52 オリハルコン
お鍋を食べきり、卵雑炊を食べきり、私は日本酒、二杯でやめたけど、セイは、念のためと買っていた二本目も空にした。
流石、酒豪であり、枠。
お鍋に水を入れ、一旦コンロに置く。セイは、食器を洗い、熱の取れたカセットコンロを仕舞ってくれた。
「では、クリスマスケーキの登場です」
「はい……」
セイ、なんだか緊張してるな。そう思いながら、冷蔵庫からケーキを出して、ローテーブルへ。
「紅茶を用意するんだけどさ」
「やります。二人分」
「ありがと」
で、セイが紅茶を用意してくれている間に、包丁を温め、ケーキ皿とフォークをローテーブルへ。
「出来ました」
「ありがと、セイ」
セイは二人分の紅茶を、隣同士で並べる。
「じゃあ、切ります」
で、六等分する。ケーキを皿に移し、それを二つ。
「どうぞ。どちらでも」
「ありがとうございます」
セイが自分に近いほうを引き寄せ、私はもう一つを自分の前に。
そして二人で、いただきます。
「……美味しいです……」
「良かった。いちごも丁度いい甘さと酸味だね」
セイはそのままパクパク食べて、
「……ナツキさん……」
しょげた声を出して、ケーキと私を見る。
「うん、お代わりかな?」
「良いですか……?」
「もちろんだよ」
ケーキを追加。セイは今度はゆっくりと、味わって食べた。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした。……残っているケーキは、どうしますか?」
ケーキは三ピース、つまり半分残っている。
「明日かな」
「明日…………」
セイが俯く。セイは明日、七時に出る予定だ。
「ちゃんと用意しとくよ。ご飯も」
「ありがとうございます」
頭を下げられ、
「良いってことよ」
その頭を撫でた。
「んで、片付けたら、プレゼント持ってくるね」
「あ、片付けます」
「では、よろしくお願いします」
ケーキを仕舞っている間に、セイが食器や包丁を洗ってくれる。
私はプレゼントを持って、ローテーブルに。
「終わりました」
セイはまた、隣に。
「じゃ、もっかいね。メリー・クリスマス、セイ」
二つの、プレゼントを渡す。袋に入ってるものと、箱の二つだ。
「ありがとうございます。……見ても良いですか?」
「どうぞ」
気に入ってくれるかな。
セイはまず、袋を丁寧に開けて、
「……これ……」
それを見て、少し驚いたような顔をした。
それは──それらは、箸と箸袋。
「うん、お弁当用に使って欲しくてさ。ほら、適切なお箸の長さ、分かったでしょ? だから、お弁当用のも、そのサイズに直そっかなって思って」
セイは、私に顔を向けて、
「ありがとうございます……」
少し泣きそうな笑顔で、そう言ってくれた。
「えと、では、こちらも……」
箸類を袋に戻して空間に仕舞ったらしいセイは、箱を手に取る。丁寧に包装を広げ、箱を開け、
「……エメラルド……」
そっちは、もとから考えていた、プレゼント。私でも買えるくらいの、エメラルドをあしらったラペルピンだ。セイ──アオイの、五月の誕生石で、エメラルドを選んだ。
「見ただけで分かるんだ。すごいね。見慣れてるから?」
「見慣れ……いえ、その、構造を確認して……ラペルピン、ですか?」
「うん、そう。セイ、今日もだけど、いつもジャケット着てるなって。なら、使えるかなって」
「ありがとうございます……着けても、良いですか?」
「どうぞ」
セイはラペルピンを、そっと台から外し、眺め、一瞬で着たジャケットに、着ける。
今日のジャケット、紺だから、映えるな。
「……どうでしょう……?」
「似合ってる。綺麗。──あ、写真撮っても良い?」
「あ、はい」
スマホを持ち、カメラを起動。
「撮りまーす」
「は、はい」
で、パシャリ。
