54 クリスマス・ショー
「はい、到着」
副島が言い、アパートの玄関の鍵を開ける。
今日は十二月二十五日。現在時刻は午後六時二十二分。
「も、もうすぐ始まります……! 始まっちゃいます……!」
ユイちゃんが、スマホを見ながら焦った声を出す。
「開けたから。ドア、開けるから。はい、オープン」
「失礼します!」
ユイちゃんが、いの一番に副島の部屋に入っていく。ユイちゃんのスマホをテレビに繋いで、アジュールの生ライブを観る手筈になっているので。
「失礼しまーす」
と、私。
「失礼します」
と、リミさん。
「はい、全員収容完了」
副島はそう言って、ドアを閉める。
「収容て」
ツッコんでしまう。
「でも、残業とかなくて、良かったね」
リミさんが言う。
そう、今日は出社日であり、定時である六時まで仕事をしていた。そこから電車で、副島のアパートに着いた、というところ。
副島のアパートが会社から一番近かったのも、副島宅で配信を観る理由の一つになっていたりする。
「繋げました! 点けました! 待機中です!」
一LDKの副島宅のリビングの、テレビの目の前に座っているユイちゃんが、叫ぶように報告してくれた。
「おーありがとう。副島、冷蔵庫、開けていい? 準備しなきゃだし」
副島宅の冷蔵庫には、先日に予め、ツマミやノンアル飲料などを持ち込んでいるのだ。これ、時間短縮のためと、リミさんの発案だったりする。
「頼む」
「リミお姉さんも手伝っちゃうよ」
リミさんと一緒に、今日のために買ったモノたちをローテーブルに並べる。副島は、割り箸と紙皿、紙コップを持ってきた。
「準備OK?」
副島に聞かれ、
「たぶんOK。ユイちゃん、もう少しテレビから離れたほうが観やすいと思うよ」
「はい」
ユイちゃんはテレビから視線を外さないまま、後退する。
「カウントダウン、始まりました」
ユイちゃんの言葉に、テレビへ顔を向ける。
「おおお……」
装飾された英数字で、カウントダウンがされていく。……五、四、三、二、一、ゼロ。
画面が切り替わり、薄暗いホールが映る。
『はじめましての皆様、お久しぶりの皆様、今夜はご来場、ご観覧、ありがとうございます』
アジュールの声がして、壇上にスポットライトが一つ。立っているのは、アジュールだ。
『今宵は聖夜。この、アジュールのクリスマス・ショーを、どうぞ、お楽しみ下さい』
アジュールが一礼して、壇上全体が暗くなる。
『では、最初は派手にいきましょう』
壇上に、その空中に、一つ、炎が灯った。二つ、三つ、だんだん多く、速く増えていく。
そして、一気に燃え上がった。観客席から、少し、どよめきが上がる。
『ご心配には及びません』
カツン、カツンと靴を鳴らし、炎の中からアジュールが出てくる。
『これは燃えない炎、幻の炎です。熱を感じることもありません』
アジュールの後ろで揺らめく炎が、虹色のグラデーションを作る。
『この炎は、ある者たちの力を借りて、創り出しています。彼らをご存知でしょうか。炎の精霊、サラマンダーです』
アジュールが両腕を広げた。瞬間、ゴウ! と音を立てて炎は分裂し、何体もの炎のトカゲが宙を舞う。そして、炎を吐く。
「ユイ、神永、一ミリたりとも動いてないけど」
「はっ! シードルシードル」
私は自分用にと買ったノンアルシードルのタブを引く。
「私はこのままで」
ユイちゃんは微動だにせず、画面に釘付け。
「最初から飛ばして来たね。まだ五分も経ってないけど、ここから三時間、どうなるのかな?」
リミさんが、マカロニサラダを食べつつ言う。
私も、シードルを飲みながら、同じことを思う。けど、セイはずっと頑張ってきたし、この炎、なんとなくだけど、カセットコンロからのに思えるしなぁ。
「やー、絶対お客さんのリクエストはやるでしょーねー。ある意味目玉だし」
副島が言い、
「分かる。やると思う。何人かな?」
私も言ってみる。
「五人」と副島。
「三人?」とリミさん。
「十人くらいいってほしいですね」とユイちゃん。
サラマンダーは合体し、一体の大きなトカゲになる。そのトカゲはアジュールにすり寄り、駆けるようにホール上空をぐるりと周り、壇上に降り立つと、ひと際大きな炎を吐いて、その炎にダイブし、吸収され、アジュールの、パチン! という指の音で、炎は消えた。跡形もなく。
ショーはそのまま続いていく。トナカイの群れ、モミの木の森、森に飾り付けられていくイルミネーション。ショーがショーだからだろう、クリスマスに因んだものが多い。
それと、お客さんとの絡みが、最初から多い。
モミの木の飾りを一つ取り、浮かばせて客に渡したり。大きな雪の結晶をホール全体にゆっくり降らせ、『五分もなく消えてしまいますので、ご注意を』と言い、客席全てに行き渡らせたり。
食べたり飲んだり感想を言ったりしているうちに、気付けば八時。一時間半、経っている。
「あ、食いもん無くなった」
副島が言う。
「なんか頼む? たい人、います?」
「私、アイス食べたいな」
リミさんが言う。
「私も何か、甘いのが欲しいなぁ。あと、飲み物の追加」
私も言う。
「スナック菓子的なものが欲しいです」
ユイちゃんが、画面を見ながら言う。
「スナック菓子は……塩のポテチなら、あったかな。あとはケータリングで頼みますか」
話し合いつつ、片付けつつ。ショーを観ながら、アイスを四個と、ドーナツ五個を頼んだ。飲み物は、副島宅の二リットルのお茶にすることにした。
「雪だるまとお城、消えたねえ」
ポテチの袋を開け、テーブルに広げていると、リミさんが言った。
「ですねぇ。なんだか切ない」
アジュールが創り出したスノーマンたちは、あっちこっちと歩き回り、飛び跳ね、自分たちでスノーマンを創り始める。そしてみんなで氷の城を創り、そこで遊び、最後には、扉と窓を全て閉め、陽炎のように消えてしまった。
「なんかこう、マジシャンっていうよりエンターテイナーみたいな──」
副島がコメントしているところに、インターホン。
「あ、私出るね」
リミさんが立ち上がる。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます、リミさん」
「すんません。ありがとうございます」
ユイちゃん、私、副島の順で、リミさんにお礼を言う。
「どういたしまして」
リミさんは玄関へと向かった。
その間にも、ショーは続く。
氷の花が咲き乱れる。
大きなキャンドルに火が灯り、そこから人型の炎が飛び出し、キャンドルの周りで踊る。
七色の五芒星を創り出し、操り、観客席に向かって飛ばし、星は、溶けるように消えていく。
そして、また気付けば、九時前になっていた。
アジュールの声が、ホールに響く。
『さて、それでは今回も、お客様の望む奇跡を、ご覧に入れましょう』
 




