第2話 クビになった
突然のクビ宣言に一瞬頭の中が真っ白になったが直ぐ様気を取り直してオーロッカス陛下に伺い立てる。
「何故そのようなことを仰るのですか。私に何か落ち度でも──」
「見苦しいぞオーシャン。陛下は今すぐここから出て行けと言われたのが聞こえなかったのか?」
俺の言葉を遮って一人の青年が一歩前に進み出てきた。
彼の事は知っている。
若くして伯爵の位を持つこの青年の名はコキュート・ケマリーという。
陛下の腰巾着の筆頭格であり元々は皇宮御用達の商家の跡取り息子だった男だ。
野心家だったコキュートは自由に皇宮に出入りできるその立場を利用してオーロッカス陛下に近付くと巧みな話術と袖の下で取り入って気に入られ異例ともいえる早さで出世していった。
平民の生まれながら貴族入りを果たし伯爵という爵位を与えられた今ではその権力を笠に着て皇都を我が物顔で闊歩している。
コキュート伯爵はニヤリと口元を歪めながら言った。
「先代メイクーン陛下がなくなられた今国内の政治を立て直す為に莫大な資金が必要である。その為にオーロックス陛下は財政を圧迫している騎士団を解体することを決断されたのだ」
「何ですって!?」
「あのようなチャンバラごっこの集団を養う為に毎月どれだけの出費があるのか貴様は知るまい。最低限使い道がありそうな者は一兵卒として残してやるがそれ以外の役立たずどもはこの機会にまとめて解雇してくれよう」
「な……」
俺は絶句した。
先程オーロッカス陛下が俺のことを、いや騎士団全体を穀潰し呼ばわりした理由はそれか。
世間知らずのオーロッカス陛下は軍隊を不必要なものと考えているようだが言うまでもなくそれは大きな誤りだ。
俺は真っ向から反論する。
「恐れながら申し上げます。確かにここ十年程我らアルテア帝国は平穏な日々が続いており軍事費を無駄な出費と考えられているのも無理はありません。しかし我が国が平和なのは騎士団の皆が国内の盗賊や魔獣、そして近隣諸国に対して睨みを利かせているからであり、もし騎士団を解体すればこれ幸いにと邪心を持つ者たちが現れましょう。何卒ご再考下さい」
「ふん、口先だけは達者なようだな」
鼻息を荒げながらまだ何か言いたそうなコキュート伯爵を今度はオーロッカス陛下が手で制して言った。
「丁度いい機会だ。この時勢を弁えぬ愚か者にあれを見せてやったらどうだ。余に対して二度と生意気な口はきけなくなるだろう」
「ははっ、さすがは聡明なるオーロッカス陛下、見事なご判断です」
コキュート伯爵がパチンと指を鳴らし合図をすると柱の陰から無数の人間大の何かが飛び出してきた。
「な、何だ!?」
身の危険を感じた俺は咄嗟に身構えるがあっという間にその異様な何かに取り囲まれてしまった。
それは樽のような胴体を持ち、その下から生えている昆虫のような無数の足がカサカサと不気味に動いている。
そして胴体の中央にある赤く輝く目のような丸い物が不気味にこちらを凝視している。
どうみても生き物ではない。
恐らくこれは魔道技術によって作られたゴーレムとかいう物に違いない。
険しい表情でその物体を睨みつける俺を見てコキュート伯爵は満足そうな笑みを浮かべた。
「驚いたかオーシャン。これが我がケマリー家が開発した騎士団に代わる帝国の剣であり盾となる自律型魔道兵器、その名もインセクトだ。人間のように臆病風に吹かれることもなくただ忠実に任務を全うする素晴らしい兵器だ」
インセクトと呼ばれた魔道兵器は俺を取り囲んだ後は置物の様に動きを止めじっと俺を見続けている。
もしこの瞬間にコキュート伯爵がインセクトに俺を排除するよう命令すれば間髪置かずに襲いかかってくるだろう。
俺だってむざむざとやられる気はないが、こいつらは生き物と違ってどこにどんな仕掛けが施されているか分からない。
