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第18話 出港


 ミノ盆地の中央、聖都ミノアのすぐ近くにある巨大なカルデラ湖、ミノス湖。

 聖都の民の生活はこの湖に蓄えられた豊富な水資源やこの湖に棲息する多くの水産物によって支えられているといっても過言ではない。


 俺達一行がドロシーの案内でミノス湖の港に辿り着くと数隻の漁船が停泊していた。

 ドロシーの姿を見て漁師と思われる数人の半裸の男達が大きく手を振りながら声を上げる。


「こちらです聖女様、仰せの通り湖中の船をかき集めてきましたよ」


「皆さまご協力ありがとうございます」


「いえいえ聖女様の頼みとあらば何でも協力させていただきますよ。それでこちらが協力してくれる方々ですか?」


「はい、アルテラ帝国のルーティラ皇妹殿下とその親衛隊の方々。そして元帝国騎士団武芸師範のオーシャン教頭ですわ」


「へえ、アルテラ帝国ねえ……」


 アルテラ帝国の名前を聞いて漁師たちの顔が険しくなる。

 そりゃ俺達は彼らにとっては敵対国の人間だ。

 当然の反応だろう。

 そんな漁師たちを宥めながらひとりの威勢のいい女性が前に出てきた。


「やめなお前達。聖女様が直々に連れて来て下さった方々だ。失礼な態度をとるんじゃないよ」


「へい、すいやせん姐さん」


 漁師たちはこの女性の一言ですっかり態度を改める。


「ドロシー、彼女は?」


「ご紹介しますわ。彼女はミノス湖漁業協同組合の長をされているジュンさんです。私達を湖の中央まで運んでいただくようにお願いしています」


「宜しくなおじさん」


「おう宜しく」


 俺はジュンが差し出した右手を握った。


「ほう……」


 漁業で鍛えられた筋肉質な腕に健康的に日に焼けた身体。

 これは思わぬ逸材だ。

 もし俺の弟子にできたのなら相当な達人になれるだろう。


「教頭、彼女に熱を上げているところ水を差すようで申し訳ありませんがその辺りにして下さい。彼女も困っています」


「あ、失礼」


 ルーティラ姫の声で我に返った俺は慌てて手を放す。

 いかんいかん、鍛え甲斐がありそうな人間を見つけたら思わずスイッチが入ってしまうのは教育者としての(さが)だろうか。


「ではまずはヴェルストラフを吸い上げる予行演習をしましょう。ルーティラさん、湖に向かってあのつむじ風を生み出す技を繰り出してみてくれませんか」


「分かりました」


 ルーティラ姫はドロシーの指示に従って湖に向かって新たに新調した斧を振り回しつむじ風を発生させると続けてドロシーが呪文を唱えた。

 忽ちつむじ風は竜巻となり湖の水が吸い上げられていく。


「おお……」


 皆が驚愕する中でやがて上空まで巻き上げられた水が水中の虫や小魚たちと共に雨の様に空から湖に降り注いできた。

 竜巻によって上空に巻き上げられた様々な物が空から降ってくるファフロツキーズと呼ばれる自然現象がある。

 ドロシーはルーティラ姫の作り出した旋風に風を操る魔法を重ねる事で人工的にファフロツキーズ現象を引き起こしたのだ。

 ドロシーは満足そうな笑みを浮かべながら言った。


「成功ですわ。この方法でヴェルストラフを湖底から吸い上げましょう」


「なあドロシー、今空から降ってきたのは小さな生物ばかりじゃないか。ヴェルストラフのような巨大な魔獣となると吸い上げるのはちょっと難しいんじゃないか」


「今のは予行演習ですからあの程度の大きさに抑えていましたけど本番はもっと大きな竜巻を作りますわ。巨大な竜巻は例えば大海を泳ぐ巨大なサメの群れすら上空に吸い上げる力もあるのですよ」


 ドロシーは微笑みながらそう言ってのける。

 サメが空から降って来るなんて到底信じられない話だが彼女の自信満々な態度を見ると強ち創作話というわけでもなさそうだ。


「それじゃあ出港する前にあんた達もさっさとそこのテントの中で着替えてきておくれ。まさかそんな恰好で湖に出るつもりじゃないだろう?」


 ジュンが小さな布切れのような衣服を俺たちに配る。

 水中での活動に適している水着と呼ばれる種類の衣服だ。

 親衛隊が身に着けている鋼鉄の鎧は勿論、軽装ながらルーティラ姫のウエディングドレスの様なひらひらした装飾が施されている鎧も水中では水を吸ってかなりの重量になる。

 ドロシーの着ている聖女の法衣も同様だ。

 もし戦いの中で湖に落とされるようなことがあれば間違いなく溺れてしまうだろう。

 だから水上や水中での戦いは万一水に落ちても対応できるように水着に着替えるのが常識だ。

 俺も冒険者だった頃はしばしば水着を着て水中の魔獣と戦ったものだが水戦の経験がないルーティラ姫はその面積の小さな布切れを見て戸惑っている。


「あの、これを着なきゃいけないんですか教頭?」


「そうです。水上の戦いを舐めていたら死にますよ」


「うう……分かりました」


 ルーティラ姫は顔を真っ赤にしながらテントの中に入っていった。

 そして姫様と入れ違いで出てきたドロシーが悪戯っぽい笑みを浮かべながら俺に耳打ちをする。


「どうかな教頭、見惚れそう?」


「あーうん、似合ってる似合ってる」


「もう、ノリが悪いなあ。貴重な聖女様のセクシーショットだよ?」


「お前には恥じらいが足りない。それに漁師たちも見てるから程ほどにしとけ」


「あら、こほん。おほほほほ」


 俺はやれやれと肩を竦めながらカインズとロッシュを連れて別のテントに入り水着に着替える。

 再び外に出ると水着に着替え終わったルーティラ姫とエリコが俺達を待っていた。

 やはり姫様は体のラインがはっきり出てしまうこの姿には抵抗があるようで恥ずかしさに耐えながら顔を紅潮させている。

 まあ何事も慣れだ。

 俺は気にしない振りをする。


「全員準備はできたね。それじゃあ各々好きな船に乗ってくれ」


 水上戦では基本的に複数の船に戦力を分散させるものである。

 一隻に集中して乗り込むとその船が沈んだ時点で全滅してしまうからだ。

 皆ジュンの指示に従ってバラバラに船に乗り込む。


「あたしの船に乗るのはあんたかいオーシャン教頭。うっかり足を滑らせて湖に落ちるんじゃないよ」


「大丈夫だ、水上での戦いは何度も経験しているからな」


「そりゃ頼もしいね。よし野郎ども碇を上げな、出港だ!」



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