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第10話 裸の付き合い


 ゴブ盗賊団を壊滅させた俺達はその後特筆することもなくリンカ峠を抜けてミノ盆地の入口にある宿場町へと辿り着いた。

 四方を山に囲まれたミノ盆地は暖かい空気が集まり比較的温暖な気候となっている。

 更にこの一帯はかつて火山地帯だった事もあり地下にはマグマによって温められた水脈が流れている事からこの宿場町は温泉街としても知られている。

 火山地帯だった頃の名残か小さな地震が頻発しているがそれにさえ目を瞑れば楽園の様な場所だ。

 リンカ峠越えで冷えた身体を温める為に俺達はこの宿場町で一晩ゆっくりと休むこととなった。


 宿泊部屋に荷物を置いて真っ先に向かうのは当然温泉だ。


「教頭、お背中を流しましょう」


 湯船に入る前に垢を落としているとカインズとロッシュの二人も温泉に浸かりにやってきた。

 どちらも一分の贅肉もない引き締まったいい肉体をしている。

 日頃から鍛錬を怠っていない証拠だ。

 彼らと見比べると俺の身体は少したるみが目立つようになってきた。

 やはり寄る年波には勝てないな。


「おう悪いな、頼むよ」


 折角の教え子からの申し出だ。

 俺はお言葉に甘えて背中を差し出した。

 それに良い機会だ。

 教え子たちと裸の付き合いをするも悪くない。


「ところで君たち姫様の傍にいなくていいのかい?」


「まさか我々が女湯の中に入る訳にもいかないでしょう。それに姫様にはエリコさんも付いているから心配はありませんよ」


「それもそうか。ところで最近はどうだい? 姫様に振り回されて色々と大変だろう」


「ええ、おかげ様で充実した忙しい日々を送っていますよ。今回も教頭が都を出たと聞いた姫様が供もつけずにひとりで皇宮を飛び出していったものですから皆大慌てで姫様の後を追いかけて来たんですよ」


「ははは、全くルーティラ姫のお転婆ぶりには困ったものだな」


「それも姫様が教頭に会いたい一心での事ですから。我々は姫様のお気持ちに付き従うのみです」


「そっか」


 昔ルーティラ姫を魔獣の群れからお助けして以来俺はとても懐かれてしまっている。

 メイクーン陛下が亡くなられてからはますますそれに拍車が掛かっている。

 きっと姫様は俺を父親代わりに考えられているのだろう。

 それ自体は大変名誉な事なのだが少々度が過ぎるのが玉に瑕だ。


 姫様も今年で十六歳になる。

 聞いた話では姫様には帝国内の有力貴族や他国の王族から多くの縁談が持ちかかっているそうだが全て断っているという。

 そろそろ皇族の姫として自覚を持ってもらわないといけないと思うが、まあそんな事は平民出身の俺がいちいち口出しするような話ではないだろう。

 垢を落とし終えた俺達は湯船に浸かり世間話に花を咲かせていると女湯の方から何やら言い争う声が聞こえてきた。


「そこで何をしているんですか!? この温泉は混浴ではありませんよ!」


 エリコの声だ。


「何だ?」


「女湯に覗きでも入ったんでしょうか? だとしたら許せませんね、姫様もいらっしゃるというのに」

「犯人にはその命をもって償って貰う事になるでしょう」


 忽ちカインズとロッシュが臨戦態勢に入った。

 ここが温泉でルーティラ姫が入浴中でなければ今すぐにでも姫様の下に飛んで行きかねない勢いだ。


「でも姫様にはエリコが付いているんだろ? だったら俺達が出る幕はないよ。ゆっくりと湯に浸かって英気を養おうじゃないか」


「それもそうですね教頭」

「ここはエリコさんにお任せしましょう」


 俺達は張り詰めた気を緩めてもう一度深く湯船に浸かった。


「あまり長湯をするとのぼせてしまいますので私達はこれで失礼します」


「ああ、今夜はゆっくりと休んでくれ」


 しばらくしてカインズとロッシュは湯船から上がり衣服を身に着け部屋へと戻っていった。


「それじゃあ俺もそろそろ出るとするか」


 充分温泉を堪能した俺もゆっくりと立ち上がった。

 そして脱衣所で温泉街特有のゆったりとした衣服を身に着けると脱衣所を抜けて廊下に出る。


 そこで俺は何やら不貞腐れながら俯いているルーティラ姫と険しそうな顔でそんな姫様を見ているエリコに遭遇した。

 その尋常ならざる様子を見て俺はさっきの騒動が脳裏を過る。


「ああそうか覗きか。酷い奴もいたもんだな。ちゃんと犯人に制裁は加えたか?」


 ルーティラ姫は俺の言葉を聞いて慌てふためきながら答えた。


「違っ……覗くつもりじゃなくて私はただ教頭のお背中を流して差し上げようと……」


「は?」


「姫様!」


「あっ……」


 ルーティラ姫は顔を真っ赤にして俺から視線を外した。

 エリコを見ると額に手を置いてゆっくりと首を横に振っている。

 今にも「あちゃー」という声が聞こえてきそうだ。


 そっちだったか。


 俺は顔を引き攣らせながら苦笑いをする。

 まったく姫様の暴走癖にも呆れたものだ。

 俺を慕ってくれるのは嬉しいが仮にも一国の、しかも嫁入り前の皇妹様に背中なんか流させたら大問題だ。

 やはり姫様にはもう少し皇族としての立場を弁えて貰いたいものだ。


「……エリコ、ルーティラ姫の事をちゃんと見ていてくれないか。何か間違いがあってからでは遅いからね」


「申し訳ありません。最善を尽くしますオーシャン教頭」



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