64 人誑しが人誑しに
「車崎さん、普段の人前ではあんなですか?」
ミクトに言われ、セイは苦笑する。
「そうですね。あのようにしていることが多いです。そのうちに、ご両親にも、ミクトさんとのようなお付き合いが出来れば、とは思ってますが」
柔和な雰囲気になっているセイを見て、ミクトは、ぽつりと。
「人誑しが人誑しに誑された訳ですか」
「え、ええ……?」
ミクトの部屋で、セイは首を傾げた。
セイは今、ミクトの、いつもの状態の部屋にいる。他人には見せない、可愛いもので溢れた部屋に。
「姉の昔話、聞きます?」
ミクトが言う。
「ぜひ」
背すじを伸ばしたセイを見て、ミクトは笑った。
「じゃあまあ、前座と言いますか。車崎さん、俺の部屋、どう思います?」
「部屋、内装ですか? とても凝った配置だなぁと」
「凝った配置」
思いがけない言葉に、ミクトはそれを、オウム返しした。
「ええ、そう見えます。色や大きさ、物の種類を考え抜いた内装、だと、読み取れるんですが」
「その、モノについては、特に無い、ですか?」
「そうですね……これらは大切にされているのだろうなと、感じますね。職業柄、こういったものに触れる機会は多いので。丁寧な作りのものが多いように思えますし、それらは日々手入れがされ、大切に扱われているのだろう、と、見た限りですが、思いました」
「……そうですか。……こういうの、ガキの頃に馬鹿にされてたんですよ、俺」
可愛らしいクッションに、胡座をかいて座っているミクトは、横に置いていたウサギのぬいぐるみを膝の上に乗せ、続ける。
「で、馬鹿にされて、持ってたこういうのを、そいつらに取り上げられてですね。家族に泣きつきました」
同じように可愛らしいクッションに正座しているセイは、静かにそれを聞く。
「父は、諦めろと。母は、新しいのを買うと。で、姉はですね。誰にやられたと聞いてきて、正直に答えたら、そいつらをボコって説教して、同じことしたら殺す、まで言ったんですよ。俺が小二で、姉が十三──中一の時です。ボコった奴らは小三と小二の五人。姉はそのあと周りに怒られて、理由を聞かれて、自分の大切なものをあいつ等は壊そうとしたって、言ったらしいんです。そんな姉、どう思います?」
「ナツキさんらしいなと」
真面目な顔で言うセイに、ミクトはまた、軽く笑う。
「ですよねー。車崎さんなら、そう言うと思いました。で、それからの姉は、自分が可愛いと思ったから買ったとか、限定品だぞ良いだろとか、色々理由付けて、俺にこういうの、くれるようになりました。俺にだけ、分かるように」
ミクトは、ウサギのぬいぐるみを軽く持ち上げ、
「……この、ぬいぐるみもそうです。有名なハンドメイド作家の一点モノ。俺が好きな作家の、ぬいぐるみなんですよ。誕生日プレゼントで貰いました。『すっごい可愛いから買った。どうだ羨ましかろう』って、メッセージ付きで。……車崎さん」
ぬいぐるみを見ていたミクトは、顔を上げ、
「はい」
真剣な表情をしているセイを見て、苦笑しながら。
「俺、こういう奴でだいぶシスコンですけど、こんなのが義理の弟でも、大丈夫です?」
「……義理の、弟……」
セイはぽかんとしたあと、ハッとして、
「すみません。思考が逸れました。えと、とても素敵なお話だと思いますし、姉弟って良いなと、思いました」
「別に思考、逸れてないと思いますけど。……まあ、結論を言うと、俺は姉と車崎さんを応援してますって、ことです。……姉のこと、よろしくお願いします」
頭を下げたミクトを見て、
「……ありがとう、ございます。こちらこそ、よろしくお願いします」
セイは泣きそうになるのをなんとか抑えながら、頭を下げた。
*
夕飯のあとの、ミクトも入れた晩酌で、父は泣き崩れた。
「アオイくん……! もうウチの子になってくれ……!」
「父さん、呑みすぎ。そろそろ検査、マジで引っかかるよ」
ミクトにぐい呑みを下げられ、それでも父は泣き続ける。
「もう泊まっていってくれないか……! ホテル代払うから……!」
「いえ、そこまでは流石に、申し訳ないです」
落ち着いて、諭すように言うセイに、「君は出来た人だなぁ……!」と父の涙腺が更に緩む。
「はい皆さん、お茶です」
私はそこに、湯呑みを三つ置く。合わせて、お酒の類を下げていく。
「待ってくれナツキ、アオイくんと飲み明かしたいんだ」
「ビシッと言ってるけど、もう限界でしょ? アオイ、酒、枠だよ? お父さん負けるよ? てか、負けてるでしょ、既に」
「枠って、具体的にどんくらい?」
