6 守護霊
朝ごはんを食べ終わると、「では、後片付けは僕がやりますね」と、言われた。
「え、いいよいいよ。それじゃ私が働いた意味がなくなっちゃう」
「いえ、させてください。お礼のお礼です」
その笑顔に押し切られ、結局任せてしまった。
おっかしいな。私、こんなにイケメンに弱かったかな。
ソファに座り、頭をひねりながらシロを撫でていると、寝室から起きてきたのか、クロもやってきた。
『ニャウ』
私の足元まで来ると、「抱っこして」とでも言っているような感じで、前足を上げてくる。
「はいはい、君は自分で登らないねー」
シロの隣にクロを乗せ、両方を毛の流れに沿って撫でていく。そこにミケもやってきて、ソファに爪を立ててヨイショと登り、私の横で丸くなった。
はぁ~至福のひととき。
「皆さん、本当にナツキさんのことが大好きなんですね」
洗い物が終わったらしいセイが後ろからやってきて、私の右斜め前にしゃがみ込む。
「そうだと嬉しいけどねぇ。……この子達、ここの地縛霊みたいなんだよ」
「へぇ、地縛霊」
貸したエプロンを綺麗に畳んで手に持ちながら、セイは子猫達を見た。
「うん。ここ、それで事故物件扱いになっててさ。こんなに日差しがたっぷり入って、風呂トイレ別で、リビングダイニングの他に二部屋ついてて、なのに事故物件ってことで、私が見つけた当時、敷金礼金無し四万だったんだよね」
「この立地でですか。それは破格ですね」
「でしょ? このアパート、至る所に監視カメラが付いてるし、アパートのドアはパス認証だし、玄関もオートロックで二重鍵だし。こりゃ見つけちまったなと、思ったワケですよ」
「でも、この子猫さん達は地縛霊だったんでしょう? どうするつもりだったんですか?」
セイが、私の膝の横と上を眺めながら言う。
「そりゃあね、当時はどういう地縛霊がいるかよく分かってなかったから、内見の時にぶっ飛ばせるかどうか見定めようと思ってて」
「ぶっ飛ばす?」
「うん。大概の悪霊はぶっ飛ばすことにしてんの」
「はぁ……」
セイが、感心したような呆れたような声を出す。
「で、話に戻るけど。内見の時は何も出てこなかった」
そう、その時ここに居たのは、不動産の人とアパートの管理人さんと、私の三人。三人も人がいたせいか、当時のこの子達は警戒して出てきてくれなかった。
「じゃあ、どうしたんですか?」
「事故物件だからさ、相手も強く出れなかったんだろうね。私が「試しに一ヶ月住まわせてください!」って言ったら、了承された」
「住んで、出てきたところを、ぶっ飛ばそうと?」
「そう。だけどさ、初日の夜にね、出てきたのが、この子達」
寝てしまったシロとクロを優しく撫でて、ミケも同じように撫でる。
「ちっちゃい子猫三匹が、シャーシャー威嚇しながら、明かりやテレビを点滅させて、ラップ音までさせてきてさ」
「それはまた、大盤振る舞いですね」
「でしょ? でもさ、この子達をぶっ飛ばすのに、なんか抵抗感が出ちゃってね。あの時はこの子達も痩せてて、毛はボサボサで、地縛霊っていうよりただの捨て猫みたいに見えちゃって」
苦笑いすると、
「……ナツキさんは、優しいんですね」
セイが、眩しいものでも見るような顔になる。
「……そんなんじゃないよ。ただ、その時は、……その時だけは、この幽霊を、なんとかしたいなって、思っちゃったんだよ。で」
「はい」
「……で、さ。ものは試しに、いつもやることとは反対のことをしてみたの」
「いつもやること?」
「あー、えー、うーんとね、なんて言えばいいかな」
これ、説明が難しいんだよな。ってか、人に説明するとは思ってなかったし。
「いつもはね、こう……吹っ飛べ! って念じながら殴れば、大体の幽霊は消えたのね。で、その反対……というか、なんというか」
歯切れの悪い私の言葉に、セイは首を傾げる。
「その、ね。元気になれっ……てね、念じてみたの。健康になれ、元気になれ、毛艶も良くなれ、ってね。そしたらさ」
そしたら、なんとびっくり。
「パアァッ! って、この子達が光ってさ、何が起こった?! ってなるじゃん? そんで、光が消えたと思ったら、この子達は、この姿に変わってて。大人しく私の前におすわりしてたって訳なのよ。それで、今はこの生活」
それを聞いたセイは、「なるほど」と頷いた。
「つまり、ナツキさんはこの子達の縛りを解いてあげた訳ですね」
「……そういうことだったんだ?」
「えっ、分かってなかったんですか」
「そりゃだって、今までそんなことしたことなかったもん」
「じゃあ、この子猫さん達があなたの守護霊になっていることにも、気付いてないんですか?」
「はえ?」
守護霊、というマジカルワードに、思わず奇声が出た。
「守護霊ですよ。あなたを危険から守護する霊。シロさんもクロさんもミケさんも、全員あなたの守護霊になってますよ?」
なってますよて。
「……いやあ、生憎、知らんかったわ……」
「それは……なんとも……この子猫さん達が浮かばれませんね……」
セイが気の毒そうな顔をする。
「え、浮かばれないほど?」
「まあ、なんと言いますか。彼らは守護霊ですから、常時あなたを守っています。あなたがどんなに遠くにいても、あなたの周りの悪い気や霊などを、ある程度は祓ってくれます。そして、周りからだけでなく、あなたからも少しばかり霊力を貰って、姿形を保ってる。つまり、あなたとこの子猫さん達は、共生関係にあると言っても、あながち間違いではないんです」
「へぇぇ……」
あまりのことに驚きすぎて、気の抜けた声しか出ない。
ミケ、シロ、クロ。お前達、そんな大層なことをしてたのかい。……そういえば、ここに住んでから、悪霊に遭う機会が減ったな、とは思ってたけど……。
「……それじゃあ、一層可愛がってやんないとなぁ……」
「ですね」
セイは私の言葉にか、子猫達にか微笑んで、よいしょ、と、立ち上がる。
「それで、ナツキさん。そろそろ八時半ですが、お仕事の準備などは良いんですか?」
「おう、そうだった」
珍しく忘れかけてたわ。危ない危ない。
私はシロとクロをソファに移動させて、足元のカバンから化粧ポーチを取り出す。それを持って、寝室に行こうとして──
あることを、思い出す。
「……そういやセイ」
「はい」
「君はいつまでここにいるのさ? 今日の予定は無いって、昨日聞いたけども」
「……あ、……えっと」
セイは目を彷徨わせ、ちょっと唸った。
なんだなんだ。
「……その、お邪魔でなければ、もう少し、ここに居させてくれませんか……?」
「良いけど……もう少しって、どんくらい?」
「あー、えー、……お昼ぐらいまで、は……」
「昼ね、オッケー。午後一はリモート会議があるから、お昼休憩までなら大丈夫だと思う」
と言ったら、セイは目を見開いた。
「……良いんですか」
「良いよー。そんじゃ、ちょっと準備するから、寝室閉めるね」
「あ、はい」
「あ、間違って開けると、お着替え中の私とばったりしちゃうから、気をつけて」
「はっ?! ……き、気を付けます……」
また赤面したよ。いや、これは私が悪いのか? これ、セクハラに当たります? だったらごめん。