴェルストラフは断末魔の悲鳴を上げながら不自然に身体をくねらせている。

 明らかに致命傷だ。

 もう長くあるまい。

 俺はトライデントから手を放してその場を離れ泳いで船に戻る。


 やがてヴェルストラフはひっくり返った状態で湖面に浮かびそのまま動かなくなった。


「信じられない、本当にあのヴェルストラフを退治したぞ!」

「さすが花聖女様だ!」

「アルテラ帝国の奴らもなかなかやるじゃないか!」


 漁師達は雄叫びを上げてこの勝利を喜び合っている。

 しかし気がかりなのはルーティラ姫だ。

 周囲の船を見回すと隣の船の上でジュンがルーティラ姫を抱きかかえているのが見えた。

 俺はほっと胸を撫で下ろす。


「無事でしたか姫、良かった」


「……」


 ルーティラ姫に呼びかけるが返事がない。

 聞こえなかったのか。


「ルーティラ姫?」


 もう一度大声で呼びかけるがやはり返事がない。

 よく見ればルーティア姫はジュンの腕の中でぐったりしている。


「姫? まさか……」


 ルーティア姫が湖に落ちてから数分が経っている。

 窒息するには充分の時間だ。

 ジュンが船上に引き上げた時にはもう手遅れだったのか。

 俺は隣の船に飛び移りルーティラ姫の下に駆け寄るとジュンの手から奪い取るようにその小さな身体を引き寄せる。


「姫、目を開けて下さい!」


「すまない。必ず救い出すと言っておきながらこのザマだよ。やはり強引にでも連れ帰るべきだったよ」


 ジュンは悲痛な表情を見せるが彼女に罪はない。

 ジュンが水中のルーティラ姫を見つけた時に浮上を嫌がるルーティラ姫の思い通りにさせてやって欲しいと頼んだのは俺の方だ。

 全ての責任は俺にある。


 自責の念で頭の中がぐしゃぐしゃになる俺の肩にジュンが優しく手を置いて言った。


「オーシャン教頭、気休めかも知れないがまだ姫さんを助けられるかもしれないよ」



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