ならばまずはこれがどういう兵器なのか観察して把握することが先決だ。
注意深くインセクトを見てみると側面に空いている穴の中に鏃の先端のような物が隠れている事に気づいた。
おそらくこの穴から矢が放たれる仕組みなのだろう。
そして背中からは二本の腕が生えておりそれぞれ斧や剣などの巨大な刃を握っている。
冷や汗が俺の顔を伝った。
今俺を囲んでいるインセクト一体一体が感情もなく敵を殲滅するだけの恐ろしい殺人兵器だという事は間違いなさそうだ。
今すぐにでも自分の身を守るべく腰に差した剣を抜きたいところだが皇帝陛下の御前で許可なく抜刀する事は死を賜る程の大罪である。
それが例え訓練用の模造剣でも例外ではない。
微動だにできない俺に軽蔑の眼差しを向けながらオーロッカス陛下は言った。
「これで分かったかオーシャン。この兵器さえあれば我がアルテラ帝国に騎士団など必要ないということだ」
「くっ……」
「ふん、父上も騎士団などというとんだ負債を残してくれたものだ。まあ仕方ないか、晩年は相当耄碌されていたからな」
「なっ……オーロッカス陛下、いくらなんでも今のお言葉は……」
俺にはオーロッカス陛下の心ない言葉を聞き流す事は出来なかった。
名の知れた冒険者だった俺の親父は息子である俺も自分のような冒険者に育てようと考え日々冒険者として必要な知識の勉強や武術の鍛錬を俺に課した。
毎日が辛い日々だったが俺自身親父への憧れが大きかったのでその期待に応えようと歯を食いしばって頑張ったつもりだ。
その努力は実を結び無事に俺もひとりの冒険者として広い世界に旅立つことができた。
転機が訪れたのは俺が三十歳の時だ。
冒険者としてそこそこ名が知れるようになっていたある日のことオオカミ型の魔獣の群れが一両の馬車を襲っている場面に遭遇した。
馬車を守るように騎士たちが円陣を組んで戦っているが多勢に無勢、一人また一人と手傷を負い、全員が魔獣の餌食となるのは時間の問題だった。
幸い長年冒険者としての多くの経験を積んでいた俺は騎士たちよりも魔獣に対抗する知識が豊富だった。
オオカミの魔獣は嗅覚に優れているがそれが弱点にもなる。
俺は刺激臭がする液体の入った瓶を魔獣に投げつけ、奴らが怯んだ隙に群れのリーダーと思われる一際大きな魔獣の懐に飛び込んでその心臓に剣を突き刺した。
作戦は見事に奏功しリーダーがやられた事で魔獣たちは散り散りになって逃げて行った。
魔獣の脅威が去った後、客車の中から出てきたのは年端も行かない銀髪の少女だった。
俺はルーティラと名乗ったその少女に乞われて馬車の護衛役を引き受け辿り着いたのがこの皇都だった。
少女はメイクーン皇帝陛下の娘だったのだ。
ルーティラ姫から命の恩人だと陛下に紹介された俺は魔獣を撃退した智恵と武芸の腕を買われ騎士団の武芸師範に抜擢された。
俺は冒険者を続けるつもりだったが皇帝陛下直々の熱心なお誘いを断る事ができずに結局冒険者を引退して以後十年に渡り騎士団の武芸師範を務める事になる。
メイクーン陛下には生前大変良くして頂いた恩義がある。
あろう事かこのオーロッカスはそんなメイクーン陛下を公然と侮辱したのだ。
俺は腸が煮え繰り返る思いがした。
しかしオーロッカス陛下は俺の怒りなどまるで意に介さず吐き捨てるように言った。
「黙れ。誰が発言を許した。貴様はもう用済みだと言っただろう。さっさと荷物をまとめて皇都から出ていけ」
周囲の取り巻きたちの嘲笑う声が聞こえる。
「さあオーシャン元武芸師範がお帰りだ、エスコートして差し上げろ」
コキュート伯爵の合図でインセクト達が俺の囲いを解いたかと思うと左右二列に分かれて整列し出口への道を作る。
「くっ……失礼致します」
この男たちにはもう何を言っても無駄だ。
俺は屈辱の中とぼとぼと両側に整列するインセクトの間を通って謁見の間を後にした。