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第12話 ロウゼリアの聖女


 彼を知り己を知れば百戦殆からず。

 かつての有名な兵法家が残した言葉であり、多くの武芸者にとって座右の銘ともなっている。


 ルーティラ姫が聖都ミノアに向かっている間、万が一の事態に備えて俺はロウゼリアの聖女についての情報を集めていた。

 幸いこの宿場町はそう聖都ミノアから離れていない。

 聖都ミノア経由でこの宿場町を訪れた観光目的の旅人から聖女についての情報が記された書物を手に入れる事に成功した俺は早速部屋に戻ってページを開ける。


 聖女とは慈悲の女神エストライアの代理と呼ばれる女性である。

 世襲制ではない為に歴代の聖女に血の繋がりはなく、数十年周期でこの世に現れるという。

 現在の聖女が彼の地に現れたのは十年近く前、丁度俺がアルテラ帝国騎士団の武芸師範に任命された少し後だ。


 現聖女のことを知るには聖都ミノアの歴史の説明は不可欠であろう。

 ここミノ盆地の中央に聖都ミノアが誕生したのは今から五年程前になる。

 聖都というぐらいだから何十、何百年も前から存在しているものだと勝手にイメージしていたが思ったより歴史は浅いようだ。

 考えてみれば俺が冒険者をしていた頃様々な依頼で各地を回っていたが聖都ミノアの名前を耳にした記憶はなかった。

 当時ミノ盆地の中央にあるミノス湖の周辺の森にはミノタウロスという牛の頭をした凶悪な魔物が森の支配者として君臨しており人々は近付く事さえ出来なかった。

 しかしある日どこからともなく現れた聖女がひとりミノタウロスに立ち向かいこれを討伐したという。

 俺は書物を読みながら唸った。


「うーむ、あの噂に聞く凶悪な化け物ミノタウロスをひとりで討伐したというのか。まあ多少事実に尾ひれがついているのかもしれないが聖女ともなると女神の不思議な力を使ったりするのだろうな」


 俺は武芸者ではあるが魔法の知識は乏しい。

 きっと俺が知らない破邪の魔法みたいななんかこうとにかくすごい魔法を使ってミノタウロスを退治したんだろうと漠然と考えながら書物のページを捲った。


 そしてミノタウロスが討伐された直後からアルテラ帝国とロウゼリアがこの地の領有権を巡って争うことになる。

 結局ミノタウロスを討伐したのが聖女である事とアルテラ帝国の領地が増える事で各国の力のバランスが崩れる事を恐れた諸外国の妨害もあってこの地はロウゼリアのものであると国際的に結論付けられたのである。


 その後ミノス湖の畔に聖堂が建てられ、その周りに続々と聖女を崇める人々が集まり僅か数年の間に巨大な都市、聖都ミノアが誕生したという。

 その後の両国は不干渉を貫き軍事衝突の記録はない。


 聖女は以降ずっと聖都ミノアに滞在しているようだがアルテラ帝国とロウゼリアの領土争いに介入した記録は全く見当たらない。

 両国の交渉事は全てアルテア帝国の外交官とロウゼリアの神官や司祭たちの間で行われたことである。


 以上が聖女について書かれていた全てである。

 聖女個人がどの様な性格の人物なのかこの書物からは読み取れなかったが、魔獣ミノタウロスを討伐できるほどの何らかの力を持っているという事実は重要だ。

 現在の聖女は特に強大な力を持っており、ロウゼリア国民からは花聖女の二つ名で崇められていることも分かった。

 もし聖女と事を構えるような事態になればこちらも相当の犠牲を覚悟する必要があるだろう。


「花聖女か……きっと可憐で神秘的な女性なんだろうな」


 俺の中で現在の聖女の見た目に関するイメージだけは何となく定まった。

 色々と最悪の事態も考えたがもしかするとルーティラ姫が上手く話を纏めて帰ってくるかもしれない。

 それにこれは公式な外交政策ではなく、あくまで個人的な交渉だ。

 万一交渉が失敗しても大事には至らないだろう。


 これ以上の調査は無用だ。

 後はゆっくりと温泉にでも浸かりながら吉報を待つとするか。

 資料を片付け、着替えとタオルが入った籠を脇に抱えて温泉に向かおうとした時だった。


 宿の玄関の前が騒がしい。

 どうやらルーティラ姫と共に聖都ミノアへ向かった親衛隊の皆が戻ってきたようだ。

 これはもうゆっくりと温泉に入っている場合ではないな。

 俺は籠を床に置いて玄関へと向かう。

 ルーティラ姫本人は自信満々な様子だったが俺はどうせダメ元のつもりで送り出したんだ。

 もし交渉に失敗して帰ってきたとしても決して責めたりせずに俺を手助けしようとしてくれたその気持ちだけを汲んで優しく労おうと思う。


「みんなおかえり。交渉は上手くいったかい?」


 ゆるい感じで玄関の扉を開き訪ねるとエリコたちはぜいぜいと肩で息をしている。

 余程早く俺に結果を伝えたかったのだろうか。

 エリコが大きく深呼吸をして息を整えた後に言った。


「教頭大変です、姫様がロウゼリアの聖女に捕まりました!」


「そうか捕まったか。でもこの失敗をめげずに……は? 今なんて言った? もう一度言ってくれないか」


「ですから姫様がロウゼリアの聖女に捕まってしまったんです!」


「捕まった? 何で?」





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