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第1話 帝国騎士団の武芸師範


「たあっ!」


「ま、参った!」


「よし、次の者来い!」


 大陸の中央に位置する軍事大国、ここアルテラ帝国の訓練場では今日も騎士団の若者たちが己の得意とする武器を手に元気に汗を流している。

 その様子を少し離れたところから眺めている壮年の男がこの俺だ。

 名をオーシャン・プージという。

 剣、槍、斧、弓等のあらゆる種類の武器の扱い、所謂(いわゆる)武芸十八般に長けたこの腕を買われ平民の出身でありながら帝国騎士団の武芸指南役という大役を任されて丁度十年になる。


「君、ちょっと良いかな」


 俺は一人の騎士にゆっくりと近付いて言った。


「君は剣を振りおろす時に重心が前に出過ぎる癖がある。だからバランスが崩れて隙が生まれるんだ。俺の動きをよく見てくれ」


「分かりました、こうですね教頭」


 気になる点を指摘し、俺が実際に手本を見せると騎士はそれに倣って黙々と素振りを繰り返す。

 母国への忠誠心溢れる若き騎士たちは厳しい指導にも弱音ひとつ吐かずに鍛錬を続ける。

 俺は彼らの目覚ましい上達ぶりを頬を緩ませながら眺める充実した日々を送っていた。


 しかしいくら彼らがやる気に満ち溢れていてもオーバーワークは禁物だ。

 日が暮れかかる頃まだまだ物足りなさそうにしている彼らに訓練の終わりを告げなければならない。


「よし、本日の訓練はここまで!」


「全員整列! ご指導有難うございました教頭!」


 騎士たちは訓練の手を止めると騎士団長である青年エイラムの号令の下一糸乱れぬ整然とした動作で俺の前に整列し敬礼をする。

 その所作ひとつひとつのどこを取っても絵になる程美しい。

 皆どこに出しても恥ずかしくない俺の可愛い教え子たちだ。


 いや、礼儀作法に関しては俺よりも彼らの方が遥かに上だな。


 何せ俺は武芸の腕だけを買われて騎士団の指南役に抜擢された無骨な男だ。

 騎士としての礼儀や心構えなどそもそも持ち合わせていない、ある意味では場違いな存在ともいえる。


 教え子たちが解散していく中でひとりの少女が俺に近付き冷たい水の入った水筒を差し出した。


「教頭お疲れ様でした」


「有難う。リンちゃんもお疲れさん」


「もう、いい加減にちゃん付けは止めて下さい。私はもう子供ではありません!」


「悪い悪い。中々昔の癖が抜けなくてな」


 エメラルドブルーのポニーテールを風になびかせ額から流れる汗すら輝いて見えるこの美少女はその名をリンダ・リンドといい帝国騎士団槍術指南役を務めている。

 彼女が騎士見習いとして訓練に参加するようになったのは今から六年前、まだあどけなさを残した十二歳の少女だった頃だ。

 最初はどこにでもいる華奢な女の子という印象だったが人一倍努力を積み重ねた彼女の上達ぶりは目覚ましく、十五歳で正式な騎士団の一員となった頃には槍術においては既に騎士団で並ぶ者はいない程の腕前になっていた。

 その実力は皇帝陛下のお耳にも入り十八歳となった今では騎士として働く傍らで俺の補佐役として共に他の騎士たちの指導を行っている。

 しかし齢四十を過ぎた俺から見ればまだまだ子供だ。

 今でも昔の癖でついリンちゃんと呼んでしまうがそのたびに彼女は不満そうに頬を膨らませている。


「ぷはぁ、訓練の後の水は美味いな」


 運動して温まった身体によく冷えた水が染み渡る。

 リンダは空になった水筒を受け取るとどこか照れくさそうに頬を赤らめながら切り出した。


「教頭、この後お食事でも如何でしょう? 先日いいお店を見つけたんです」


「そうだな、俺も丁度お腹が空いたところだ」


「はい、それじゃあ早速──」


「オーシャン師範、急ぎ謁見の間へお越しください。皇帝陛下がお呼びです」


 訓練場を発とうとした絶妙なタイミングで皇宮の兵士が現れてそう告げた。


「オーロッカス陛下が? 分かったすぐに行く。悪いなリンちゃん、食事はまたの機会に」


「はい教頭。それではまた後日改めて」


 そういって手を振るリンダの表情は言葉とは裏腹にとても不満そうだった。

 本人は自覚がなさそうだがああやって感情がすぐ顔に出るところはまだまだ子供だと思う。

 そんな事を考えながら俺は謁見の間に足を運んだ。


「帝国騎士団武芸指南役オーシャン・プージ、陛下のお召しにより只今参上いたしました」


 オーロッカス陛下の前で跪き自分なりに精一杯作法に則ったつもりの礼を行った後で顔を上げると陛下はまるで汚物でも見るような冷めた目でこちらを見下ろしていた。

 そしてその両側には陛下の取り巻きたちが明らかに人を小馬鹿にするようにニヤニヤと醜い笑みを浮かべている。

 こいつらはいつもこんな感じで自分たちの立場を鼻に掛けて他人に見下した態度を取る。

 皇宮内では彼らによって多くのパワハラ、モラハラ行為が日常的に繰り返されている事を知らない者はいない。

 どうせまた何か碌でもない事でも企んでいるのに違いないと気を引き締める。

 少し間をおいて陛下は深く溜息をついた後で吐き捨てるように言った。


「ふん、よくこの私の前に顔を出せたものだなこの穀潰しどもが」


「は……それはどういう意味でしょうか?」


 俺をこの場にお呼び立てしたのは陛下自身ではないか。

 しかしこのあまりにも理不尽な言い草にはもう慣れたものだ。


 俺を帝国騎士団の武芸指南役に抜擢して下さった先代皇帝メイクーン陛下が病で崩御されてから急遽即位されたその嫡子オーロッカス陛下はまだ若く世間知らずのおぼっちゃまだ。

 そして陛下の後見人である側近達は皆保身を優先してこの若造の顔色を伺い媚びへつらうだけの小者ばかり。

 誰ひとりとして陛下に対して苦言を呈する者はおらず、結果としてオーロッカス陛下は我儘な子供がそのまま大きくなったような残念な人物に成長してしまった。


 それにしても理由は分からないが陛下は大層ご立腹の様だがどれだけ考えてもまるで思い当たる節が無い。


 眉を顰めながら必死にその理由を探ろうとしている俺の様子が気に入らなかったのかオーロッカス陛下は語尾を荒げながら言った。


「オーシャン・プージ、本日を持って帝国騎士団武芸指南の役目を解く。今すぐ皇都から出て行け!」


「は?」


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