第20話 碧い旋風
ルーティラ姫を救う為にひとり荒狂う湖の中に飛び込んだジュン。
その勇気は賞賛に値するがこの湖の中には化けナマズヴェルストラフがいるのだ。
例えるならライオンの檻の中にウサギを放り込むようなもの。
あまりにも危険すぎる。
「よし、俺も行くぞ!」
「待ってくれオーシャン教頭」
ジュンに続いて湖に飛び込もうとする俺を今度は別の漁師が引き止めた。
「この荒れた湖の中にあんたが行っても救助対象がひとり増えるだけだ。姫さんの事はジュンの姐さんに任せておけばいいさ。なんてったって姐さんは七日七晩だって泳いでいられる程の水練達者だからな」
「おいおいジュンさんの正体はカッパか何かかい?」
「失礼なことを言わないでくれ。他に例えようがあるだろう。人魚とかさ」
「何でも良いよ」
しかしどうやらルーティラ姫の事はジュンに任せた方が良さそうだ。
ルーティラ姫が湖に落ちてからまだ二十秒程。
まだ息は持つだろうが船の上からでは湖の中の様子がどうなっているか分からない。
波に揺られながらやきもきしているとドロシーが目を閉じて何やらぶつぶつと呟き始めた。
「ジュンさん私の声が聞こえていますか。今魔法であなたの心に直接話しかけています。湖の中の様子を心に念じて下さい」
どうやら魔法で水中にいるジュンとコンタクトを試みているようだ。
その様子を祈るような気持ちで眺めているとすぐに応答があったようでドロシーはうんうんと頷きながらジュンから聞いた水中の様子を俺たちに伝える。
「はい、はい……分かりました。皆さん、ジュンさんがルーティラさんを見つけたそうです」
「おお!」
その報告に皆安堵してある者は歓声を上げある者はガッツポーズをとっている。
「よかった。早くルーティラ姫を船まで引き上げるように伝えてくれ」
「もちろんですわ。ジュンさん急いでルーティラさんを引き上げて下さい。はい……え? どういうことですか?」
ドロシーが眉間に皺を寄せて険しい顔をしている。
何やら様子がおかしい。
「ルーティラさんが船の戻るのを嫌がっているですって? いったいどういうことですか?」
「何だって!?」
ルーティラ姫の異常な行動を耳にして一同は顔を見合わせる。
水中では言葉で意思の疎通を図る事ができないのでジュンもルーティラ姫がどうしてそんな行動に出たのか分からずに戸惑っているようだ。
「ドロシー、ルーティラ姫とは直接話せないのか?」
「それは無理です。この魔法は女神エストライアの力を借りていますのでエストライアの信徒ではない者には効果が及ばないのです」
ドロシーの言う通りロウゼリアの国民以外で女神エストライアを信仰している者は多くない。
ルーティラ姫に至ってはそもそも神様という存在を信じているかどうかすら疑わしいものだ。
「そうか。だったら姫の思うようにさせてやってくれ」
ドロシーがルーティラ姫と直接話せないと理解した俺は即座にそう答えた。
ルーティラ姫はよく暴走して馬鹿げたことをしでかすが決して馬鹿ではない。
何を考えているのかまでは分からないが何か考えがあるはずだ。
ならばその博打は賭けるに値する。
「分かりました。ジュンさん、ここはルーティラさんに従って下さい。ええ、頼みましたよ」
「お前達、いつでも動けるように準備をしておけ!」
親衛隊の三人は揺れる船の上で武器を構え意識を集中する。
俺達にできるのは姫様が作り出してくれる何らかのチャンスを必ず物にできるよう努めるだけだ。
「今湖底まで辿り着いたそうです。え? 今頭の上を大きな影が横切ったですって!?」
「ヴェルストラフだ!」
ルーティラ姫が湖に落ちてから一分が経とうとしている。
そろそろ息を止めるのも限界のはずだ。
つまり動きがあるなら……今だ!
「おい、湖を見ろ!」
その時湖の中に突如としてひとつの渦が現れた。
渦は瞬く間に大きくなり周囲の物をその中央に引き込んでいく。
「そうかルーティラ姫はこれをやりたかったのか!」
ルーティラ姫が考えていたことがようやく分かった。
不安定な船の上ではしっかりと踏み込めずにつむじ風を作り出す事はできなかったが、湖底まで沈んでしまえば身体は固定される。
水中でルーティラ姫が振り回した斧の凄まじい回転力が湖上まで届く巨大な渦を作り出したのだ。
「ええ今ジュンさんから連絡が入りました。まもなくヴェルストラフが湖上に現れます。準備は良いですか?」
「無論だ!」
ドロシーが呪文を詠唱すると湖面の渦は巨大な水上竜巻ウォータースパウトに進化して湖の水を中に棲む生き物ごと上空へと吸い上げていく。
そして吸い上げられた大量の水と生き物たちは豪雨のように辺りに降り注ぎ始めた。
「雑魚は放っておけ! 俺達の狙いはあくまでヴェルストラフただ一匹だ!」