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第15話 聖女の真実


「彼らは私の大切な客人ですわ。失礼なきよう」


「はっ、聖女様の仰せのままに」


 ドロシーがそう告げると兵は俺達をすんなりと聖都の中に通してくれた。

 流石は女神エストライアの代理である聖女と呼ばれるだけの事はある。

 聖都内ではドロシーはかなりの権限を擁しているようだ。


 門を潜って内部に進入すると目を見張るような壮麗な神殿や建物の数々が目に飛び込んできた。

 ここが敵対国でなければ色々と見て回りたいところだ。

 やがて俺達は聖都の中央にある一際立派な建物に辿り着いた。


「どうぞこちらへ」


 ドロシーについて建物中に入り長い廊下を進むとその奥に分厚い鉄の扉が現れた。

 見れば扉には不思議な紋章がいくつも刻まれている。

 俺は聖女について調べていた時に書物に同様の紋章が描かれていた事を思い出す。

 これは確か封印の紋章だ。

 かつての聖女はこの紋章の力で多くの魔獣を地下に封印したという記述がある。

 一体この中には何が封印されているというのか。


「ここは私と私の近習の者しか入ることができない特別な場所です。今封印を解きますね」


 ドロシーが扉に手を翳して呪文を唱えると扉は淡い光を放ち重い音を立てながらゆっくり開かれた。

 本当に不思議な力だ。


「さあ中へどうぞ」


「ドロシーちょっと待ってくれ。今の封印は何だ。中に凶悪な魔物が封印されてたりはしないだろうな?」


 俺はドロシーとは旧知の中ではあるがアルテラ帝国とロウザリアは敵対関係にある。

 俺は万一の事態に備えて周囲の様子を探りながらドロシーの後に続く。

 とりあえず魔物の気配は感じられない。

 ドロシーはくすりと笑いながら答えた。


「ここに魔物なんていませんわ。せいぜいじゃじゃ馬が一匹いるくらいかしら」


「じゃじゃ馬? もしかして」


 扉の先へ進みその更に奥にある部屋の中に入ると見覚えのある少女が俯きながらソファーに座っていた。

 俺と親衛隊の三人は少女の下に駆け寄った。


「ルーティラ姫ご無事でしたか」

「姫様よくぞご無事で!」


「ごめんなさい教頭、私全然お役に立てずに……」


「無事で何よりでしたよ姫。それよりもドロシー、姫様を攫った理由を話して貰おうか?」


「ええ。その前に」


 ドロシーは今潜ってきた扉を閉めるともう一度呪文を唱えて封印をし始めた。

 エリコは自分たちが部屋の中に閉じ込められたかと思いドロシーに詰め寄ろうとしたところを俺が手で制する。


「落ち着け、俺達を閉じ込めるつもりならドロシーも一緒に部屋に入ってくる必要はない。恐らく目的はその逆だ」


「さすがはオーシャン教頭、話が早くて助かるわ。この中での事を他の人に見られたくないのよ」


「他人に聞かれたら不味い話でもあるんだろう」


「そうではありませんわ」


 扉の封印を掛け終えたこちらを振り向くとドロシーはソファーの上に無造作に座った。

 あまりにも自然な動きで俺達は一瞬その違和感に気づかなかった程だ。


「堅苦しいのは苦手なんだよね。私が落ち着けるのはこの中だけだよ」


 突然砕けた口調でまるでおっさんの様にだらしなく大股を広げてソファーに座るドロシーの変貌ぶりに一同言葉を失った。

 しかし俺だけはその姿を見て懐かしい気分になった。


「なんだドロシー、やっぱり猫を被っていたのか」


「司祭様が信徒の手前普段は清楚な振りだけでもしろってうるさくてね。参っちゃうよね」


 そういって笑うドロシーは十年前騎士団を止めて皇都から旅立った姿と寸分に変わらない。

 思えばハーフエルフである彼女にとっての十年は俺達の人間の数ヶ月か下手をすると数日程度に過ぎないのかもしれない。

 何が十年あれば女は変わるだ。

 全然変わっていないじゃないか。


「そうそう、姫様を捕縛した理由だったね。実はちょっと問題があってさあ。戦力になる人間を集めてるのよね」


「戦力って……戦争でも始めるのか?」


「まさか、相手は人間じゃなくて化け物だよ。そもそも私達ロウゼリアの人間は戒律によって人間同士が殺し合う事を禁止してるからね」


「お前いつからロウゼリアの人間になったんだ?」


「いやあ十年前アルテラ帝国から追放されてから色々あってね……」


「ちょっと待って下さい。帝国を追放って一体何をやらかしたんですか? いやそれよりもドロシーさんって元アルテラ帝国の人間だったんですか?」


 俺とドロシーの会話の中に出てくる情報の洪水に思わずエリコが話を割って質問する。

 そういえば親衛隊の皆やルーティラ姫はドロシーの事を知らなかったな。

 まずはそこから説明しないと。


「ドロシーは昔アルテア帝国騎士団に所属していた騎士だったんだ。だからお前たちの先輩に当たるな」


「え? この人が元騎士なんですか?」


 騎士の礼法などまるで身に着けていなさそうながさつなドロシーの姿を見てエリコたちは驚き目を見開く。

 それも無理はない。

 俺も当時は他の騎士たちと比べて明らかに異質な彼女を見て同じことを思ったものだ。

 ドロシーは愉快そうに笑いながら語った。


「私の父は樵で母はエルフなんだ。父譲りの腕力と母譲りの魔力を買われて騎士団に入ったんだけどずっと森の中で暮らしてたから騎士団の礼儀作法がよく分からなくてね。当時の騎士団長からはよく怒られたよ」


「まあお前が騎士団をクビになったのは礼儀作法以前に酒癖の悪さだけどな。二日酔いで訓練場に現れたものだから騎士団長がブチ切れてね。軍部でも問題になってそれが原因で騎士団をクビになった挙句騎士団の評判を地に落としたという罪で国から追放処分になったんだ。騎士団は民衆の模範とならなければならない存在だからね」


「ちょっと待ってよ。あれはちゃんと理由があってさ」


「知ってるよ。お前は酔えば酔うほど強くなる、所謂酔拳の使い手だったからな」


 酔拳とは一般的には酒に酔った人間のように先の読めないトリッキーな動きで相手を翻弄しながら戦う拳法の事を指すがドロシーの使う酔拳は普通とは大分違う。

 人間は通常潜在能力の数パーセントしか引き出せないといわれている。

 ドロシーは酒を飲んで酩酊状態になることでその肉体のリミッターを解除し、百パーセントの力を発揮することができるのだ。

 勿論俺はその事を把握していたが当時の俺は騎士団の武芸指南役に任命されてまもなくで発言力も小さく満足に彼女を擁護してやることもできなかった。

 騎士団において何とも規格外の存在であった彼女だがそれ故に周囲の理解を得られずに騎士団を離れる事になってしまった悲しき人間である。

 ある意味ではオーロッカス陛下によって騎士団武芸指南役をクビになって皇都を出た俺に通じる部分がある。

 俺が彼女に親近感を覚えるのはそれが理由でもある。


「あの……」


 まるで若き日の武勇伝を得意げに語るおっさん達の様な俺達にエリコが恐る恐る訪ねた。


「さっきドロシーさんが飲んでたあの液体ってもしかして……」


 ドロシーは笑いながら答えた。


「ああ、あれ? あれはただのお酒だよ」



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