ミクトに言われ、家の在庫を思い出し、
「今、家にあるお酒は無くなります。追加でその二倍くらいはいけると思う」
「マジかよ」
「マジ。じゃ、持ってくね」
台所に引っ込み、食器をシンクに置いて、酒瓶の処理をする。大吟醸が三本も消費されたよ。
「どうだったかしら、様子」
台所で一休みしていた母に、現状を伝えると、
「そうなの……あの人がそんなになるまで……」
クスクスと笑い出した。
「お父さん、あとで布団まで、担いでいかなきゃ」
「大丈夫よ。私とミクトでやります。ナツキちゃんは、車崎さんを送っていって差し上げて? 不慣れな場所でしょうから」
セイ、みんなの心を鷲掴みにしている。
「分かった。送ってくね」
まあいいや。セイの、ホテルでの様子も知りたいし。
それで、セイをホテルまで送って、今までホテルでどうしてたか見たいと言って、部屋に入れてもらって。
「あの、ナツキさん」
「んー?」
「この状況は……?」
「どうしたらホテルでも寝れるかなって」
ベッドにもぐって貰ったセイの頭を撫でながら、説明する。
「…………やっぱり、度々お邪魔するの、ご迷惑でした……?」
不安そうにしないでおくれ。
「違うよ。迷惑なんかじゃないから。そうじゃなくてね。これから一緒にどこかに泊まる時とか、セイが寝れないと困るなって」
言ったら、笑顔になって。
「なら、大丈夫です。ナツキさんが居るところなら、どこでも眠れると思います」
「そう?」
「はい。この前も、……あれ、は……すみません……」
顔を赤くして、完全に潜った。
「謝らなくていいって。セイはちゃんと確認してくれたし、私がそれを了承……了承? したんだから」
潜った上から、頭を撫でる。
「そ、ですか……」
「そうだよ。だから、謝る必要ないよ」
私が一緒なら、どこでも寝れるのか……ん?
「セイ、私が居ない間、寝れてた?」
……無言ですね。
「そっか。答えてくれないのか。帰ってから子猫たちに聞くかー」
「すみません眠れてません」
「じゃあ今日、どうする? どうしたい?」
「……ご迷惑に……」
「帰って欲しい?」
セイが呻いた。
「そもそも、部屋に入るために料金、払ったし。お金が勿体ないなー」
「……ズルくないですか……?」
「そう? てか、なんでダブル? おかげで入れたけど」
「それは、……作業をしようと思っていて……ここで……なので、広めの部屋を……」
「作業? ここで? 専用の部屋じゃなくて?」
「……あの、あれから考えてですね」
セイがベッドから顔を出して、起き上がる。
「今日中に、もう一度、周辺に悪魔が潜んでいないか、他に危険はないかの確認をして、マークしておこうかと思ってたんです」
セイが、ベッドの上に手をかざす。丸くて大きな、モニターみたいな板が、ベッドの上に現れ、沈むように置かれた。
「こう、地図みたいな感じで、使います」
セイの指が、モニターをトン、と叩く。暗かったモニターに地図が浮かび上がり、盛り上がり、立体模型のようになる。
「ナツキさんのご実家を中心に、とりあえず、半径三十キロを組み込みました。それで、……今は不穏な反応などはありませんが、危険がないか調べようかと」
「……全く寝る気がなかったね?」
ワーカーホリックかな?
「…………面目次第もございません……」
「気持ちは嬉しいけど、寝れるなら寝て欲しいな。今は危険はないんでしょ?」
「ですけど、……それはそうですけど、その、常識的に考えて、ご挨拶に伺った夜に、娘さんを泊まらせるという状況は……印象が……」
礼儀正しいなぁ。
「そもそもさ、セイから送ってほしいって言ったんじゃなくて、こっちから送らせてって、言ったんだよ? みんな、ある程度は予想してると思う」
「えぇぇ……」
「あと、ミクトには個別に、遅くなるかもって言ってあるし、その辺のフォローとか、融通効くと思う」
逆にもう泊まってこいや、と言われてたりする。
「ミクトさんの、ご負担が……」
「ミクトもいいよって、言ってくれたし。気になるなら今度、何かお礼あげてやって。で、連絡するね」
「えっ」
ミクトに、泊まることになった、あと頼む、と送信した。
「終わったよ。じゃ、泊まるから、お風呂入ってくるね。あ、先に入る?」
「いや、えと、えぇ……?」
途方に暮れたセイを見て、こりゃ話が進まんなと思い、「先に入るね」と、お風呂へ向かった。
お風呂に入り、出てきたら、セイは腹をくくったのかなんなのか、モニターを消していて、
「……次、いいでしょうか」
と、ベッドの上で正座をしていた。




