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第13話 聖女の力


「ルーティラ姫が捕まったってどういうことだ!?」


「申し訳ありません、我らの力及ばず……」

「姫様をお守りできなかった責任は我らの命をもって償います……」


 親衛隊の皆は悲痛な表情で声を絞り出す。

 無理もない。

 ルーティア姫の身を守る大役を任されながらそれを果たせなかったのだ。

 その心中は察するに余りある。

 しかし今は彼らの責任を追及している場合ではない。

 早まった考えをするなと皆を慰めながら何が起きたのか詳しい状況を問い詰めると漸く落ち着きを取り戻したエリコが状況の説明を始めた。


「……あれはルーティラ姫が私達を従えて聖都の城門の前まで辿り着いた時でした」





◇◇◇◇





「私はアルテラ帝国の皇妹ルーティラです。聖女様と話をさせて頂きたい」


「しばし待て」


 聖都ミノアの門番の兵士に向けてルーティラ姫が皇族らしい堂々とした態度で告げるとしばらくして聖都の門が開かれ法衣を纏ったピンク髪の少女が出てきた。

 少女には護衛は付いていない。

 たったひとりだ。

 ルーティラ姫はその姿を見て一瞬目を疑った。

 背は百三十センチ程度といったところだろうか。

 少女の右手に握られている女神エストライアを象った装飾が施された二メートル程の長さの錫杖が少女の身体の小ささをより際立たせる。

 ルーティラ姫も自分が小柄だということは認識していたが目の前の少女はそれよりも更に小さい。

 しかし少女の長く美しい髪の左右の隙間から飛び出している僅かに尖った耳が彼女が純粋な人間ではなくエルフの血を引いている事を示していた。

 エルフは大変長寿な種族だ。

 人とエルフの混血であるハーフエルフだとしてもその寿命は人間の何倍にもなる。

 この見た目でも実年齢は自分より年上なのだろう。


 少女はゆっくりと口を開いた。


「聖都ミノアへようこそへいらっしゃいましたルーティラ皇妹殿下。私がロウゼリアの聖女ドロシー・ペルセポネーです。この度はどの様なご用件でいらっしゃったのでしょう」


 礼法に則った美しい所作はこの少女が間違いなく聖女本人であると納得させるのに充分な説得力があった。

 しかしここで怖気づいてはいけない。

 ルーティラ姫は毅然とした態度で口上を述べる。


「我々は北のトサ高地へ向かう途中なのですが荷馬車の車輪が破損してしまいました。差し支えなければ聖都の中で必要な資材と道具を購入し修理をさせて頂きたいのです」


 聖女ドロシーは吸い込まれそうな程透き通った瞳でルーティラ姫を見つめながら答えた。


「なるほどそれはお困りでしょうね。それは勿論構いませんが一つ条件があります」


「なんでしょう? 私達にできる事ならなんなりと仰って下さい」


「その前にちょっと失礼しますわ」


 ドロシーは懐から液体の入った小瓶を取り出してごくりと飲み干した。

 そして大きく深呼吸をする。


 ここミノ盆地は温暖な気候だ。

 敵対国の人間を目の前にして緊張も重なれば喉も乾くだろう。

 誰一人としてドロシーの行動に疑問を持つこともなく、交渉が上手くいったのだと考えたルーティラ姫達の気が微かに緩んだ。

 しかしそれは誤りだったと直ぐに思い知らされる事になる。


 液体を飲み終えたドロシーはルーティラ姫が背負った二丁の斧を指差して言った。


「貴女が背負っている二丁の斧ですが大層な業物ですね。私には分かります」


 ルーティラ姫はハッとして背中に背負った斧の事を思い出した。


「失礼しました。もちろん武器を所持したまま聖都に入るつもりはありませんのでご心配なく」


「いえ、そうではありません。貴女もそれなりの武芸者とお見受けしました」


「え?」


「さて、ひとつ手合わせを願いましょうか」


 そう言うや否やドロシーは手にした錫杖を振り回しながらルーティラ姫に向かってきた。

 意表を突かれたルーティラ姫は咄嗟に背中の斧を両手に握り迎撃の態勢をとる。


「くっ、そちらがそのつもりなら!」


 そしてドロシーが射程内に足を踏み入れた瞬間ルーティラ姫は条件反射的に右手の斧を薙ぎ払った。

 この一撃で斬り裂かれるか、もしくは右手の初撃を躱せたとしても左手による追撃がドロシーを襲う。

 もしこれで聖女を傷つけてしまっても無謀ともいえる奇襲を敢行したドロシーの自業自得の結果だ。

 こちらに非はなく、これが原因で国際問題に発展したとしてもアルテラ帝国側は外交的にも優位に立てる。

 突然の出来事で反応が遅れた親衛隊の三人もそう考えた。


 しかし次の瞬間親衛隊の皆が見たのはドロシーの錫杖によって粉々に砕かれ辺りに飛び散った斧の欠片だ。

 本来ルーティラ姫の斧の一閃で巻き起こるはずの旋風も不発。

 僅かな砂埃を舞い上げただけに留まった。


「なかなか面白そうな技をお使いの様ですね」


 そしてそのままルーティラ姫の懐に飛び込んだドロシーはみぞおちを殴打し一瞬で昏倒させてしまった。


「はっ……姫様を助けなければ!」


 一呼吸おいて我に返ったエリコがドロシーに向けて矢を放ちそれに続いてカインズとロッシュがドロシーに向かっていく。

 しかしドロシーは涼しげな表情で錫杖を振り回して軽々と矢を払い除けると続けてカインズとロッシュが振るう剣と槍も受け止めてしまった。


「くっ、二人とも下がって!」


 もう手段は選んでいられない。

 エリコは二人が巻き込まれないようにドロシーから離れるよう指示を出すと矢筒から五本の矢を取り出しそれを束ねてドロシーに向けて放った。


 かつて飛竜をも射落とした必殺の弓技だ。

 聖女とはいえ生身の人間がこの矢を防ぐことはできないはずだった。


 しかしドロシーはその矢を避けるでもなく真正面に錫杖を構えた。


「はあっ!」


 ドロシーの掛け声とともに五本に束ねられた矢はドロシーの振り回した錫杖によってバラバラに砕け散りその欠片が散弾のように三人を襲った。


「きゃあっ」

「ぐあっ」

「馬鹿な……」


 まともに食らってしまった三人はその場に崩れ落ちる。


「まあまあの技でしたわ。これで終わりでしたら彼女の身柄は預からせて頂きますわ」


「ま、待て……」


 満身創痍となった三人は気絶しているルーティラ姫がドロシーに米俵の様に肩に担がれながら連れ去られていくのを地面に這いつくばりながら眺めている事しかできなかった。





◇◇◇◇





「……ああ、自分たちの無力さが情けない」


 エリコはたったひとりの聖女に手も足も出ず逃げ帰るしかなかった自分たちの不甲斐なさに拳を震わせながら一部始終を語ってくれた。

 その屈辱は如何ほどのものだろうか。

 それにしても聖女が強大な力を持っている事は分かっていたがまさか物理的な力の意味だとは思わなかった。

 話を聞く限りではかなりの手練れの様だ。

 とにかく今はどうやって捕らえられたルーティラ姫を取り返すのかを考えなければ。


「聖女ドロシーか……。ん? ドロシーって言ったのか?」


「はい。確かにそう名乗りました。彼女の事をご存じなんですか?」


「うん、ひとり同じ名前の奴を知っているが、もしかして……」




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