「こんな感じ。どう?」
セイに見せる。
「……こんなふうに見えるんですね……」
写真のセイは、少し緊張した顔をしてるけど、その空気感が、全体に高貴な雰囲気を纏っているように見せている。……すげ。
「ありがとうございます。……それと、僕からも、プレゼントを。……あの、一つ、ですが」
セイは、箱や包装紙をまた丁寧にもとに戻し、消す──仕舞うと、そう言った。
「おお、ありがとう。何かな」
「見ていて欲しいんです」
セイが片手を上に翳し、手のひらを広げて円を描く。それを辿るように、キラキラした沢山の、色とりどりの粒が、現れる。
「おおお……」
セイが手を下ろしても、キラキラした、星のような粒は回り続け、段々と収束し、五センチくらいのサイズの立方体になった。
「開けられるので、開けてみて下さい」
「開けられる、んだ……?」
そっと手に取る。キラキラと色とりどりはそのまま、なのに、表面は滑らかだ。しかも軽い。
どうやって開けるんだ? 切れ目とか、分からないんだけども。
「セイ、これ、どうやって……?」
「何語でも良いので、開け、と言ってみてください」
「ひらけ……?」
上から一センチ下あたりの部分が、スゥ、と、光って切れ込みが入り、音もせずに開く。
中には、銀色の球体が、浮かんでいて。
「これは……なに……? すっごいのは、分かるけど」
「中の銀色のは、Oreikhalkos──俗に、オリハルコンと呼ばれるものです」
オリハルコンって、存在するんだ?
「これ、オルゴールみたいな──音楽再生機で」
「オルゴール……再生機……どこかにスイッチがあるの?」
「何か曲名を、奏でろと、言ってみて下さい」
曲名……。
「なら、クリスマスだし……えーと、ベートーヴェンの第九を奏でろ?」
そしたら、オリハルコンだという球体の表面が、波打ち、鈴のようなハープのような、幻想的な複数の音で、第九──交響曲第9番ニ短調作品125が流れ始めた。
「お、おおお……すごい……」
すごいとしか、言えん。
「ありがとうございます。……値段が張るものを使うと、ナツキさんを気後れさせてしまうかと思って、思いついたのが、これで」
「え、オリハルコンって、高くないの? てか、存在するんだって、びっくりしたけど」
「それほど高くないですよ。このオリハルコンは人工オリハルコンなので。現在、オリハルコンは真鍮と言われることが多いですが、本来は全くの別物です。その天然ものは、架空の存在とされるほどに希少ですが。あ、音楽を止めたい時には、演奏終了、と」
「演奏終了」
オリハルコンが波打つのを止め、流れていた曲が止まる。
「すっごぉ……あと何が聴けるの?」
「ナツキさんが曲名を言えば、なんでも。作詞や作曲者、いつの時代の、だったり、三十秒後から、などと指定すると、その通りに作動します。再生機なので、繰り返し、一時停止、などの基本機能も入っています」
「すごぉ……あ、閉じるには、閉じろ?」
蓋が閉まり、キラキラした立方体に戻る。
「……このさ、周りのキラキラしたものは、なんだい?」
「琥珀です」
「琥珀って、こんなに色、あるんだ……?」
「環境要因で様々な色になります。……どうでしょうか?」
セイが、不安そうな声で聞く。
「嬉しい。嬉しいけど、今、凄いが上回ってて、……たぶん、時間経つと、嬉しさがこみ上げてくると思う」
ローテーブルにそっと、立方体を置く。
「これ、なんて名前?」
「特に付けていません。今回初めて作ったものなので」
初めて……一点物……。ネックレスも一点物だけども。
「じゃあ何か、名前、考えますか」
「ナツキさんに決めてもらえたら、それも喜ぶと思います」
セイが、愛おしそうに言うから。
「……しっかり考えます」
適当に付けるのはやめよ、と思った。




