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第11話 立往生


 ルーティラ姫たちと別れた後俺は部屋には戻らずその足で近くの酒場へと向かった。

 久しぶりの休養だ。

 今日ぐらいは一杯ひっかけてもバチは当たるまい。

 酒場の扉を潜ると既にデュッケ侯爵の護衛隊の皆が集まって盛り上がっている最中だった。

 どうやら誰もが考える事は同じようだ。


「やあ、君も来たのかね」


 酒場のカウンターでひとり優雅にワインの入ったグラスを傾けていたデュッケ侯爵が俺の顔を見て隣の椅子に座るよう誘う。


「閣下もいらしてたんですか。もしかしてイケる口ですか?」


「ははは、実をいうと私はこの町のワインに目がなくてね」


 デュッケ侯爵はそう言ってワインを口に含み美味しそうに舌の上で転がす。

 その様子を見て興味を持たない者はいないだろう。


「マスター、俺にも同じワインを!」


「少々お待ちを」


 少ししてマスターがワインが入ったグラスを差し出した。

 俺はグラスを受け取りデュッケ侯爵に倣って鼻に近づけて香りを楽しんだ後にゆっくりと口に含んだ。


「ほほう、なるほど確かにこれは良い物です」


「そうだろうそうだろう」


 蔵の中で長い年月を掛けてじっくりと熟成させた渋みのあるこの味は若い者にはまだ分からないだろうな。

 デュッケ侯爵と二人でワイン談義をしていると酒場のマスターが得意そうな顔で声を掛けてきた。


「うちのワインは最高でしょう。でもどんなに美味しくても三杯までにして下さいね」


「それはどうしてだい?」


「このワインはちょっと他にはない癖がありましてね。座って飲んでる内は何ともないんですけど立ち上がると一気に酔いが回るんです」


「へえそうなんだ」


「私が止めるのも聞かずに鯨飲したお客さんが帰ろうと立ち上がった瞬間に酔いが回って立ったまま眠ってしまったこともありましてそこから立往生なんて別名もあるくらいなんですよ」


「そっか。じゃあ残念だけど三杯まで我慢するか」


「それが宜しいと思いますよ」


「じゃあ何かつまむ物でも貰おうかな」


「はい、ただいま」


 間髪入れずにマスターがお皿の上に乗せられたチーズを出す。

 流石はプロだ、準備が良い。


「ど、どうしよう……」


「ん?」


 今にも消え入りそうな震え声を耳にして後ろの席を見ると真っ青な顔をしたシンが空になったグラスを凝視している。


「どうしたシン?」


「あんまり美味しいから俺もう四杯も飲んじゃったよ……」


「おいおい、大丈夫か?」


「ちょっと外の風に当たって酔いを醒ましてきます……」


「おい、ちょっと待っ──」


 俺が止めるのも聞かずに立ち上がってしまったシンはそのまま時間が止まったかのように動かなくなった。

 慌てて駆け寄り様子を見るとかすかな寝息を立てながら完全に眠っている。


「おお、マスターの言った通りだ」


 マスターはやれやれと肩を竦めながら言った。


「だから言わんこっちゃない。お客さんのお連れさんですか? こんなところで酔い潰れられても困りますからちゃんと連れ帰って下さいね」


「とんだ荷物が増えてしまいましたな」

「全くです」


 デュッケ侯爵と顔を見合わせて笑いあった後で俺は壁にこの付近の地図が貼られているのを見つけた。

 この宿場町に辿り着く為に随分と歩いた気がするが地図で見るとそうでもないと感じてしまうのは不思議なものだ。

 俺は地図に指を差しながらデュッケ侯爵に尋ねた。


「今ちょうどあの辺りですね。これからどのルートでトサ高地へ向かうんです?」


 隙を見れば酒の席でも構わずシームレスに仕事の話に入ってしまう。

 おっさんの悪い習性だ。

 しかし俺がおっさんならデュッケ侯爵も同じおっさんだ。

 特に気にする様子もなく即座に脳を仕事モードに切り替える。


「このまま真っ直ぐ北に向かって帰りたいところだが実は先日の盗賊の襲撃で荷馬車の車輪にガタが来ているんだ。この宿場町の設備では満足な修理はできないから多少寄り道になるが聖都ミノアで修理してから向かうことにするよ」


「聖地ミノアですか」


 聖地ミノアはここミノ盆地の中央、この宿場町の西に位置する城塞都市である。

 この宿場町から真っ直ぐ北に向かえばデュッケ侯爵領であるトサ高地に辿り着くのだがそこまではまだ馬車でも数日の距離がある。

 だから車輪が完全に壊れる前に聖地ミノアに寄って修理する事に異論はないがひとつだけ問題がある。


 聖地ミノアはアルテラ帝国領ではなく他国の領土にあるのだ。


 慈愛の女神エストライアを主と崇める神権国家ロウゼリア。

 その国は代々女神の代理である聖女に導かれ発展してきた。

 彼の地は十年程前にそのロウゼリアとアルテラ帝国が領有権を争った過去があり未だに敵対感情が残っている。

 アルテラ帝国の臣民である俺達がすんなりと聖都に受け入れて貰えるとは思えない。


 俺がその懸念点を指摘するとデュッケ侯爵は落ち着いた様子で答えた。


「勿論我々が聖都に入れてもらえない事は想定している。だが知っての通り聖都は多くの神殿が立ち並ぶ観光の名所でね。城壁の中には入れなくてもその周辺では各地から集まってきた商人たちによって自由市場が開かれているんだ」


「なるほど、聖都に入れなくてもその市場で修理に必要な資材や道具を揃えればいいんですね」


「うむ。だからそこは心配しなくてもいい」


 どうやら俺の心配は杞憂だったようだ。

 ほっとしてワインが入ったグラスを手にした時俺の後ろからバンとテーブルを叩く音が聞こえた。


 驚いて振り向くとそこにはルーティラ姫がテーブルを叩いた手を置いたまま立っていた。

 その傍らにはエリコが申し訳なさそうな目でこちらを見ている。


「え? ルーティラ姫どうしてこんなところに? 姫様にはまだお酒は早いですよ」


「話は聞かせて貰いました! ここは私に任せて下さい教頭!」


「任せるって何を?」


「私が明日の朝一番に聖都へ行って教頭が中に入れるように交渉してきます! 他の人ならいざ知らず、皇帝の妹であるこの私が直接訪ねれば無下に追い返されることもないでしょうから」


「いや、別に俺達は観光に行く訳でもないし荷馬車の修理さえできれば中に入れなくても構わないんだが……」


「いいから教頭はもう一度温泉にでも浸かりながら吉報を待っていて下さい!」


 ルーティラ姫は自信満々に拳で控えめなその胸をドンと叩いてみせるとエリコを連れて速足で酒場から出ていった。


 また姫様の暴走が始まった。

 もう既に嫌な予感しかしない。









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